第192話:夢の中で
――女の子は泣いていた。
険しい藪をかき分け歩く。
草や木の枝で手足が切れ血がにじむ。
やがて真っ白な花が咲き乱れる花畑が眼下に広がる。
疲れたのか女の子はペタンと力なく座り込み、足を抱え込み丸くなる。
「お母さん……」
涙の混じった声で小さく呟く。
「迷子? こんな山奥に珍しいわね」
ふいに頭上から声が聞こえ、女の子は上を見上げる。
山には似つかわしくない、肌を出した格好の赤い髪の女性が手を差し伸べる。
「迷子なら一緒に探してあげるから、まずは家にこない?」
女の子は差し伸べられた手を握り立ち上がるが、長い間歩いて傷付いた足のせいなのか、安心して力が抜けたせいなのか足が震えうまく立てない。
その様子を見た女性は優しく微笑むと、女の子に背を向け「乗って」と言ってくる。
女の子は少し戸惑うが、女性の背にしがみつくと背負われる。
──お母さんとは違う背中。でも温かい。
女の子はそんなことを思いながら疲れていたのか、うとうとして眠ってしまう。
「あらら、寝ちゃったか」
優しく笑う声を聞き、揺られながら深い眠りに落ちていく。
――ぼふっ!
お腹に乗ってきた衝撃でスーは目をゆっくり開ける。重みの正体を見ようと顔を起こすと、ふてぶてしい顔をした猫が丸くなって見ている。
「マー君、お腹空いたのですか?」
スーの問いに大きなあくびをして答える。
「眠いだけなのですか」
マー君とはスーがお世話になっている詩のおじいちゃん、哲夫の家で飼われている飼い猫である。高齢だが元気で、よくスーに遊べとやってくる。だが今はただ寄り添っていたいだけのようだ。
前にシュナイダーがマー君と話し、スーのことをウサギと認識しているらしいことを思い出す。なんでもウサギの姉妹の妹と思っているとか……。
【おはよースー! よく眠れたっ? きゃは☆】
ウサギの姉に声を掛けられ、朝からテンションの高い白雪になんだか疲れを感じるスーは、もう一度眠りたい気持ちを押え白雪に話し掛ける。
「夢を見たのです」
【夢?】
首を大きく傾げる白雪の長い耳が垂れる。
「今のスーの記憶じゃないと思うのですが、白い花畑で女の人と出会ったのです」
【んまっ!? マティアスさんてば浮気してたのかしらっ!!】
息はしていないが、鼻息の荒い白雪がスーに詰め寄る。
「違うのです! それに何故かスーは小さな女の子だったような気がするのです」
【まあっ! 隠し子まで!】
「どうしてそうなるのです! マティアスはノエミ一筋だったのです」
怒るスーは、【キャー! ラブラブなのねっ♥️】とくねくねしている白雪を冷たい目で見ながらため息をつく。
「前にも聞いたのですが、白雪はノエミじゃないのですか?」
長い耳を揺らしながら首を何度か捻った後、ボタンの瞳にスーを映す。
こういうときの白雪が、真面目なのを知っているスーは、彼女の言葉をじっと待っている。
【私にノエミの記憶もないし、本当に分からないのよ。でもね、最近眠っているとき誰かの声が聞こえるときがあるの】
「声なのですか?」
【声って言うか、心にガツンと響く感じで『お願い』って誰かに頼まれるのよ】
「頼まれる? 誰になのですか?」
【さぁ~? 分かんない】
二人で同時に首を傾げる。
ナァ~ゴ~!
そんな話どうでもいい、お腹が空いたぞ! と鳴くマー君の、猫の一声により二人の夢の話は終わってしまう。
「さっきまでお腹空いてないって顔してたのに、お腹空いたんですね」
【さすが猫ね。自由な生き物だわっ】
白雪も十分に自由な生き物だという言葉を飲み込んで、スーはマー君の餌の準備に取り掛かる。
* * *
白雪が鏡台に座るスーの長い髪を器用に束ね、お団子を作ると最後にピンを刺し固定する。
横に回り込んだりして確認し、納得いったのか大きく頷いた白雪がスーの肩をポフポフと叩く。
【できたわよん。今日もスーは可愛いのよ】
スーは角度を変え鏡に映る自分を確認すると、満足そうな笑みを浮かべ立ち上がる。
「ありがとうなのです」
【どういたしましてなのよ】
後ろにあるお団子を触りながら、お礼を言うスーに、白雪は華麗にお辞儀をして応える。
【今日の予定は……】
どこからか取り出した手帳を広げ白雪は呟く。
【ユーユーや施設長にお手紙を出す為に郵便局。新しいお洋服を買いにショッピングね】
「ユーユーたちにお手紙出すのです! 頑張って書いたのです!」
便箋の入った分厚い封筒を掲げ喜ぶスーを、ボタンの瞳は優しく映す。
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