第178話:新たな戦士!?

 住宅地には電線の代わりに蜘蛛の巣が張り巡らされ、灯りのない町と相成って不気味さを増している。


 そんな不気味な町を四人の自衛隊員は、銃を手に警戒しながら進む。

 先頭にいる隊長が手を上げると皆がピタッと立ち止まる。


「これ以上深く進入するのは危険だ。我々の任務はあくまでも少女たちとの接触……と捕獲」


 隊長は捕獲という言葉に戸惑いを感じたのか語尾が小さくなる。


 ガサッ! ガサガサ!


 突然の響く音に皆が音のした方向を見上げると、家の上で脚を擦り音を立てている蜘蛛の姿があった。


「一旦距離を取るぞ! 発砲は牽制のみ許可!」


 隊長の言葉に後方の二人の隊員が銃口を屋根にいる蜘蛛に向けつつ、四人は移動を開始する。


「二時の方向に、蜘蛛を確認!」


 前方の隊員の言葉通り、前方の右斜めの家の屋根にも蜘蛛がいて脚を擦り音を立てる。

 後方を振り替えれば蜘蛛の姿がある。道を選ばざるを得ない状況に嫌な予感を感じながらも隊は進む。


「このまま進むと、確か大通りに出たな?」


「はい、県道にあたります」


 広い道路の方に誘われている、そう判断した隊長は後ろをついてきながらも、一定の距離を取って襲ってこない蜘蛛たちを睨む。


「このままでは危険だと判断する。攻撃に転じる。大通りに出る前に二手に散開、遮蔽物に身を隠しながら攻撃し、この場から撤退せよ」


 追い込まれジリ貧になる前にこちらから攻撃を仕掛けつつ撤退する。


 隊長の判断は良かったが遅かった。


 二人の隊員が突然ひっくり返り顔面をぶつけながらうつ伏せになると、地面を引きずられ広い道路の方へ引っ張られていく。


 隊長が慌てて上を見るが、蜘蛛たちは動かずじっとこちらを見ている。


「まずい! 既に罠にっ!?」


 隊長がもう一人に声を掛ける前に、右足を強引に引っ張られ、勢いよくひっくり返り顔を胸を打つと、そのまま引きずられていく。

 道路を引きずられる熱と痛みを感じる間も無く大通りに出ると、空中に引っ張られ宙に張り付けられる。


 何が起きているかも分からず辺りを見回すと、他の隊員や一般人と思われる人たちが宙に張り付いているのが見える。


 下に集まってくる蜘蛛たちのカサカサと前脚を擦るその音は、獲物を罠で捕らえた喜びの笑い声に聞こえる。


 一体の蜘蛛が近づくと宙に足を掛け垂直に上り始める。暗くてよく見えなかったが、蜘蛛が歩くたびに自分を含め宙に浮いている人たちが揺れたお陰で、自分たちに糸が絡んでいることを知れる。

 知れたところで何もできないが、相手が蜘蛛でありなんとなく納得してしまった自分に変な笑いがこみ上げ、気でも触れたのかと思う隊長の横を蜘蛛は通り過ぎ、一般人の中で高校生くらいの女の子の前で止まる。


 顎をガチガチ鳴らしながら、泣きながら悲鳴を上げる女の子に鋭い牙を突き立てようと迫る。


 助けようと、どうにか動こうともがく隊長だが、銃や装備も糸に巻かれ身動きも取れない現状を知り目の前で今から起こるであろう惨劇を見るか、目を瞑るか否かの選択をすることしかできないことに絶望を感じる。


最後まで助けようともがく隊長の瞳に赤い光が映る。


 空が一瞬光ると、赤い線が真っすぐ地上へと落ちる。


 バシュっと軽い音がして、さっきまで女の子を襲おうとしていた蜘蛛が真っ二つになり地上へ燃えながら落ちていく。


 隊長を含め皆が何が起きたかも分からず下を見ると、夜風に赤い毛並みをなびかせる大きな犬が一匹立っていた。

 犬は静かに取り囲む蜘蛛たちを見ると、フンっと笑う。


「女性に牙を立てていいのは甘噛みするときだけだ。それもイチャイチャしてるときだけだぞ。でも日常生活で突然やると怒られるからな」


 隊長を含め皆は思う。


 犬が喋っていること自体も然ることながら、何を言ってるのだこの犬は、意味が分からないと。


 だが赤い犬、シュナイダーはそんなことは気にもせずに、先ほど襲われそうになった女の子を見上げるとキラリと笑みを投げ掛ける。


「お嬢さん、いましばらくお待ちを。先ずはこやつらを蹴散らしお迎えに参ります」


 まだ涙の残る潤んだ瞳で、キョトンとシュナイダーを見つめる女の子を見て、渋い声を出す。


「その涙、俺がペロリと舐めて笑顔変えてみせます」


 女の子はシュナイダーの喋る内容がおかしかったのか、涙を浮かべたままだが僅かに笑ってしまう。

その女の子の髪を柔らかく撫でるように風が吹く。


 風は下へ吹きシュナイダーの元に集まるとゆっくりと円を描く。


「おまえたちは、女性の扱いがなってないな。ここに来るまでお前らの蜘蛛の巣と同胞は全て殲滅させた。

 もちろん、捕らわれた人は全員解放している。あちらこちらに巣を作りやがって、お陰で随分走らされたぞ」


 話など興味ないと言った感じで蜘蛛たちはシュナイダーに襲い掛かってくる。


「そう焦るな。せっかく俺が女性との正しい付き合い方をレクチャーしてるというのに。焦る男はモテないぞ」


 優しく吹いていた風がシュナイダーを中心に急速に集まると、鋭く一直線に走る。

 風は宙にぶつかると弾け、何度も弾け宙に線を描く。引かれた線が大きく息を吸いピンっと鋭さを増すと、暗闇の中で炎が風の線の上を走り赤く燃えると、赤い線が一瞬眩い光を放ち弾け網膜に光の残像を残す。


 ひらひらと火の粉が舞い落ち、燃え尽きる蜘蛛の残骸の間をゆっくりと歩く四つ足の影が揺らめく。


「スーとの鍛錬により精度を増した『風脚炎舞かざあしえんまい』に敵うわけがないだろう。技名に『愛』とか『月』を入れようとして却下されたがな」


 相変わらず、わけの分からないこと言いながら、人々の前にやってくると軽やかに宙を走りながら、蜘蛛の糸を切り背に乗せ地上へ下していく。


 最後に救出された自衛隊員の隊長を地面に下し座らせると、シュナイダーが正面から睨む。

 隊長は先ほどの戦いを見てこの犬が只者でないことは理解しており、こうして改めて見るとその迫力に気圧けおされてしまう。


 隊長は鋭い瞳に射貫かれ、体が強張るのを感じる。シュナイダーがゆっくりと口を開くと鋭い牙が露わになり、その迫力に思わず生唾を飲みこんでしまう。


「お前、女性は好きか?」


「はい?」


 隊長は予想外の質問に声が上擦ってしまう。


「どっちなんだ? 好きか?」


「え、ええ。はい好きです」


 困惑する隊長が思わず敬語で答えると、シュナイダーが満足そうに隊長の膝に前足を置く。


「俺の名はシュナイダー。お前の名は?」


「あ、はい。高橋卓たかはしすぐるです」


「よし、高橋。俺とお前は女性を愛し愛されるために生きる、志を同じくする者。いわゆる同士、いや兄弟と言っても差し支えないだろう。

 高橋、共に愛を求めいくぞ」


「えっ……」


 シュナイダーはそれだけ言うと、背を向け背中で語る。


「俺はあの中心にある蜘蛛の巣へ向かう。高橋、お前にここにいる女性たちの護衛を任せる。愛に生きる戦士として信じてるぞ」


 それだけ言うと、風と共に去っていく。それを呆然と見つめる高橋。


 高橋卓が愛の戦士になった瞬間である。

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