第176話:共闘いたしませんか?
蜘蛛の攻撃によって電気が一部遮断され、暗闇に支配された地域にて、エーヴァは闇にそぐわない銀色の髪をなびかせ町中を一人歩く。
肩に長い銀色の棒を持ち、先端は折りたたんでいても目立つ大きな鎌が、暗闇の中でも鋭利な輝きを放ち存在感を放っている。
「こそこそと、うっとうしい。話があるなら正面からくればいいだろうに」
小さく呟くと立ち止まり、誰もいない暗闇を見つめる。
一般人であるなら聞こえない、洗練された足音が複数エーヴァを取り囲む。
闇の中からヌッと出てくる一人の自衛隊員。銃口をエーヴァに向け緊張した面持ちでゆっくり近付いてくる。
「穏やかではありませんわね。お話がしたいのでしたらそう仰って下さればいいのに」
隊員は、優雅にお辞儀をするエーヴァに戸惑いながらも銃口を向けたままである。
「君はここで何をしている? 散歩……というわけでもないだろ」
上品にクスクス笑うエーヴァにを見て訝しげな表情をする隊員。
「お散歩でしたらもっと楽しそうに歩いてますわ。わたくしが何をしているかお分かりなんでしょ? この町に巣食う蜘蛛退治ですわ」
「隠す気はないということか……」
「ええ、隠しても仕方ないですわ。わたくしはあなた方のお仲間に既に出会ってますから。
情報は共有されているのでしょう?」
「ああ」
銃口を向けられても焦った様子のないエーヴァに対し、銃を向けている隊員の額には汗が玉のように噴き出している。
「それでご用件はなにかしら?」
エーヴァの声を掛けられ隊員は銃を構え直し、改めて銃口をエーヴァに向ける。
「我々と共についてきてほしい」
「それはあなたの意志ですの? それとも偉い方々の意志かしら?」
隊員はエーヴァの問いには答えず銃口を向けたままである。
「お断りしますわ。わたくしたちは自分の意志で動いてますの。上の方が欲しいのは戦力としてのわたくし。そして持っている力でしょう。ただ……」
エーヴァが
「こうして戦場で出会ったのなら、協力いたしませんか? 戦場に立っている者同士でしか通じ合えないものもあるはずですわ。上の人間と戦場にいる者の向いている方向は同じではないですわよ」
ミローディアの先端を地面で軽く叩くと鎌の部分が開き、その優雅さと冷酷さを合わせ持つ姿を露わにする。
「近くに蜘蛛がいますわ。あなたは他の仲間と固まって行動なさい。自分の身を守りながら攻撃! 上下左右全てに気をつけろよ!!」
エーヴァが姿勢を低くし、地面を蹴って飛び跳ね隊員の真横を横切る。その動きに隊員は全く反応できずに棒立ちのままだった。
「しゃがめ!!」
背後から聞こえた声に反射的に反応して振り向くと、頭を上から叩かれた衝撃で態勢崩し、地面に四つん這いになってしまう。
隊員の頭上をミローディアが空気を震わせ通過すると、白い糸の束がハラハラと舞い落ちてくる。
隊員の前に立つエーヴァは、先ほどの上品さを持ちがらも、鋭い目つきもさることながら何より近寄りがたい迫力を感じる。
「しゃがめって言っただろ」
暗闇を睨んだままミローディアを構えるエーヴァに、隊員が話し掛ける間もなく、エーヴァが大きく踏み込みミローディアを振り下ろす。
白い糸の束が転がったときにはエーヴァは隊員の前にはなく、離れた場所で蜘蛛の八本の足と打ち合う姿があった。
「立って仲間を早く集めろ! もう一匹いる」
蜘蛛と交戦しながら叫ぶエーヴァの声で慌てて立ち上がった隊員は、手を上げ手招きのジェスチャーをすると、家や車の影に隠れていた他の隊員が集まってくる。
まさにそのタイミングを狙ったかのように家の壁を這って足の長い蜘蛛が現れ、集合して現状を報告する暇もなく、隊員たちは戦闘に入らざるを得なくなる。
蜘蛛目掛け銃口から放たれる光が暗闇を煌煌と照らす。
「くそっ! 速い!」
「下だ! 車の下に入ったぞ!」
銃口を車の下に一斉に向けるが、それよりも先に飛び出してきた糸が一人の隊員の足に絡みつく。引っ張られ転んだ隊員が背中を擦りながら引きずられていく。
だが、一筋の光が縦の円を描くと隊員の足に絡みついた糸が切れ、解放される。
「何がくるか分からねえのがあいつらだ。油断するな! いいか、車の下を撃て、倒さなくていい。下から追い出してくれ!」
言葉に従い隊員が合図を出すと、二人が腹ばいになり車の下に向け銃弾を放つ。下に居続けるのは得策でないと判断したのか蜘蛛が這いずりだしてくる。
「残りのやつ、進行方向にあるガラスを撃て!」
言われるがまま、立っている隊員二人が家や車、街灯を撃ちガラスをまき散らす。闇に紛れ光を放たないガラスが降り注ぎ、地面で弾け音だけが派手に響く。
「音に気を取られ過ぎだ。隙だらけだぜ!」
間合いを詰めたエーヴァのミローディアが下から降り上げられ弧を描くと、蜘蛛の顔面から胴の途中までが切り裂かれる。そのまま右足を軸に回転しながら太ももに装着している鉄板を手にして、蜘蛛の裂け目に投げ内部に突き刺す。
胸のホイッスルを咥えると鋭い音を響かせ、音を受けた鉄板の振動で蜘蛛の内部が破裂する。
「す、すごい……」
動かなくなった蜘蛛を睨みながらミローディアを肩に担ぐエーヴァを見て、一人の隊員が呟く。他の三人も声が出ないだけで、唖然とした表情から同じことを考えているのは間違いないと思われる。
そして何もできなかった自分たちと違い、一瞬で蜘蛛の化け物を葬ったエーヴァに、感動と恐れの感情を抱く。
「お前らに足りないのは、勇気でも実力でもねえ。知識と経験だ」
振り向いたエーヴァが隊員たちに向かって微笑む。
「上の指示に従うなってことじゃねえ。前線のヤツがまず考えるべきは、生きて帰ることだろう?
あたしらが敵対することは簡単だ。まずはお互い知り合う為にも今回は共闘しないか? どのみちこの町を開放しなきゃならねえのはあんたらも同じだろ。その後にどうするか考えても遅くないだろ?」
蜘蛛がどこにいるかも分からず、対抗もできない今の現状を考えればエーヴァの提案に頷くしかない隊員たちではあるが、この提案に町から出れる希望を持ったのも確かである。
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