第188話:白い花
手から離れた水で出来た青い糸はふわりとたわむと、パラパラと割れ四方に分かれる。落ちていく先にあるのは私が四方に刺した筒がある。糸が当たると『結』の漢字が光り糸は結ばれる。
ウーラーの中心にある朧から伸びた糸が四方の筒で結ばれ、ウーラーを地面に縫いつける。
蜘蛛の巣にとらわれた巨大蜘蛛を白雪に抱えられたまま空を滑空する私は、宙に大きく『風』を描き右拳に『雪』を描くとそっと触れる。
『
舞い散る雪は動こうともがくウーラーの上へと降り注ぐ。
激しく吹雪く雪はウーラー表面につららをつくり、ウーラーを縛る糸を凍らせ下を流れる水の表面に氷を張る。急激な温度の低下に動きが鈍り始めるウーラーと足長蜘蛛たちは弱々しくもがく。
「雪は降り注ぎ……」
白雪がウーラーの真上まで滑空し手を離すと私は、動きの鈍った足長蜘蛛を吹き飛ばしウーラーの真上に降り立つ。右手と左手を重ねウーラーの本体に打ち込む『
「やがて雪は氷となりて……」
背中にいた足長蜘蛛が握っていた朧を引き抜き、手にすると朧に描いてある『霜』を突き立てる。
『
「霜は全てを等しく覆い……」
そのまま地面に溜まる水の上に
筆を手にし、ウーラーの背中に描く『華』の漢字。
「霜は花となる『
水面に咲く霜の花が一面に広がり、白の世界を生み出す。
空気中の温度を一気に下げ、無風を生み出し、ようやく咲かせることのできるこの技。漢字を描いていき条件を満たし、最短で辿り着く順番がこれである。
実にめんどくさい……。
因みにぶつぶつ言ってるけど呪文とかではなく、漢字を書く順番を忘れないために暗記した文言である。中二病っぽいけど、カッコいい気もするからよしとしよう。
ウーラーを中心に咲き乱れる白い花畑は、ウーラーの自由を奪う。日本で生まれたと思われるウーラー、まだ冬も越したことのないであろう生物に、この寒さは堪えるはずだ。
普通の生き物ならこのまま死んでいくだろうが、コイツらはとんでもない進化を見せるから油断はできない。
故に一気に片を付けるべく、白い花畑を切り裂く青白い光が白い走る。その後を細かく砕けた花弁が舞い散る。
モモンガを背負ったスーの手に輝く青い光が、一際鋭く光るとウーラーの凍った体を突き破り打ち込まれる。
「『
ウーラーの体内に入った魔力は凍って脆くなった細胞を破壊し突き進む。
膨大な魔力に切り裂かれウーラーの体は破裂し氷の破片共に霧散する。
キラキラと舞い落ちる中、楕円形の物体は透明の羽を激しく羽ばたかせ、氷の破片の間を縫って飛び始める。
バスケットボール程度の大きさのそいつは、ハエみたいな見た目をしている。
最後は蜘蛛じゃないんだと思いながら、ハエの真上に落ちてくる、家のワンちゃんの姿を見守る。
シュナイダーを中心に回転する風の牙は、ハエに落ちると、体を削り始める。
羽は無惨にちぎられて尚空中に留まるのは、シュナイダーが風で捕らえて離さない為。
『
「イヌコロ! 充分なのです!」
そして下から立ち上る鋭い魔力。スーが屈んで飛び上がると、青い光は天へと真っ直ぐ昇り青い線を引く。
「『
天に昇ったスーの足に込められた魔力の軌跡が山なりに弧を描き、上空で決まる回し蹴りはヒビの入ったハエの体を捉える。内部に注ぎ込まれた魔力がヒビから漏れ出し、いくつもの光の筋が噴き出し夜空を彩る。
魔力の膨張により膨らむハエの体は破裂音と共に目を刺すような光を放ち、跡形もなく消える。
一瞬、強い光に包まれたせいで暗く感じてしまう夜空から舞い降りるスーが着地するが、力を使い果たしたのか体が揺らぎ、倒れそうになる。
倒れそうなスーをエーヴァが回収し走り去ると、僅かに遅れて真上から降りてきたシュナイダーが、く~んと悲しそうな声を出しながらエーヴァたちを見ている。
倒れるスーを乗せようと目論んでいたらしい……。
私は上を見る。
建物に巻き付く白い糸の棟は、鉄塔は崩れたことで隙間が大きくなり夜空が見える。
当初はウーラーが滅茶苦茶な進化をしてから叩く予定だったので、合体したときは驚いてしまった。
だが自分で作った棟の中に閉じ込められた状態での巨大化は失策だったと言わざるを得ない。
昔からの教えで『巨大化は負けフラグ』というものがあると宮西くんが言っていた。
今回まさにその通りであったと粉々に砕けたウーラーの残骸を見て思う。
「さて、まだ単体で蜘蛛が残ってるかもしれないからもう少し索敵、討伐して帰ろっか。
スーは私がみるからエーヴァとシュナイダーメインでお願い」
私の言葉に悲しそうな目で見てくるシュナイダー。なぜスーを任せられると思ったのか、その自信がどこからくるのか問いたい。
まあ、めんどくさいから聞かないけど。
スーを背負うとすぐに寝息を立て始める。白雪とぬいぐるみを回収し、自衛隊員の人たちの下へと向かう。
僅かに残るフロストフラワーの花弁が、夜風に吹かれ舞い上がり、小さな白い氷がキラキラと光る。
規則正しく寝息を立てるスーを背負い、動かなくなった白雪を手に持って棟の外に向かって歩いていく。
背中の温もりが心地よい。小さな子を背負う機会なんてないから、なんだかくすぐったい。
前世で子供と縁がなかったからなぁ。
ん? 花畑に小さな女の子とぬいぐるみ……はて? どこかで……
ふと思い浮かんだ前世の記憶を引っ張り出す前に、外で待機していた自衛隊員の人たちと合流して思い出すことを忘れる。
* * *
白い棟から遠く離れた森の暗闇に光る四つの瞳はウーラーと詩たちとの戦闘の一部始終を見終えると、座っていた木の幹からムクリと立ち上がる。
赤みがかった毛の生えた腕をボリボリと掻く四つ目の大猿は、その巨体に似合わぬ動きで木々を移動すると森の奥へと消えていく。
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