第179話:猫巫女のお願い☆

 武藤大樹むとうだいき三十二才、独身は自衛隊員である。階級は、三等陸曹。 


 大樹は中学生のとき、しがない自衛隊員が異世界へと転移し、そこで自衛隊員の知識と体力を武器に成り上がりハーレムを作るというラノベに憧れ高校卒業後自衛隊に入隊したのだ。

 ラノベの主人公の階級は陸士長だから、そこに留まろうとしたが、上司から無理矢理試験を受けさせられ、主人公よりも階級が上がってしまった。だがもう上げる気はない。


 異世界に行くために勉強し得た知識と、訓練によって鍛えられた肉体で準備万端だった彼は今回の特殊任務部隊に任命され、異形の怪物と戦闘をすることとなる。

 最初はわくわくした。この異形の怪物は異世界から来てるんじゃないかと、それに加え謎の少女たちの存在を知って心躍っていた。


 だがその気持ちは今……爆発している。


 成す術もなく蜘蛛に捕まった自分たちを捕らえていた蜘蛛の糸が宙に舞う中、炎を纏った刀と雷を纏った刀が華麗に円を描き糸と蜘蛛を切り裂いていく。


 炎と雷の残像がスローモーションを見ているかのように錯覚させるが、三体の蜘蛛が瞬時にバラバラになっていることで、一瞬の出来事だったのだと気づかされる。


 猫のお面を被った少女は白い巫女の衣装をふわりと舞わせ、刀の炎と雷を掻き消すと大樹の元へ歩いてくる。

 暗闇なのにくっきり白く見える猫巫女がこちらに向かってくる。大樹を初め、他の隊員もその存在に緊張しているのが伝わってくる。


「大丈夫ですか?」


 座り込んでいる大樹の顔を覗いて尋ねる猫巫女は先ほどの鋭い感じはなく、気さくな感じで話しかけてくる。

 大樹は何度も頷くと、「よかったです」と頷きながら言われ猫巫女は空を見上げる。


「ふむぅ、中に入った自衛隊は四チーム、十六人。あいつらの魔力の波長から全部助けたっぽいなぁ」


 独り言を言った猫巫女が大樹に手を差し伸べるので、反射的に手を掴み引っ張られ立ち上がる。


「ちょっと尋ねるんですけど、町の真ん中にある白い蜘蛛の巣を壊したいんですよね」


 お面を被っているから分からないが、何となくウインクした感じがして大樹はドキドキする。彼女いない歴三十二年、女の子に手を握られ、ウインク(多分)されて人生最大のドキドキを感じている。


「爆弾とか持ってませんか? あのピン抜いてぽーんてするやつとか? 手っ取り早く巣を爆発させたいんですけど」


 別の意味でドキドキするようなことを言ってくる。


「手榴弾のこと……です?」


「あっ、それそれ! それです」


 軽いノリで話してくる猫巫女に、ちょっぴり圧されるが、話しやすそうな雰囲気に女性慣れしていない大樹の緊張も僅かだが解れる。


「いえ、一般的に手榴弾の装備はなくてですね。僕たちはあくまでも防衛と救助が目的でして……」


「そうかぁ。ん~、やっぱり乗り込むしかないかあ。外側から崩壊して侵入してやろうと思ったんだけどなぁ~」


 物騒なことを残念そうに言う猫巫女は、地面を蹴りいじけている。その姿が可愛いなどと思ってしまう大樹は勇気を振り絞って声を掛ける。


「あのぅ~、あそこに向かうのって怪物を倒すためですか?」


「ん? はい、そうですけど。あ、そうだ! この辺にいても危ないですし、かといって帰れないでしょ。あの巣を壊そうと思うんですよね。

 だから周囲に人がいたら危ないんで、避難誘導を手伝ってもらえませんか?」


 猫巫女のお願いに、大樹はときめく胸を抑えながら隊長である三木みきの方を見ると、三木隊長は大樹の顔を見て呆れた表情をしてため息をつく。


「武藤、顔がニヤケてるぞ。えっとそこのお嬢さん。市民の避難には賛成だが、我々と協力するという認識でいいのだろうか?」


「ええ、私たち戦えるんでしょ? なら一緒に戦いませんか?」


 この提案に三木は猫巫女を真っ直ぐ見つめ尋ねる。


「正体も知らない人間を信じれるかと聞かれると、ちょっと信じられないんだがな」


 三木の発言に、正体が分からないこそ良いのにと思いながら、共闘の提案に賛成な大樹は猫巫女が機嫌を損ねないか心配する。

 だがそれに反して、猫巫女は人差し指でお面をポンポン叩きなにやら考えると、あっさりお面を外してしまう。


「まあそれもそうですね。あんまり身バレしたくなかったけど、そうも言ってられないですよね」


 炎と雷を操る猫巫女の登場で興奮していた大樹は、お面を外して見せた素顔にドキリ胸がときめく。


鞘野さやの 詩っていいます! この場だけでも協力しませんか?」


 ときめく大樹とは対照的に隊長である三木は冷静に詩を見て思案中のようである。ここが三木と大樹の違いだろう。


「事前の情報だと君たちは、その未知な力と存在から危険視されていた。故に接触し、可能なら同行、抵抗するなら……捕獲するように言われていたんだが」


「ふ~ん、で、捕まえてみます?」


 いたずらっぽく聞く詩に、三木は苦笑する。


「冗談を。蜘蛛の化物に対し手も足も出なかった我らが、蜘蛛の化物を一瞬で倒した君を捕獲できるわけないだろう。寧ろこの状況で協力を要請するべきは我々の方だろう。足を引っ張ることしかできないだろうがな」


「そんなことないですよ。戦闘面でも期待してます。

それに人の避難や救出は自衛隊の人たちの方がプロですし、救出されて、猫のお面を被った私よりは、やっぱり自衛隊の人の方がみんな安心すると思うんです。

 私にはできないことです。だから協力をお願いしたいなって思います」


「そうか、ならお互いに協力ということで。私の名前は三木尊みきたける、よろしく頼む」


「ですね、こちらこそよろしくお願いします」


 フッと笑う三木に、ふふっと笑う詩が握手する。


 この場限りかもしれないが、協力の約束が交わされた瞬間である。


 そんな様子を、歯ぎしりし悔しそうに見るのは大樹である。


(くそぉ~、三木のやろう。結婚して綺麗な奥さんもいるのに、あんなかわいい子と楽しそうに話しやがって。大体最初は俺が話してたんだぞ! あぁ~羨ましぃ!!)


 武藤大樹むとうだいき三十二才は、三木尊みきたける二十八歳に嫉妬する。かつての後輩は、今や自分を追い越し上司として、恋のライバルとして立ちはだかるのだ。


 と勝手に大樹が思っているだけだが……。

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