焦土と化する地から皆様へ

第190話:根回しはお任せ

 オフィス街からは少し離れた都市高沿いにある大きなビル。

 私鉄の駅で始発の電車から降りて歩くミディアムヘアーの女性は、そのニジテレビと大きく書かれたビルへと向かう。


 眠そうな目でカツカツと靴音を立て歩いているときだった。


「あーかーねーちゃん!」


 突然名前を呼ばれながら背中を叩かれ、転けそうになりながら慌てて後ろを振り向く。

 さっきまでの眠そうな目が嘘のように目を丸くする女性の目の前に手を振りながら、微笑む尚美の姿があった。


「な、尚美さん!?……えっとなんでここに?」


「なんでってあかねちゃんとお話したいなぁ~って」


 笑顔でジリジリと寄ってくる尚美に、ジリジリと下がって行く茜。


「茜ちゃん、あなた細蟹ささがに町で会ったわよね? この間番組の特集で不思議な存在に助けてもらったんですって発表していたでしょ?

 ネコのお面を被ってて、涙を拭いてくれる気さくで気の利く子だったって。

 茜ちゃんはやっぱ見る目あるわねぇ~凄くいい子だったでしょ?」


「そ、その言い方……知り合いとかですか……」


「さぁ~どうだろう? でもさ、明るい女の子で私は好きだなぁ。でさー、ちょーっとお願いしたいことがあるんだけど」


 ニコニコ笑顔の尚美を、引きつった笑顔で茜は見つめる。


「尚美さんが他局の私にお願いって……なんですか?」


「いやぁね、私たち報道関係者って局は違っても真実を報道する気持ちは本物だと思うんだよね。特に茜ちゃんはそれを感じるのよね。

 でね、ちょっと美味しい話が何個かあるんだけど、聞いてみない?」


 世の中美味しい話を持ってくる人ほど信用ならない人はいない。茜だってそれは知っている。それでも断れないときがあるのも事実である。


 笑顔でにじりよる尚美の迫力に負け「はい」と小さく返事し頷いてしまうわけである。



 * * *



「それで、私にお話しとは?」


 坂口の目の前に座るのは、スーツをピシっと着こなす防衛省、大臣政務官の市川正幸いちかわまさゆき

 メガネの下にある切れ長な鋭い目に射ぬかれ、ビビりながらも坂口は必死に目を反らさず市川との対談に望む。


「細蟹町で自衛隊員と接触した件についてです」


 全く表情を変えずに視線だけ寄越すが、その目に宿る威圧感に椅子ごと後退りしそうになるのを必死に耐える。

 生唾を飲み込み、少し上擦った声で冷静を装い言葉を綴る。


「お話は私を通してと、お願いしたと思うんですが」


 坂口の言葉を聞きしばらく黙ったままの市川に、濡れたシャツが不快に感じる程の汗をかく坂口が、座り直そうかと思案しモゾモゾする。


「報告書には……」


 静かなのに重さを感じる言葉に、坂口は肩を一瞬震わせてしまう。


「対象者と接触。会話に成功。窮地を救われ、共闘にて怪物の撃破に成功、市民の救助を行う……」


 市川の刺すような鋭い視線で坂口は見られ、口はカラカラなのに生唾を飲もうとしてしまう。


「尚、対象者がどのようにして怪物に対抗しているのか、その手段は皆目検討もつかないと」


 鋭い視線が更に鋭利さを増し、坂口は視線に殺されそうになるという、貴重な体験をする。


「所感として対象者との友好的関係を望む……と全員が報告してくるわけですよ」


 大きなため息を付きながらメガネを掛け直す。


「今回派遣した隊員は皆、優秀な者たちです。私の後輩もいるんですが、それらが全員彼女たちと協力しろと言うんですよね。このこと……面白くないですか?」


 ほんの僅かだが市川の口角が上がる。そんな僅かな変化でも空気が軽くなるのを感じ、坂口の肩の力が抜ける。ほんの少しだが。


「市川さん、失礼ですがあなたのこと調べさせてもらいました」


 坂口の言葉に興味深そうに「ほう」と短く言う。僅かに浮かべる笑みが興味深々と言った感じで、早く話なさいと圧を掛けてくる。

 その圧に必死に耐えながら、坂口は自分と尚美で調べた市川のことを思い出しながらゆっくりと語る。

 語る内容は家族構成、防衛大での成績、自衛隊に入ってから今に至るまでの経歴。大したことではない、だがお前のことは知ってるぞとプレッシャーを与えようとしているのが見え見えなのに、そう見せようと神妙な顔で話す坂口を、市川は愉快そうに見ながら聞いている。


「あなたの幼少期から今に至るまで、関わった人は皆言います。あなたは見た目は冷たいようで付き合ってみると凄くいいヤツだと。

 その話を聞いて確信しました、この間初めて会ったとき、副大臣の小笠原おがさわらとは違うあなたなら話が通じると思ってこうしてきたんです。私の言葉に耳を傾けてくれるだと思って!」


「ヤツ?」


 真顔になる市川に、坂口はやってしまったと青い顔になる。話しているうちに熱くなり、勢いがつきすぎた結果である。

 だが市川は、そんな坂口の青い顔が面白いのか、口角をさっきより大きめに上げると、深く座っていた腰を上げ、僅かに前のめりになる。


「この役職になると私にと呼ぶ人間は中々いませんね」


「す、すみません……」


 萎縮して、これでもか! というくらいコンパクトになる坂口。


「あくまでも我々は対等であると、そういう意思表示と受け取らせていただきましょうか」


「へ?」


 市川の言葉の意味が理解できず、目をパチパチと何度もまばたきさせる坂口をおいて、市川は更にぐっと前のめりになる。


「では坂口くん、本題に入りましょうか。キミたちの要求を聞かせてもらえませんか?」


「え、あ、ああ。わ、わえわれの要求は一つです」


 坂口はカミカミなのに気付かないほど、必死に伝えようと市川に負けず前のめりになる。


「国側からの宇宙人の存在の発表。そしてその存在は自衛隊の指揮の下、討伐可能であると。


 つまり表向きは自衛隊による討伐。ですがその裏で彼女たちの存在を隠しつつ、自衛隊とは協力体制をとる。できれば公安ともとりたいです。彼女たちの正体に深入りしなければ、こちらからは宇宙人の情報を提供します」


「ん? それでは彼女たちにメリットがあまり無さそうですが?」


「いえ、正体を知られないのが最大のメリットです」


 前のめりの体勢をやめ、椅子に深く腰をかけた市川が顎に手を置き気難しい顔を見せる。


「確か……彼女たちの国籍は日本ではありませんでしたね。なるほど、こちらとしては国のメンツも保たれますし嬉しい限りですが、そんな条件だと些か不安になります。裏があるんじゃないのかなと」


 わずかにフンと鼻で笑う市川を見て、大きくため息をついた坂口が頭をボリボリと掻いて答える。


「直接会ってみれば分かりますよ、そんなこと考える子たちじゃないって。まあ会えればですけど」


 フッと笑い返す坂口に、ククッと愉快そうに市川は肩を震わせ笑う。


「こちらとしても細蟹ささがに町のことをどのように公表するか、意見がまとまらず困ってたところです。

 おたくのところの宇宙防衛省の大臣さんが、こちらに困った指示を出してきて防衛省内も意見が割れ分裂して混乱状態ですよ。まあ、お陰で方向を決めれそうですね」


「公表ついでっていちゃあなんですけど、いい記者会見の場を案内しましょうか?」


 悪い顔をしてニヤリと笑う坂口に、市川も悪い顔で答える。


「興味があります。詳しいお話をお願いできますか」


 二人の男の談話は続く。

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