第197話:愛がもたらす活路

 猿がガソリンに落としたライターの火は、地面を伝って近くにあった車を火に包む。


 猿の腕を避け胸元を蹴ると、バク宙し尻尾が猿の顔面を切り裂く。顔面を押えもがく猿の鳩尾みぞおちを後ろ足で蹴り飛ばすと猿は燃える車に激しくぶつかり、炎を巻き上げる。


 蹴った瞬間に殴り掛かってくる猿の拳を避けるが、真下から蹴り上げられる足が腹を押し上げる。風の力を使いダメージを軽減させるが、強引に打ち上げられるシュナイダーを真横から来た猿が両手を上下に広げ掴もうとする。


 宙を蹴り地面へ飛ぶと、スレスレの空間を蹴り斜め上に線を引く。何もない空間を蹴り、斜め下に線を引く。何度も何度も繰り返し四匹の猿とミマシラを囲う風の刃が猿たちを切り刻む。

 一体が玉砕覚悟で強引にその線の真正面にぶつかると血しぶきを上げ吹き飛ぶが、風の刃の速度が落ちる。その瞬間もう一体が体当たりをする。

 勢いを殺されたシュナイダーにミマシラの蛇が絡みつく。


 シュナイダーの体を軸に集まった風の刃が高速に回転し、蛇の絡みを強引に削り振りほどく。ミマシラの蛇から脱出したシュナイダーが地面を擦って転がる。


 ミマシラを始め、猿たちは傷口を再生しながらシュナイダーを囲い、その中心で立ち上がったシュナイダーが口から血の混ざった唾を吐く。


「無駄に生命力の高いやつらよ」


 愚痴りながらシュナイダーは、周囲を探る。詩、スー、そしてエーヴァそれぞれの魔力を感じる。その感じから戦闘中であるのは間違いない。


(ちっ、見事に全員バラバラか。こいつらの目的は俺らの分断か? 炎は壁の役目もあるとすれば筋は通るかもしれんが……)


 自分を囲う猿たちの顔に苛立ちを覚えながらも、冷静に周囲の違和感を感じ取る。

 戦いの最中は気が付けなかったが、猿とにらみ合う今その違和感に気が付け、空気の流れを介して探るとニヤリと笑う。


「嗅いだことのある匂いもあるな」


 鼻をスンスンと鳴らすと四つ足に体重をかけ、戦闘体勢に入る。それを受け猿たちも身構える。


 開戦の合図はシュナイダーでも猿でもない。一匹の猿後頭部から吹き出す血と銃声。


 それを予想していなかった猿は慌て、予想していたシュナイダーは、猿たちの間を抜け後頭部から血を流す猿のもとに詰め寄ると、頭突きを鳩尾に入れ頭を降り上げ鼻先を天へ向ける。


 それと同時に巻き上げられる風に猿は宙へ浮き上がる。空中で前転し後ろ足で猿の腹を蹴って更に上空へと打ち上げる。

 空という地に足のつかない空間で、大きな体を持て余しもがく猿の下で、赤い毛並みを業火に変えるシュナイダーが叫ぶ。


「ここなら心置無く貴様を燃やせよう!」


 炎の刃が空中で何度も赤い線を引く『風脚炎舞かざあしえんまい』の前に、受け身もとれずに空中で溺れる猿を切り刻みながら更に上へ上昇する。


 高く上げられた猿の真下に赤い線が走り炎が弾けると、シュナイダーを中心に空気が集まり渦を描く。

 傷だらけの体で手足をバタつかせもがく猿が渦に落ちると、牙となり猿の体を削り始める。硬い体を削り露わになった瞬間炎の槍が貫き、風は炎に変わり内部から回転しながら燃やす炎に猿は四散する。


 空中で派手に起こる炎の渦が破裂する。その様を見上げる猿たちの体に発砲音と共に銃弾が降り注ぐ。

 建物や車の影を利用し移動する複数の人影から放たれる弾丸と、遠方からの弾丸は猿たちに致命傷は与えれないがチームワークを乱すのには十分。


 一匹の猿が、攻撃するものが隠れているであろう車の屋根に飛び乗り下を見下ろし吠える。

 二人の自衛隊員が銃を構えるより先に、上から落下してきたシュナイダーが猿の喉元に噛みつき、宙を蹴ると真横に飛びビルの壁に衝突する。

 一瞬埃が舞い上がりぶつかった場所の視界が失われるが、煙を切り裂き風がビルに沿って真上に上がる。


 壁に喉元に噛みついた猿を押し付け、頭でビルの壁を削りながら壁を駆けのぼる。ビルの破片を散らしながら上がっていく風は炎へと変わり、ビルの壁を焦がし黒い線を引く。

 そして炎は爆風と共に弾けると、風で割れたガラスの破片が地面に降り注ぐ。


 地面に落ち跳ねるガラスの破片の合間を風が抜けると、上を見上げていた猿の足の腱が切り裂かれ、バランスを崩した猿の真上に現れたシュナイダーが『風牙ふうが』を纏い地面に叩きつけ地面ごと削り始める。

 ずたずたになった猿を咥えると首で燃え盛る建物の方へと投げ飛ばし、風を纏い自分もそっちへ向かって走り始める。

 纏った風は槍へと変わり猿に突き刺さると、燃える建物にぶつかると同時に炎へと変わる。


 炎が弾け火の粉を激しく散らす。


 と同時に襲い掛かるミマシラの背中に銃弾が降り注ぎ、僅かに鈍った横をもう一匹の猿が駆け抜ける。

 弾けた炎の先にいるであろう敵の姿はなく、掴もうとした手は空を切る。


「四匹目」


 背中で声が聞こえたときは、猿は背中に衝撃を受け燃える建物の壁を突き破り、激しく燃える部屋の中でどの炎より激しく燃える炎が自分の体を貫き、この世から消滅する。


 激しく燃える炎の中に影が揺れ、炎をものともぜすゆっくり歩き現れるシュナイダー。


「我と同じ愛を追及する、愛の戦士高橋卓たかはしすぐるとその仲間たち。協力感謝する」


 シュナイダーの感謝の呼びかけに、車の影から親指を立てたグッドサインをした手だけが顔を覗かせる。




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