第215話:行きつけのお店にご案内いたしますわ
何度そうされたか分からない。赤毛猿は腕で、足でエーヴァとスーの攻撃を受け止める。
「こいつ、動きが洗練されてきてるな」
「この分だと、前に逃げた縞タイガーなんて、とんでもないことになってそうなのです」
二人が愚痴りながらも攻撃を繰り出していく。
「あたしは、あそこがいいと思うんだがどう思う?」
ミローディアを弾かれた後、赤毛猿の拳をよけながら親指で差す方向をスーが目で追う。そこに見えるのはビルと一緒に立ち並ぶ老舗の百貨店。
「了解なのです」
エーヴァの意図を察したスーが白雪に目配せすると二人は左右に別れ、真正面をエーヴァが走る。
赤毛猿に向かって真っ直ぐに走るエーヴァが、ミローディアを地面に擦り火花を散らしながらハルバードの形状に変形させ放つ突きが一直線に線を描く。
腕の一部をへこませながらもガードし、のけ反る赤毛猿の顔面を左右からスーと白雪の蹴りが襲う。
三人分の衝撃を受け、腕と顎をへこませながら吹き飛ぶ赤毛猿は百貨店のガラス戸を派手に破りながら店内へと転がる。
そこは百貨店の『憩いの泉』と呼ばれる中央にある広場で三フロア吹き抜けになってていて、小さな噴水、グランド・ピアノが置いてある。普段なら水のせせらぎを聞いたり、ピアニストの優雅な演奏が開かれるのだが、今はおびただしい硝子片と破壊された椅子やベンチが転がっていて面影はない。
床に転がった赤毛猿にスーと白雪が柱を上り宙に向かって飛ぶと、落下して踏みつける。
「硬いのです!?」
【何でできてるの、このお猿さん!?】
踏みつけたはずの二人が赤毛猿に吹き飛ばされてしまう。
体のバネのようにして起き上がる赤毛猿に振り下ろされるミローディアの刃先が胸に食い込む。
僅かな鮮血が散るが、ニタリと笑うのは赤毛猿とエーヴァ両方。
「いい音するじゃねえか」
ミローディアの本体からフワリと浮き上がる音符の泡が二つ。
これを見て笑ったままのエーヴァは、赤毛猿が真顔に戻る前に口に咥えていたホイッスルを鋭く吹く。
弾ける泡は低い『ド』を鳴らしミローディアの斬撃に重さを加える。
重さはエーヴァが下へ押す力に合わさり強引に硬い体を切り裂いていく。
僅かだった鮮血は今、派手に散る。
散ったその血を吹き飛ばしながら打ち込まれる魔力の籠った掌底。スーの手に重なった白雪の手が引き起こす爆発的な魔力は傷口から侵入すると、体内を切り裂きながら進み破裂する。
赤毛猿は吹き飛びエスカレーターのサイドのガラス部を砕き倒れる。
「どうだ? 本体にたどり着けそうか?」
「
「障害物? 皮膚の下にある鉄っぽいあれか? そういや勉強会で鉄の殻を持つ貝がいるとか言ってなかったような気がするな。そういう進化の可能性としてはあるってことか」
「今のスーでは鎧砕きとか出来ないのです。全力でどこまでいけるか未知なのです」
「確実な一撃がいるか」
「なのです」
勢いよく立ち上がった赤毛の猿の胸は、傷など初めからなかったかのように塞がっている。
一匹と三人娘は同時に動き散る。
休日なら人で賑わうであろうフロアーを今は斬撃と打撃が支配し、あらゆるものを切り砕く様子は日常から非日常へと移行しているようにも感じる。
今や戦場となったこの場所を選んだのには理由がある。
赤毛猿の身長約三メートル、体格もよく横幅も大きい。対しエーヴァ、スー、白雪は一五〇センチから一六〇センチ程度で小さく小回りが利く。
故に動きの制限されにくい三人に対し、物陰に隠れつつ攻撃を繰り出す三人に攻撃を受けて反撃するという防寄りの戦いを強いられる。
そして地の利。
人間の作った建造物の構造を見慣れていない赤毛猿にとって、百貨店の構造は未知の世界。食品売り場の陳列棚ごとスーに蹴られ、棚の間に挟まれると棚を突き破りハルバード状のミローディアの刃が突き刺さる。
腹に力を入れ、刃を弾くと棚を吹き飛ばし立ち上がると白雪の足払いでよろけ、顔面を蹴られる。
艶やかな音とが響き辺りが音符の泡に包まれ始める。
中央広場にあるグランドピアノを演奏するエーヴァを中心に泡はフロアに広がる。それは吹き抜けを抜け各フロアに広がっていく。
広場で演奏を行うことのあるこの広場では音の反響を考慮して、上に抜けやすい構造になっている。それ故、音符の泡は広く速く広がっていく。
泡が広がること、それが
尚も続く演奏に広がっていく泡。
だが、赤毛猿は大きく判断を誤っていた。エーヴァがこの百貨店の常連であったこと、各フロアに詳しかったこと。いつの間にかウサギがいなくなっていること。それらに気付くわけもない。
エーヴァの蹴りで大きく後退した、赤毛猿の足元に小さな犬が尻尾を振ってやってくる。
【わんわん】
ボタンの目を輝かせ犬は吠える。
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