第205話:お届けものです(兎印の宅配便)

 六本の腕を振り上げ、ときに振り下ろし、拳が砕けるのも構わず繰り出されるビッグ猿の攻撃を避けつつ、じわりじわりと詩のいる方向へと向かって行く。


「こいつ足が遅いのです」


【腕が六本もあって、生えてる場所もバランス悪いし走りにくいのは仕方ないぴょんね。残念な生き物ぴょん】


 一旦、走って追いかけさせようとするものの、スーの方が足が速くて逃げ切れるという弊害が起こる。

 それでも追い立てるより、追いかけさせた方が効率もいいだろうと判断した結果、駐輪場にあった自転車を漕ぐ白雪と、荷台に立ってビッグ猿の投げる物を弾くか、白雪に指示して避けるという構図が出来上がる。


 キコキコと音を立て進む自転車の後ろを、ドスドスと重い音を立て追いかけてくるビッグ猿。ランニングのコーチとランナーのような状態は、周囲から見ればのどかさすら感じてしまう。


 ぴょん、ぴょん、ぴょんと声でリズムを刻み、自転車を漕ぐ白雪の後ろでスーが飛んできた植木鉢を蹴って弾く。


「白雪、スーは思うのですが」


【なにぴょん?】


「白雪の声ってスーたち以外聞こえないのに、ぴょんってつける意味あるのです?」


【あ、あるのよ。ぴょんぴょん! そ、それよりあのビッグ猿をお届けしましょ! 集中、集中ぴょんよ!】


 白雪の全身の毛が立ち、ソワソワと泳ぐ。そんな白雪をスーはジと目で見つつ、飛んできたタイヤを蹴り飛ばす。

 次々と飛んでくるタイヤを弾きながら、スーが何かに気が付き、目を凝らすと六本の腕にいくつものタイヤを通して走るビッグ猿の姿がそこにはあった。


「ただでさえ足が遅いのに、あんなにタイヤを持っていたらもっと遅くなるのです」


【タイヤ屋さんでもあったのかしらんぴょん】


 ここから更に鈍足になったビッグ猿と、自転車をキコキコと漕ぐ白雪の緊迫的な状況なのだが、どこかのどかさを醸し出すランニングは続く。


 やがて白雪の漕ぐ自転車が、キッとブレーキを音を鳴らし停止する。目の前に広がる密集する家々は燃え、炎の壁が作る道はスーと白雪を赤く照らし出す。


【ここからは本業に徹ましょうかしらんぴょん】


「なのです」


 ビッグ猿が投げたタイヤが自転車にぶつかると、弾け飛んだ自転車は車体を捻じ曲げた無残な姿で転がる。

 その自転車を足で踏みつぶし辺りを見回すビッグ猿は、六個の手にタイヤを持ちいつでも投げれる体勢を取る。


 先ほどまでいた二人の姿は見えず、潰した自転車を足の下にして慎重に辺りを探る。


 パンッ!!


 響く破裂音は燃える炎の熱によって破裂したガラスが割れる音。その音が耳に届いたとき自身の視界が大きく上を向き顎を蹴り上げられていることに気が付く。

 ビッグ猿が視界を戻す前に、スーが肩を踏み燃える家に飛び込んで消えていく。


 蹴られた顎をさすり、スーが消えた方を見るが見失ってしまったビッグ猿はゆっくりとその場を離れて歩き出す。

 壁沿いを慎重に歩くビッグ猿が気配を感じ見上げると、電線の上で飛び跳ねる白雪が電線をたわませ上から飛び降りてくる。


 構える間もなく、気配を感じさせずにいつの間にかいたスーの蹴りが、膝の真横を貫く。

 僅かに揺らぐ巨体の下がった腕の手首を、スーが握りすくい上げるそれを、後ろにまわって塀の上にいた白雪が掴み引き継ぐと更に上に上げる。

 肩関節が外れんばかりに上げれた腕に、大きくバランスが崩れてしまう体だが、背中を電信柱にぶつけ転倒は防がれる。


 だがそれは本当の攻撃の始まり。塀を駆け上がり、跳ねて蹴るは未だ白雪が持つビッグ猿の腕の肘。電信柱に当たる肘関節は、高く上がった腕掴まったままの白雪の重さと、スーの蹴りの勢いを受け、テコの原理も相成って派手に折れる。


 折れる鈍い音を響かせ、二人は別の方向へ飛んで消えてしまう。


 ビッグ猿は折れた腕を再生しながら素早く立ち上がる。痛覚は鈍く、骨が折れただけではダメージも薄い。

 だが、僅かに心の中に小さな感情が芽生えていることに気が付かない。


 四足歩行で走ろうとしたが、腹から生えた腕が邪魔だったのか、すぐに二足歩行で早歩きを始める。


 壁を背にすれば突如後ろから首を絞められ、無防備になった胸元を蹴られ肺を潰される。


 背後から膝を蹴られ、地面に顔面を強打したならば、二本の足が頭を踏みつけ去って行く。


 ビッグ猿は、気が付けば走っていた。


 彼の脳裏に浮かぶのは、かつて襲った村で怯える人間をいたぶり食べた日のこと。

 手足を引っ張ればたやすく千切れる。わざと頭を食べずに、鳴き声を聴きながら食べる。硬直した筋肉が味を引き立てているのだとそう思って、なぶり喰らう。それはとても美味な生き物。


 美味しさに幸福を感じる瞬間。


 今まで自分が食べてきたヤツと何も変わらないはずなのに、いやむしろ他のヤツより小さいのに。


 たやすく捻って希少種とやらを喰らってやろうと思っていたのに。


 どんな味がするのか楽しみだったのに。


 青白い光が走る。


 幾度も折られた腕は皮膚の再生が間に合っておらず、入り込んだ光は傷口で破裂し腕を破壊する。


 千切れた腕を再生するのも忘れ走る。


 今彼を支配するのは恐怖心。寄生した体にある野生の勘が激しく危険を知らせる。

 その恐怖心を押さえ込むことも出来ず、まして楽しめるほどの強者でもなく、理性も持ち合わせていなかった彼はただ走る。


 走るビッグ猿の頭に降りてきたスーが握った小さな手は、その大きさに見合わない力で頭を押さえつつ体を回転させ、顔面に膝を入れる。

 それと同時に弾ける光は、ビッグ猿の顔面を押しつぶし、つぶれた目が暗闇をもたらす。


 肩を蹴り背後に回ったスーが、手のひらに力を溜め真っ直ぐに青白い線を引きながら背中にぶつける掌底は『玉兎衝撃』

 それと同時にスーの手の甲にそっと触れる白雪の手がもたらす『弾跳兎跳ね兎』は更なる爆発力を生み、勢いよく吹き飛んだビッグ猿は、あるビルのスレートを破壊し中へ飛び込んでしまう。


 ぴょんぴょんと跳ねながらビッグ猿が飛んだビルの中へ向かうのは白雪一人。スーは離れ、後方を警戒しながらついて行く。


 そして、


【お届け物ですぴょん!】


 白雪の声がビルの中に響くのだ(※スーともう一人にしか聞こえてません)

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