第209話:お嬢様と犬と蛇と猿に兎がぴょーんと

 二つの頭を上下左右にフェイントを混ぜながら巧みに使うジラントの攻撃を、風の盾で受け流すと下から振り上げられたミローディアが弧を描く。


 一つの頭が鋭い牙で受けると、もう一つの頭が襲い掛かる。大きく開く口にシュナイダーが飛び込み、風の槍が突っ込まれる。


 槍が刺さり大きく後ろに身動ぐジラント。風の槍を刺し一瞬硬直状態にあるシュナイダーをエーヴァが蹴り飛ばすと、そこに突っ込んできた赤毛の猿の拳を弾く。


 火花が散るとそれごと飲みこまんと、ジラントが顎を外し大口を開く。エーヴァに蹴られたシュナイダーが空中を蹴り跳ね返って戻ってくると、赤毛の猿を蹴り飛ばしジラントの口へ放り込む。


 鋭い牙を腕で受け止め、下顎を足で押さえ飲みこまれるのを防ぐ赤毛の猿と、丸呑みしようと口を閉じようとするジラントの耳にフルートの音色が響く。

 周囲にあふれる音符の泡に、二匹の目が警戒の色を見せる。


 響き渡る艶やかな音色と共に、赤毛の猿の胸元をミローディアの斬撃が切り裂き鮮血がほとばしるとや否や、息つく暇もなく何重もの光が弧を描き動けない赤毛猿を切り裂いていく。

 切られる度に火花を散らす赤毛の猿にダメージは薄いようだが、じわりじわりとジラントの口の中へと押し込まれていく。

 エーヴァの狙いがジラントの腹へ押し込むことだと勘付いた赤毛の猿が、低い声で雄叫びを上げながら強引にジラントの口を押し開いて行く。自身の腕と足の血管を切れるほど力を入れたのであろう、腕や足から血を流しながらジラントの口から強引に飛び出す。


 拳を振るうが、それはエーヴァと入れ替わったシュナイダーが風の盾で受け止める。ジラントのもう一個の頭にミローディアの刃先を突き立て地面に叩きつけるエーヴァの横で、風の刃と鋼の拳が激しくぶつかる。


「ちぃぃ、俺では切るのも難しいが、だがっ!!」


 悔しそうに愚痴を言いながらバク転し、宙を蹴ると風を纏い塊となり、空間を縦横無尽に蹴りながら打撃を与えていく。


 斬撃ではなく打撃を与える技『風脚風打かざあしふうだ』は徐々にスピードを上げていき赤毛の猿の動きを封じる。

 エーヴァによる斬撃、ジラントから脱出するために無理をした手足へおダメージは確かにあり手足をだらりと垂らす赤毛の猿に向け、シュナイダーは風をその身に巻いていく。

 巻いた風は刃となって赤毛の猿の鳩尾に入る。刃はシュナイダーを中心に回転を始め赤毛の猿の腹を削り始める、だが。


「なにっ! こいつ!?」


 回転する風の刃に手を突っ込み、強引に回転を止めにかかる赤毛の猿にシュナイダーが驚きの声を漏らす。

 鋭い風の刃の前に手の皮膚は削れるが、下から鋼色の皮膚が顔を覗かせる。


「シュナイダー! 下がれっ!」


 火花を散らしながら風の刃の中を突き進む赤毛の猿の手を見て、ジラントの牙を弾きながらエーヴァが叫ぶ。


 風を止めればいずれ掴まれる、だが止めなければ脱出が難しい。判断を迫られるその刹那、シュナイダーの尻尾を小さな手に掴むと、引っ張られ後ろへ投げられる。


「イヌコロ、風の使い方が雑なのです」


 割り込んできたスーがシュナイダーを投げたことで抵抗するものが突然無くなり、力を入れていた両手がぶつかり金属と皮膚がぶつかる破裂音が響く。


 その腕の隙間を通し蹴り上げるスーの足は赤毛の猿の顎を捉える。そして顎に足が当たると同時に真上からくるくると回転しながら落ちてきた白雪の蹴りが頭上を捉える。


 上下に挟まれ蹴らたことで頭が潰され、折れた歯の破片をまきながらよろける赤毛の猿の首を背中側から白雪が足で挟み左回転する。

 赤毛の猿の右腕を持ったまま全身を使い左回転するスーによって、右腕はねじれ、可動限界を超えた肘の関節が外れる。


 鈍い音を聞く間もなく、地面に降り立ったスーと白雪が同時に地を蹴り突っ込む。顔面の修復をしながら突っ込んでくる二人に反応する赤毛の猿だが、僅かに先行した白雪が急ブレーキを掛けながら両手を握ると宙に飛んだスーをバレーボールのレシーブの要領で上に飛ばす。

 宙を一回転しながら赤毛の猿の背後に飛ぶと後頭部を両足で蹴り飛ばす。その勢いで前によろける赤毛の猿をその場で一回転した白雪の回し蹴りが顔面を捉える。


 倒れる赤毛の猿からぴょんぴょんと跳ねながら後ろに下がるスーと白雪。


「あんまりダメージ入ってないのです」


【タフねぇ。強い男は好きだけど、しつこいのは嫌いなのよねぇ】


「ぴょんはいいのですか?」


【ぴょん!】


 ねじれた腕を元に戻し、顔面を修復していく赤毛の猿を見ながら会話をする二人の背後にエーヴァとシュナイダーが集まる。


 背を向け合う四人を挟んで赤毛の猿とジラントの睨み合いに緊張感が走る。


 張り詰めた空気を破ったのは赤毛の猿だった。くるっと背を向け踵を返すと走り去る。


「誘われてんな」


 ジラントがいる中で戦うのは得策でないと判断したのか、距離を取ると振り返りエーヴァたちを見てくる。それはジラントも同じらしく追いかけることはしない。


「スー、白雪。あたしと赤毛二号を討伐だ。赤毛一号は、消防隊を守りながらジラントを退けろ」


「はいなのです!」

【おっけー】


 エーヴァの一声で赤毛二号を追いかける三人娘の背中を見送りつつ、残されたシュナイダーは思う。


(赤毛一号ってオレのことなのか……)


 そして戦いの一部始終を見守っていた消防隊員と自衛隊員たちは思う。


(変な犬が残った。お嬢様の方が良かったな……)

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