第212話:集まれ!八匹揃って八犬ニャン!!

 高橋を乗せたシュナイダーがジラントの間をすり抜け駆ける。


「うおっ、はやっ!?」


「しっかり掴まれ、飛ばすぞ!」


 シュナイダーの背中に乗って銃で援護してやろうと思った高橋だったが、ジラントの攻撃を避けつつ猛スピードで走り抜けるシュナイダーに捕まるのが精一杯で、思わず声を出してしまう。

 なんとか会話出来ているのは、シュナイダーが高橋を風で包んでサポートしているからなのだが、シュナイダーもまたジラントの戦闘に集中する為、高橋を落とさないようにするだけで精一杯なのである。


「ちっ、やはりオレを確実に狙ってきてるな。恐らくあれが原因だろうがな」


 ジラントの体に生えた短い首の『索敵』をシュナイダーは睨む。大きく開けた口から発せられる音を周囲に反射させ、障害物が多い町の中からシュナイダーを探し出して他の頭に知らせていると推測される。


「しかし、本当にやるのか? 危険じゃないか?」


「まあな。だが今出来るのがそれしかないなら、やるしかないだろう」


 高橋は作戦内容を聞いてシュナイダーの身を心配するが、危険でもやると断言するシュナイダーを素直にカッコいいと思う。


「ふっ、ここで活躍すれば詩から褒められ、ご褒美に洗ってもらえるかもしれんしな。今回はエーヴァに頼まれたわけだしエーヴァという可能性も。いや、二人同時になんて……ふふふっ、たまらんなっ」


 シュナイダーのことをカッコいいと思ったのも一瞬。余計なこと言わなければいいのにと思う高橋は、自分がこの犬から愛の戦士と呼ばれることに不安を感じてしまう。


「高橋、頼む」


 妻と息子にシュナイダーとの関係を自慢したいような、したくないような微妙な気分になっているところに声を掛けられ我に返って慌ててシュナイダーから降りる。

 目の前には数台の消防車が並んでいて、ジラントの攻撃が及んでいんない今、放水出来る車を使って放水をして鎮火していた。


「ああ、任せてくれ」


「任せた。また戻ってくる」


 それだけ言うと駆けていくシュナイダーを見送って、高橋は近くにいた消防隊員をつかまえ作戦を説明する。



 * * *



 シュナイダーはビルの壁を駆け上がり屋上へ辿り着くと、上から下を見下ろす。今だ火の手があちらこちらで上がり町が燃えている。

 猿が暴れて破壊し、ジラントが這いずって移動した跡が残る街並みを目に映す。


 大きく息を吸うと天に向かって吠える。


 アオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 シュナイダーの遠吠えが町に広がり、遠くの山に当たるとはね返って反響する。


 一瞬の静寂の後。


 あおーーーん!!

 わぉーーーーん!!

 アゥ~~~ン!!

 なぁーーーん!!


 町のいたるところからシュナイダーの遠吠えに応える遠吠えが上がり始める。それを聞いてニヤリと笑うシュナイダー、そして自衛隊員や消防隊員たちは騒がしくなる町に何か起きそうな予感に期待し興奮してしまう。


 だが、シュナイダーたちの言葉を日本語に直すと、


〈この町で足の速いヤツ募集中~!! 報酬は希望するオヤツで~す!! お仕事の内容は化物を倒すお手伝いです。奮って参加してね~〉


〈はーい! オレ足速いで~す!〉

〈オヤツ欲しいっ! 行きます!!〉

〈はいはい! やりまーす! やりたいでーす!〉

〈いきまーーすにゃー!!〉


 こんな感じである。


 犬の世界において相手を従えるには強さも必要だが、報酬も大事なのだ。ちなみにオヤツは詩かエーヴァからの提供となる(予定)。


 シュナイダーの遠吠えを聞きつけやってきたジラントの攻撃を避けながら走ると、集まってくる犬たち。町は焼け避難している人々が多く、ペットたちも例外ではない。


 故に集まってきた犬たちは野良である。


 シュナイダーに次々と合流してくる犬たちが並走して走り始める。足の速さに自信があるだけあって力を抜いているとはいえ、シュナイダーの走りについて行く犬たち。道中短い挨拶を交わし、仕事の内容を話しつつそのまま高橋がいる場所へと向かう。


「高橋、こっちは用意できたぞ」


 消防隊員たちと消火ホースを準備していた高橋はシュナイダーの声で振り返ると、そこにはシュナイダーと六匹の犬と一匹の猫が並んでいた。

 皆、野性味あふれる精悍せいかんな顔つきとギラついた目をしており、人に飼われた経験などないのだろうと思わせる面々。


(なぜに猫が混ざっているんだろう……)


 高橋たちは毛並みは薄汚れているが逞しい体つきの犬の中に、猫が混ざっていることに疑問を感じるが、言葉を飲みこんでおく。


「ジラント討伐作戦を決行……ふむ、そうだな。高橋よ、作戦名を決めてくれ」


「作戦名? また、急なフリを……」


 シュナイダーが話し始めてすぐ、野良猫が「にゃん」と鳴き、それを聞いたシュナイダーが高橋に無茶振りをする。


「あぁ、そうだな……ヤマタノオロチに向かう犬たち、八犬……あ、猫がいるか。八犬ニャンとか? ふざけすぎか──」


 八犬伝と言おうとして猫と目が合った高橋がボソッと放った一言を聞いてシュナイダーの耳がピクリと動く。


「うむ! 作戦名『八犬ニャン』だな! それでは作戦開始だ!! 行くぞ! 八犬ニャン!!」


 シュナイダーの号令に合わせワン! にゃーっ! と気合の入った雄叫びを上げる。


 釣られて、自衛隊員たちや消防隊員たちも言っちゃう。


『八犬ニャン!!』


 屈強な男たちが『八犬ニャン』と言いながら作戦開始を伝達していく光景はここでしか見られないはずである。


 流れに置いて行かれオロオロする高橋も、仕方なく小さな声で言う。


「八犬にゃん……はずかしっ」

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