第185話:奇襲戦

 蜘蛛の心臓は腹部の背面に沿うようにある。それを知ってなのか、ウーラーは背面に無数の卵を背負い、卵から這い出てくる足長蜘蛛が背中を守る。

 またこの足長蜘蛛は糸を出し、ウーラーの移動、防御、攻撃をサポートする。


 スーの魔力を背面の心臓を突き破り血液を通して流す案もあったが、それが叶わない今、彼女が担うのはウーラーに重い一撃を喰らわせること。


 単純なスピードならシュナイダーの方が上。だが身を忍ばせ音を立てず、相手に悟られないまま隙間を縫うように動けるのは彼女、いや彼女たちだけ。


 水に波紋も残さず動く影は、地面は崩れ、破裂した水道管から吹き出した水と土が混ざった泥水にもがく、無数の蜘蛛と瓦礫の中からウーラーへ真っ直ぐ進む。

 それはシュナイダーが投げて刺した、ナイフに込めた自分の魔力を目印に忍び寄る。


 光も音も宿さぬ影がウーラーの目の前に現れたとき青白い光が顔面を捉える。スーが打ち込んだ掌底にそっと重なる白雪の白い手。


【『弾跳兎タァンティアトゥ』、いわゆるね兎☆】


 白雪の声と共に瞬間的に噴き出す魔力がウーラーの顔面の左半分を吹き飛ばし体内へ魔力を打ち込む。

 当初予定した倍以上の火力で放たれた魔力の衝撃波。

 スーと白雪が左右に別れ、崩れる顔を顎下から蹴り上げる。


 顎を砕かれ大きくのけ反るウーラーの背中の蜘蛛たちが糸を出し、近くの瓦礫に糸を絡めウーラーを引っ張り逃げようとする。


 だが空から落ちてきたエーヴァが水飛沫を上げ華麗に着地すると、辺りに残る残火を光源に光るミローディアを振るう。


 大きく弧を描く音撃により糸は切断され、中途半端に引っ張られたウーラーは地面に体をぶつけてしまう。

 そこを逃すスーたちではなく、一気に間合いを詰めると『弾跳兎』を右半分の顔面に打ち込み破壊する。


 たまらず下がるウーラーを背後から襲うのはエーヴァの斬撃。

 スーと白雪、エーヴァが常に対角線上に間合いを合わせウーラーの死角をつく攻撃を繰り出していく。

 間合いを崩さず一糸乱れぬ動きはさすがだと言わざるを得ない。


 瓦礫に埋る他の蜘蛛や、崩落を免れた蜘蛛たちが体勢を整えウーラーを守りに集まろうとするが、それは炎と風が網目状に走り妨害する。


 人よりも足場の悪さに影響されないといっても、空中を走るシュナイダーには敵う訳もなく物陰から出てしまうと、瞬く間に切り刻まれてしまうので、隠れざるを得ない。


 それで私はというと……


 エーヴァが切り飛ばしたウーラーの足から新たな足が再生され、瓦礫に伸ばすその足に矢を放つ。

 突然の異物に足を取られ、一瞬だけ動きを止めるウーラーにエーヴァとスー&白雪が同時に攻撃を仕掛ける。左半分を大きく抉られるウーラーは沸騰するかの様にボコボコと抉られた部分が泡立つ。

 そこに『雷』の矢を突き刺しウーラーの動きを止め、エーヴァたちが追撃をしてくれる。


 シュナイダーが周囲の蜘蛛を切り裂きあらわになる内部に、『雷』の矢を放ち内部にいる寄生体を死滅させる。

 後はシュナイダーの進路の邪魔をしそうなヤツや、攻撃を仕掛けようとするヤツを矢で射ぬいていく。


 奇襲は基本、相手を一気に倒すことが目的だがエーヴァとスー同時に攻撃をしてもウーラーの再生能力と、何より背中の卵から涌き出てくる足長蜘蛛が攻撃の邪魔をする。


 たいした強さは持っていないのだが、自らを犠牲にしエーヴァたちの攻撃を受け止めウーラーへのダメージを大幅に軽減してくる。

 ときに糸を噴出し、攻撃を阻害する。私も矢を放ち卵を潰すが、次ぐから次へと生えてくる卵に攻めあぐねる。


「チッ、背中の虫がガサガサしやがって寄生体の音が聞こえねえ」


「エーヴァ、蜘蛛は虫じゃないとミヤが言ってたのです」


「んなこと、どうでもいい!」


 文句を言い合いながらも連携する二人は、エーヴァが切り裂いた傷口にスーが魔力を叩き込み破壊する。だが、体が崩れ体勢を崩すウーラーは素早く足を生やし、転倒を防いでしまう。


「うわぁ~、足だらけになってしまったんだけど。これはきしょいわぁ~」


 私が矢を放つ先には、顔以外の全てから無数の足を生やすウーラーの姿がある。

 体を取り囲み、みっちりと生える足がガサガサと音を立て動く姿は、中々に気持ち悪いものだ。虫嫌いの人が見たら気絶するだろうなと思う。


 何本あるのか数え切れない足を、炎の刃が駆け抜け、斬られた足が宙を舞う。

 周囲の蜘蛛の数が減り、余裕のできたシュナイダーがエーヴァたちに参戦したわけだ。


 華麗に舞う炎と風の共演は美しい。間違いなく美しいのだが、あっちを切ってはエーヴァに舌を出してハァハァ。こっちを切ってはスーを舐めようと舌を出す。


 あのイヌは何を考えてるんだと。集中しろと怒り心頭な私である。


「後でシュナイダー説教してやる!」


 心の声が外に出たところで私は鉄の棒を手にして構える。

 前世ほどではないが、ここ最近の戦いでより繊細に魔力をコントロールできるようになってきた私は、漢字の発動範囲を大まかに決めれるようになった。


 鉄の棒の先端の漢字のみに集中し尖らせ『槍』にすると、手の甲の『鋭』を移し鋭さを付与する。宙に『刃』を描き、全力で投げるそれは『鋭刃えいじん』を付与され鋭さを増して飛んでいく。


 エーヴァ、スー、白雪、シュナイダーがほぼ同時にウーラーの足を切り裂く。大量の足が宙に舞うそれを押しのけて、槍はウーラーの背中の卵を破壊し背中に突き刺さる。


 間髪入れずに放つ『雷』の矢は槍と同じ軌道を飛んでいき、石突いしつきに当たると『撃』を光らせ『雷撃』となる。

 雷鳴が鳴り響き、槍から放たれた雷撃はウーラーの体を駆け巡り、漏れた電撃が地面を這って大きく広がる。


 スーが右手に力を込め魔力を溜めたところで、ウーラーの黒く焦げ煙りを上げる体が大きく震え、スーは攻撃を中断する。


「簡単には終わらせてくれないかぁ。さて、こいつはどうでるか……」


 小刻みに震え始めたウーラーの様子を固唾を飲んで見守る。

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