第216話:ぬいぐるみパニックなのです!
エーヴァの演奏が続くなか、赤毛猿の足もとに尻尾を振りつつやって来た白地に黒斑の小さなダルメシアンは、ボタンの目をクリクリさせ口も開かず吠える。
【わんわん】
生命には気配がある。なにもしていなくても心臓は鼓動を奏で、血は流れ、息をし、筋肉は絶えず動き、存在する。だが全くそれらを感じさせない存在に赤毛猿は一瞬反応が遅れてしまう。
ダルメシアンは自分の体を回転させ、赤毛猿の足をすくいあげる。
後ろに倒れそうになるのを、持ち前のバランス感覚を生かし、後に足を出し踏ん張って転倒を防ぐと、ダルメシアンに手を伸ばし捕獲する。
ダルメシアンを絞め殺そうと力を入れる赤毛猿に向かって走ってきたスーが、手に持ったくまのぬいぐるみを投げる。
くまがダルメシアンに当たると、くるくると回転し両手を広げ着地する。
【次はくまなのよ】
生きているかのように歩き始めるくまに対し、ダルメシアンはくたっとつぶれぬいぐるみのように赤毛猿に抱かれている。
目の前のことに理解の追い付かない赤毛猿にスーが蹴りを入れれば、油断した顎にもろに入り歯を砕きながら後ろによろける。
剥き出しの腹に追撃するくまの蹴りは鋭く、赤毛猿を大きく後ろに後退させる。
背中を床にぶつけながら転がる赤毛猿は、器用に受け身を取りながら数回転がると勢いよく立ち上がる。
赤毛猿が目の前にいてくるくる回るつぶらな瞳のくまを睨む。それと同時に今の状況に気が付いたのか耳をピクピクと動かす。
周囲に浮かぶおびただしい音符の泡は漂ったままだが演奏は終わっており、音が止まった分静けさが余計に際立つ。
ドーン! っと破壊音が静寂を破る。二階の転落防止の柵が吹き飛び、そして上から降り注ぐ様々な破片と、ぬいぐるみたち。
上を見上げる赤毛猿の右肩に、降り注ぐ破片を避けつつ詰め寄ったスーの突きがめり込む。
そして反対側から足の長いカエルの蹴りが、赤毛猿の脇腹に決まる。
硬い体と言えども、スーの魔力を乗せた攻撃に対してはそれなりに痛みが走る。
そんな痛みを気にする間も無く、スーの足が顎をとらえると、足払いをするのは手足の長い猫。
その猫に上から落ちてきた大きな鳥が頭に当たると、鳥が翼で赤毛猿の頬をサンドイッチビンタする。
後ろに回ったスーの蹴りに倒れることも許されず、赤毛猿はスーと次々と変わるぬいぐるみの連打になすがままにされる。
そして二人の乱舞を優雅に彩るように、空中に浮いていた泡が弾け音を奏で始める。
スーたちの切るような動きと違い、空気を震わせつつ落下してくる銀色の閃光は赤毛猿の肩を大きく抉る。
エーヴァが華麗に回転しながら振るう斬撃は、演奏による能力向上のバフにより体を大きく抉っていく。そしてそこにスーの魔力が叩き込まれ傷口を広げていく。
乱舞と斬撃の共演は硬い赤毛猿の体を解体していく。
やがて耐えきれなくなった赤毛猿の両腕が飛ぶ。度重なる斬撃で傷付いた首が、スーと猿のぬいぐるみが放つ掌底で吹き飛ぶ。
それでも倒れることのない赤毛猿にトドメを刺すべく、エーヴァが投げたウサギのぬいぐるみは、猿のぬいぐるみに当たるとスーの背中に引っ付く。
【やっぱりこの体が一番落ち着くのよん! そしてスーと白雪の最強フォーム、いくのよん!】
「耳元で叫ばないで欲しいのです!」
温度差のある二人は青白い光の線を引き赤毛猿の肩を吹き飛ばす。これは赤毛猿が身をよじり直撃を避けたため、だが一度避けたところで次の攻撃でわき腹が削れ、動きを制限するべく足が削れる。
頭のない体で考える。
先ずはバランスを取るため、両腕を生やす。長く伸びるしなやかな腕。次に目と口を
胴体に作成する。
吹き飛んだ肩に耳を作れば、体に大きな顔が浮かび、頭に手足が生えたような珍妙な生物が出来上がる。
だが、今更変化してところでスーの攻撃は止まず、音楽が鳴り響く今、赤毛猿の命運は尽きる寸前であった。
エーヴァとスーの攻撃は完璧であったが、戦場にイレギュラーはつきもの、百貨店から鳴り響く衝撃音と音楽の調べに引かれ、入り口から入ってきた男女の二人に気が付いた三人の表情が変わる。
スーに左手をちぎられながらも、長く伸びる手を限界を超え伸ばす赤毛猿の姿は藁をも掴む、そう表現するのがしっくりくる。長く伸びた手は女性を掴み引き寄せる。
赤毛猿は前の戦いで知っている。希少種たちが同族に甘いことを。
初めからこうすれば良かったのでは? そんなことを思いながら悲鳴をあげる女性を腕を縮め引き寄せていく。
最初に反応したエーヴァが、鉄板を赤毛猿に投げ牽制しつつ、縮んでいく腕に向かって行くとミローディアを振るい切断し、女性をキャッチする。
だが、縮みながら新たに生えてきて伸びる腕がミローディアを掴む。
引き寄せられるエーヴァが女性を後方へ投げると、自身はそのまま腕に引っ張られ投げ飛ばされる。凄まじい勢いで飛んでいくエーヴァは派手にブティックのショーウインドーをぶち破る。
この状況でも冷静に魔力を込め一撃を放とうと走るスーに、赤毛猿は腹部の腹にできた口を大きく開き立ち向かう。
右手の青白い光が揺らぐ。それは魔力切れが近いことを意味する。連戦が続いたスーにとって今回の戦いは長すぎた。
青白い光が弱まるがそれでも走るスーを確実に捕えんと、赤毛猿の背中側から大量の腕が生えて一斉に伸びてくる。
【
背中にいた白雪が叫ぶと、スーの肩を掴み真横へ投げる。壁にぶつかり寄りかかって座るスーの目の前で、白雪の左腕が食いちぎられる。
綿が舞うなか、それでも繰り出す白雪の右の回し蹴りは無数の手に掴まれてしまう。
そのまま引っ張られ、大きな口に右足の先端を食いちぎられそのまま投げ捨てられる。
力なく横たわる白雪にスーの悲痛な叫びが微かに聞こえる。ボタンの瞳に残る光が揺れる。
【……立たなきゃ】
──ええ、そう。立たないと。思月の為にも。
白雪の心の声に重なる、自分と同じ声。
──力を、まだ未熟な思月の為にも力を貸してあげて。
白雪が言ったのか、もう一人の誰かが言ったのか分からないが、誰かに呼びかける。
呼びかけられた誰かは白雪の心象の中でゆっくり立ち上がる。
それに合わせるように現実でも白雪はゆっくりと立ち上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます