第199話:火を消す者と演奏する者

〈あっ、あちらからも火が! 我々も、もう少し近付いてこの様子をお送りしたいのですが、煙と熱の影響でこれ以上近づくことができません〉


 テレビからアナウンサー必死なレポートが続くのを、美心みこは不安そうに見ている。


 テレビの画面の端に赤い光の点滅が見えると 、カメラはそっちに移動し数台の消防車を写し出す。


 火事の現場に急行するというよりは、先導する一台の車の後ろを離れて、恐る恐るついてくる数台の消防車。その横を自衛隊の車両が並走する。


 火事の現場からまだ遠い場所で、先導車のパトランプが消え車体が揺れ止まる。それを合図に後方の車両も停止し、後ろを離れてついてきた消防車の先頭車両だけが近くの消火栓に繋ぎ、火の手の上がっていない離れた場所に水をまく様子が写す出される。


〈火が広がらないように、周囲から放水を始めるようです。今入ってきた情報によりますと、この灰燼町かいじんまちを囲うように消防車が設置され徐々に中央に向かって消火を進めるそうです〉


「近付きたくてもこれ以上近付けないんだ……詩たち大丈夫かな」


 消防車が近付かないのではなく、ことを知っている美心は黒い煙を上げる町の様子を心配そうに見守る。



 * * *



 火の熱さを感じるほどの距離でもない、そんな場所に放水をする行為。

 全く意味がないわけではないが、消防士として存在価値を否定されたようで腹立たしい。


 杉村賢哉すぎむらけんやは空を見上げ、自分達を映しているであろうヘリを恨めしそうに見る。


 火から離れた場所で水をまく姿は滑稽こっけいに映し放送されているに違いない。あいつらは何をやっているんだと苦情の電話が来てるかも。


 そこまで考え、ふと我に返り、業務に集中できていない自分を恥じ、消防車の操作盤のモニターに目のピントを合わせ水圧の数値を見たとき、モニターが突然消える。


「あ? どうした?」


 真っ暗モニターに映る自分の顔を見て、事前に説明は受けていた内容を思い出す。

 宇宙獣が現れたとき電子機器が止まると、それを確かめる為に装着を義務付けられていた、防火服の上からつけていた電子制御の腕時計に視線をやる。


 視線の先にある電子制御の腕時計は光を失って沈黙していた。


「宇宙獣が近づくと消えるんだったっけ。ってこれ、気付いたときって既に遅いんじゃ……」


 杉村が呟くと同時に鈍い衝撃音がして、消防車の車体が大きく揺れる。


 恐る恐る上を見ると、体長三メートルはあろうかという大きな猿が牙を剥き出し、杉村を威嚇いかくしてくる。


 操作なんかしている場合じゃないと、逃げようとするが、自分の足に引っ掛かり転けてしまう。


「おい、大丈夫か!」


 同僚が手を貸してくれ立ち上がった杉村。その後から駆けつけた自衛隊員たちが、車体の上にいた猿に一斉に発砲する。


 耳をつんざくけたたましい音に、猿の表面から血が散る。


 意外に大したことないのでは。このままいけるんじゃないかと、思ったのも一瞬。


 傷はたちまち消え、猿は痒そうに体を掻くと怒りに満ちた目を杉村たちに向ける。

 ここで初めて杉村を始めとした皆が、相手が普通の生き物でないことを理解する。


 人間が経験したことのない脅威。それを肌で感じ、猿が飛び降りて地面を揺らしたとき杉村は尻餅をつき動けなくなってしまう。

 ほんのひと時、何も考えるのをやめ流れに身を任せようと、猿が振り上げた拳が連れてくるであろう死を受け入れようと思った。


 光が走る。


 そんな言葉を聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだと、弧を描いた光の輪を見て思ってしまった。


「ぼんやりしてると、怪我しますわよ」


 この場にそぐわない丁寧な言葉に我に返る。


 真っ黒なワンピースドレスのスカートを優雅に翻し、身の丈以上の大鎌を振るう少女の姿に目を奪われる。


 銀色の髪の真上に舞い上がるは、先ほど自分を死に至らしめようとした猿の腕。


 降り注ぐ赤い雨を浴びることなく、ゆらりと空気が揺れ一瞬で詰めよった少女の振るう大鎌が首を捉える。

 腕とは違い硬かったのか、喉元の表面で止まった刃。


「かてぇな、先に腕を切り落としたのは失敗か。昔みたくこのまま振り抜ければ簡単なんだが、そうもいかねえし、めんどくせえな」


 先ほどまでの優雅な言葉遣いから一転、粗暴な言葉遣いへと変わる少女に違う意味で皆が目を離せなくなる。


 少女ことエーヴァは、大鎌を猿からの首もとから離すと、猿も後ろに下がり離れ互いに構える。


「お仲間も来るみたいだし、ちょうどいいか。お前らで試してみるか」


 エーヴァが大きく踏みこみミローディアを振るう、猿の毛先を掠め舞う毛を置いて弧を描いた刃先は近くにあった街灯の支柱にぶつかる。


 キーンと響く甲高い音。


 そして宙をプカプカと浮かぶ小さな泡。


 体ごと回転させ、その泡を掬うようにミローディアで切り裂くと、響く高い『ミ』の音と共に振り上げられたミローディアに猿の体を深く切り裂く。

 先ほどと武器が変わったわけでもないのに、スピードが格段に上がり切り裂かれたことに驚いているのは、目を歪ませた猿の表情から読み取れる。


「演奏より魔力変換が小さいからブーストは一瞬だけだが、上手くいきそうだな」


 ニヤリと笑うエーヴァに、何やら圧を感じた猿が後退りしてしまう。


「まったく詩のじいさんの技術には感服するぜ! この武器は前世でも欲しかったな!!」


 ミローディアを構えるエーヴァに、猿も威嚇しながら構える。


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