第184話:崩れる白い棟
元は広場だったものだったのだろう。私はこの辺りに来たことがないので、元がどのような場所だったかは分からないが周囲を蜘蛛の糸で覆われ、夜の僅かな光をも遮り薄暗く、地面に這う無数の蜘蛛たちが
襲ってこないのは様子見と、あちら側としては私たちに向かって来てほしいのだろうと推測される。
ビルの上から元は広場であった場所を見下ろす私の隣にスカートを翻しながらエーヴァが舞い降りてくる。
「自衛隊の方は準備できたってよ。撤退の護衛して所定の位置に着いたらあたしも知らせる」
「オッケー、私も準備して位置に着いたら知らせる。後はスーとシュナイダーの知らせを待つだけか」
「だなっ。じゃあ、あたしは行くぜ」
身を翻しふわっと髪が揺れるとフワッといい香りが鼻をくすぐる。
「エーヴァ、なんのシャンプー使ってんだろ。どうせ滅茶苦茶高いやつなんだろうなぁ」
ママに頼んでも買ってもらえないだろうなと考えると、ため息が出てくる。
一応後で値段だけでも聞いてみるかと思いながら、私は鉄塔から少し離れたところにあるビルを上へ上へと上がっていく。
* * *
蜘蛛の罠、一般的に蜘蛛の巣を張りかかる獲物を待ち構えるものを想像する。だが実際に巣を張らないものも多く、糸の使い方も命綱や、粘着性はなく振動のみを伝える為に張られる鳴子のようなものなどがある。
巣も円状に張られるものから、トンネル型、立体的に編むものもある。
と、早口で喋る宮西くんのことを思いだしながら周囲に張られた糸に触れないようにビルの屋上にたどり着く。
「さてさて、みんな準備はできたかなっと。にしても作戦開始時はなんとも言えない緊張感があるね~」
私はみんなの準備完了の魔力を感知して弓状の朧を引く。
「起点は私!」
引く矢は自衛隊の人たちに集めてもらった丁度いい長さの木の棒。
『矢』の漢字を描き尖らせた木の矢が、鉄塔の根元においてあるガソリン入りのポリタンクの下に描いてある『火』の漢字に突き刺さる。
遠方の方から順に引いていき多少の時間差はあるものの、ほぼ同時に着火し爆破したポリタンクが、鉄塔の根本と、それが立つビルの天井へダメージを与え破壊する。
蜘蛛の巣でできた白い棟は、三つのビルとこの鉄塔の立つビルの四つを柱にして立っている。四本の柱を蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして真ん中に空間がある状態なわけだ。
柱を軸にして巻かれた蜘蛛の糸は中心に向かって力が働く。そのうち一本の鉄塔が脆くなったということは、糸に引かれ自然に中心に向かって倒れていくことになる。
更に内部は蜘蛛の糸が張り巡らされた空間が広がる。一本一本はたいした負担ではないかもしれないが、何千本ともなれば話は変わってくる。
土台が破壊され糸に引っ張られる鉄は、軋み甲高い音を立てながら鉄塔は崩れていく。脆くなった場所を起点に蜘蛛の巣の棟が崩壊を始める。
倒れた鉄塔が蜘蛛たちを潰しながら地面を抉る。だがこれはあくまでも始まりに過ぎない。
鉄塔の崩壊で空中に張り巡らされた蜘蛛の糸が緩み、役目を果たさなくなったとき上空から落ちてくる炎が混乱する蜘蛛がいる地面に衝突すると、爆発と共に炎が凶暴に広がる。
炎の中心に立つ赤い獣は口に小さなナイフを咥え凛と立つ。
潜みつつ風を使いこの辺り一帯に魔力を徐々に充満させていたシュナイダーが、一気に魔力を開放し炎を放つ、その威力は凄まじいの一言に尽きる。
ちなみにこれは魔力を感知できない敵だからこそできたことである。感知できるなら充満させる前に気付かれてしまう。
広がった炎は蜘蛛の巣の外にまで広がると、自衛隊の人たちが周囲に松の木で組み灯油を浸した布が巻いてある柵に、シュナイダーの炎が引火する。一気に燃え広がる炎は激しく踊り狂いながら巣を囲む。
この炎に威力はないが炎に巻かれ混乱する蜘蛛にそんなことは分からないし、外に出ることを躊躇させるには十分。
今このときをもってこの巣は、ウーラーたちの罠からウーラーたちを閉じ込める檻と化したわけだ。
シュナイダーが炎を纏い、風を舞わせ蜘蛛を切り刻みながら、ウーラーの下へ詰め寄ると、爪を模った風の爪で攻撃をするが、それはあえなく避けられてしまう。
奇襲によってバラバラなった蜘蛛たちがウーラーを守ろうと集まってくる、それらを切り刻みながら炎の球を空中に生み出し尻尾で叩きはじく技は『
それと同時に口に咥えていた小さなナイフをウーラーの腹部に投げ突き刺すと、真上に向かって空中を駆けていく。
シュナイダーの魔力の放出は私たちにしか分からない合図。
その合図を受け、自衛隊の撤退時に地下へ降りる階段の前に設置された大太鼓の前で、
先にスーとシュナイダーによって、エーヴァの魔力が練られた鉄板を地下から何本も突き刺しており、それらが振動し地面を揺らす。
最初に変化がある場所は、鉄塔が落ちた箇所。
微細に震える地面は上と下の衝撃により崩れ陥没する。
ひび割れる地面、一度崩れ出すと崩壊は止まらず、崩れ落ちる地面に引っ張られウーラーたちは下へ落ちていく。
高さにして数メートル程度。それは地下街とかがないこの場所では破壊したのは通信ケーブルが通るとう道と呼ばれる空間の距離。
地下鉄があるところではさらに深い場所を通ることもあるらしいが、この辺りは通信会社があり、地下鉄もないので比較的浅い。
そして崩れたとう道のその上を走っていた電気やガス、水道管の埋没する空間を巻き込んで破壊する。
電気もガスも止まっている
電線の断線、変電所の故障から通電していない電気。ガス漏れが確認され二次災害から危険と判断され止められたガス。
一部水が漏れ、どこからか流れていることが確認されるが、人間の生命線ともいえる水だけは生かされている。
自衛隊の人たちによってもたらされた情報通りである。
水道管から溢れ出す水は崩れた崩れた地下に溜まり始める。
「さてと、もう一押しだね」
私は泥水に沈みもがく蜘蛛たちに向かう音のない影を見て呟く。
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