第177話:ばつ~! ダメなのです!

 背中に沢山の卵を背負う蜘蛛の周りには、沢山の小さな蜘蛛がひしめき合い、うごめいている。

 小さいと言っても一般的な学校で使う机くらいの大きさはある。


 その中心にいる大きな蜘蛛の名は『ウーラー』。もちろん、ウーラー自身はスーが命名したそんな名前で呼ばれているとは知らない。


 ウーラーはゆっくりと大きな顎を動かし八つある目で遠くを見つめる。


 ──見知らぬ地で目覚め自分が何者かも分からぬ、自分と同じ格好をした者たちの単純な思考しかなく、会話もままならない。ただ自分の命に従い動く者たち。


 頭に響く『繁殖、増殖』そして『希少種の排除』声の指示に従い、増殖を繰り返す。

 だが増えた分、餌が必要となる。


 餌を求めた結果、希少種との接触。そして自分と同じ声のする者との接触。

 希少種と同等に警戒すべき同じ声のする者たちだが、最近声が減ってきている。


 ウーラーは感覚を研ぎ澄ませ仲間たちの様子を探る。声が返ってこない者が多数。


 断末魔が響き希少種の存在を知らせてくる。だが外にいるのは餌を取る為に放った雑魚。中央に近付けば近付く程に、仲間も罠も難易度が上がっていく。


 自分の作った巣と配置に絶対の自信があるウーラーは大きな顎を動かしガチガチと音を立てる。響く音は笑い声にも聞こえる。



 * * *



 深夜に突如現れた蜘蛛に追われた人々は、極限状態でも助け合い、生き延び身をよせあう。

 外からは分からないが、そういった人たちが集まっている場所は多数存在し、蜘蛛に見つからないよう息を殺し身を潜めている。


 緊急時避難する場合、多くの人が思い浮かぶ場所として学校の体育館などがあげられる。

 そう考えた人たちが、細蟹ささがに小学校の体育館には集まっていた。


 電気も食料もなく、蜘蛛の化物に怯える極限の状態でやって来た自衛隊員の人たちを見て、多くの人が安堵し救われたことだろか。


 だが、自分たちを見て安堵する市民の姿に、自衛隊員たちもこの町で命からがら逃げて、ここへたどり着いたのだとは言ずに口ごもってしまう。


 そして、非難していた人々も自衛隊員たちも知らない。ウーラーたち蜘蛛が餌である人間を効率よく狩るために数が集まるのを待っていたことを。


 二体の蜘蛛は糸を上から巻き体育館の外側に糸が張られていき建物を糸で包んでいく。ただ、このままでは入れないので天井部を切り取り、天窓を破り体育館へと侵入する。

 餌の人間が上から逃げる術を持たないことを知っての行動。


 ガラスの割れる音に人々は蜘蛛の侵入に気が付くが、既に体育館は糸で覆われ、ドアや窓を開けても白い糸が立ち塞がり退路はない。

 複雑に絡む糸の前ではナイフや銃による発砲は意味をなさず、追い詰められる人々。


 自衛隊員は脱出を諦め、蜘蛛の討伐を試みるが、銃弾が当たったところで手応えがないのは誰の目から見ても明らかであった。


 一体の蜘蛛が天井に張り付き、糸を真下に噴射すると、一人の隊員を捕らえ天井に張り付ける。


 天井に貼り付けられ「助けてくれ!」と叫ぶ隊員の悲痛な叫び声に人々は絶望し、蜘蛛は自分達を圧倒的強者としてほくそえむ


 ちょうどそのとき割れた天窓から冷たく静かな風が流れる。

 圧倒的強者だとそう思っていた天井の蜘蛛は、目の前にいる天井を走る人間を見て驚愕し、それが稀少種だと悟る。

 向かってくる稀少種に身構える蜘蛛だが、それより先に首筋に何かが触れる。


【遅いのよん☆】


 声は聞こえていないが、首に巻き付く白い腕の持ち主は、蜘蛛の頭に勢いをつけぶら下がると、蜘蛛は顎を上げる形になる。


 胴と首のわずかな隙間に天井を削り取りながら走る青白い光が打ち込まれる。


兎的手トゥダシォゥ


 青白い光は蜘蛛の隙間から侵入し、体内を焼いて頭をもぎ取る。

 衝撃で天井から落ちる蜘蛛にはまだはっきりと意識があった。

 内部へのダメージはあったが、本体である寄生体へのダメージはなんとか免れ、落下しながらも体の修復を行おうとする。


「生きて落ちれる、などと思わないことなのです」


 天井を蹴って落下する蜘蛛に追い付いてきた稀少種の声に蜘蛛は気が付く。

 圧倒的強者などと思っていた自分の小ささに。


 空中で青白い光が輝くと、青白く発光しながら落ちてきた蜘蛛は、ドスッと鈍い音を立て床にぶつかると、もろく崩れていく。


 その横に軽やかに降り立つ少女、スーは、黄金色に輝く瞳をもう一体の蜘蛛に向けると、左手を伸ばし手を広げる。

 そして自分の隣に降りてきたウサギのぬいぐるみ、白雪が右手を伸ばし手に触れる。


 手と手を合わせた二人が同時に屈み踏み込むと、白い残像と、青白い光が左右に走る。


 残像と光が走り抜けると同時に、蜘蛛の左右の足が前から順に、外側に向かって跳ねる。支えを失った胴が沈むと、腹部を駆け上がった二人。スーが右手を白雪が左手を上げ同時に腹部に掌底を叩き込む。


玉兎衝撃ぎょくとしょうげき

【玉兎衝撃】


 二人同時に放たれた衝撃で、硬い皮膚が砕けスーの魔力が流れ込むと、内部を破壊し寄生体を死滅させる。


 内部から光を放ち、力なく崩れ落ちる蜘蛛を静かに見つめるスーを白雪が突っつく。


「なんなのです?」


【も~、スー! 皆の視線が私たちに集中してるのよん。ここは気の利いたことを言ってアピールよ!】


「スーはそういうの苦手なのです」


 こそこそと話す二人を自衛隊員三人が取り囲む。銃口を向け、いつでも射撃の体勢で威圧する。


「おい、あんたらその子に何するつもりだ? その子がいなきゃ俺たちは死んでた。あんたらもだろ!」


 一人の青年の声を切っ掛けに、周りの人々が自衛隊員たちを責め始める。

 徐々にヒートアップする人々と、困り果てる自衛隊員たちとスー。


 その時、白雪が大きく両手を上げて、体全身をくねくねし踊り始める。


 その踊りに一人が気付き、また他の人が気付く。ウサギのぬいぐるみが披露する、不思議な踊りに釘付けになる人々がどんどんと増えていき、興味がそちらへ移行し、段々とヒートアップしていた熱が冷めていく。


【スー、今よ。上の人救うのが先っ】


 スーにしか聞こえない白雪の声は、声量を落とさず鋭くスーに伝わると、その声を聞いてスーは我に返り、大きく手を上げ「はいなのです!」と声を上げ皆の注目を一斉に集める。


「今は上の人を救うのが先なのです! 行ってくるのです!」


 言うが否や体育館の壁を駆け上がり、天井に張り付けられた人のもとまで走って行く。その様子に皆から驚きの声が上がり、張り付けている糸を魔力で切って自衛隊員を抱えると、下へ飛び降りる。


 タンっと軽い音を立て着地すると、自衛隊員を床へ下ろす。


「みんな無事なのです! だからケンカはダメなのです!」


 両腕でバツを作り必死で喧嘩止めてアピールするスーを見て、喧嘩する者も文句を言う者は誰もいない。

 そして自衛隊員たちもスーに助けられ、そして騒動を止めようとする姿に、上からの命令である少女たちの捕獲を実行しようと考える者はもういなかった。

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