第168話:猛追の末に

 へこむ車のボンネットやルーフ。


 爪で鉄を削る甲高い音が耳に響く。


 自動車専用道路で立ち往生する車の間を、アスファルトに爪を立て削りながらすり抜けていく赤い影と黄色い影。


 二匹は互いにぶつかり合いながら走り、やがてトレーラーの上に駆け上がると、並んで走り牽制し合う。


 縞タイガーの太い腕が振られ、それを受け止めるが、そのまま叩きつけられたシュナイダーが血を吐きながら、風でトレーラーの天井を切り裂き逃げ道を作ると縞タイガーと共に落ちていく。


 鉄の箱が内部から数か所膨らみ、両サイドから同時に突き破って出てくるシュナイダーと縞タイガーは、乗用車のルーフを踏み台にしながら互いが向かっていく。


 黄色のスポーツカーのルーフをへこませ、縞タイガーの首筋に飛び掛かるシュナイダーだが、太い前足に阻まれそのまま腕に牙を立てる。


 前足を大きく振りシュナイダーを振りほどき投げ飛ばすと、シュナイダーはトラックの幌を破り、中にあった段ボールの山へと投げ込まれる。


 自らも幌の中へ飛び込み追撃する縞タイガーだが、幌を突き破り段ボールと宅配物だと思われる様々な中身をぶちまけながら吹き荒れる風の渦が起こり、弾かれた縞タイガーはバンタイプの車に激突し、ドアを破壊しめり込む。


 両手に纏う風の爪による追撃は、縞タイガーがバク転し、しなやかに回転しながら後ろ足でシュナイダーを蹴ることで阻まれる。


 吹き飛ばされたシュナイダーは先にあった乗用車のフロントガラスへ突っ込み、ガラスを粉々に砕き、助手席のシートを破壊する。

 ふわっと風が舞い、ガラスやシートの破片をはね除けると、シュナイダーが立ち上がり運転席をチラッと見る。


「椅子がフカフカで良い車だと思うぞ。お陰で助かった」


 それだけ言うと車から飛び出ていくシュナイダー。


 運転手の若い男性は何が起きたかも分からず、出ていったシュナイダーを呆然と見送り、粉砕された助手席の惨状をフロントガラスの無い車の中、焦点の合わない目で見つめる。


 すれ違い様に縞タイガーへ微弱な『風牙ふうが』を放ち、攻撃をしたまま走り抜け一台のトラックの下を滑りながら潜るシュナイダー


 縞タイガーが反射的にトラックの下に前足を突っ込み潜ったシュナイダーを捕らえようとする。


 だがシュナイダーはそのまま滑り抜け、トラックの反対に出ると、素早くそのトラックの荷台に飛び乗り風の刃を何本も飛ばす。


 それは縞タイガーにでなく、道路脇の街灯へ。


 何本もの風の刃に打たれ、さながら斧に切り倒された大木のように倒れる街灯はトラックの荷台ごと縞タイガーを押し潰す。


 シュナイダーは、トラックの運転席と助手席から飛び出して逃げる作業員の背に向かって「すまん」と言いながら真逆に走り去り、哲夫の運転するピックアップトラックの荷台に飛び込む。


 それと同時に煙を吐きながら勢いよく走り始めるピックアップトラック。


「前に乗れば良いのに、後ろは危ないだろう」


 律儀に荷台で待っていためい子の膝に、頭をのせながら言うシュナイダーに説得力は感じられない。

 だが、体力を消耗し、傷が治りきっていないのは確かで、息を荒くして膝枕の上でぐったりとする。


 そして哲夫の予想通り、車の台数が増えてきて、ピックアップトラックの動きも勢いがなくなっていく。


「縞タイガーのヤツ、動きが洗煉されてきてやがる。あまり長引かせるのは得策ではないな……」


 先程の戦いを思い返しながら、めい子の膝の上でそう呟くシュナイダーの耳がピンっと立ち空に向けられる。


 トンビの甲高い鳴き声がシュナイダーの耳に響く。地上に向かって叫ぶような鳴き声に耳をパタパタさせ音を拾う。


大七だいしちめ、あっちに偵察をよこすとは気の利くヤツだ」


 ニヤリと笑うシュナイダー。


「哲夫どの、もう少しスピードを上げれるか? こっちに向かって来るバイクと合流したい」


「バイクじゃと? ほう、それに乗っとるのはあれじゃな」


「ああ、俺の飼い主で、哲夫どのの孫だ」


「そりゃあ、やる気を見せんとな。二人とも掴まっとれ」


 ハンドルを持ってニヤリと笑う哲夫がアクセルを踏み込み、車の間を強引にすり抜けていく。


「ひえぇぇ! 速い! 揺れる! ぶつかるぅぅ!」


 揺れるピックアップトラックのリアの窓枠に手を掛け、シュナイダーをぎゅっと抱き締め叫ぶめい子だが、シュナイダーが風を操りめい子を落ちないようにしているとは知るよしもない。


 シュナイダーもめい子に抱き締められ、至福の表情をして幸せ感じているので、黙ってこのままにしておくのだった。


 ガンっと真横から大きな音がして哲夫が視線をやると縞タイガーの姿があった。

 立ち往生しているの車の上を走りながら追従し、飛び掛かってくる縞タイガーを哲夫はハンドルを切りピックアップトラックを横滑りさせ避ける。


 タイヤの跡を引きながら、アクセルをふかしたピックアップトラックはタイヤを空転させ、グリップが噛んだ瞬間に飛び出して前進する。


 車の間を駆け、身を潜めながらピックアップトラックを狙う縞タイガー。車のジャングルは段々と険しくなり、ピックアップトラックの車幅では通り抜けられなくなっていく。


 急ハンドルを切り中央分離帯に運転席側の車輪を乗り上げると、植樹された植木を踏みつけながら斜めに走って強引に進み始める。


「あうっ! あわわっ!? 痛いっ! 上下に跳ねてお尻が痛い!」


 シュナイダーは、涙目で叫ぶめい子の下にそっと潜り込むと、自ら座布団となる。


 めい子は痛くない、シュナイダーは嬉しい。


 Win-Winの関係である。


 大きな街路樹に右のサイドミラーを持っていかれて尚も進むピックアップトラック。

 少し車が少なくなった所で車道に戻った瞬間、真横に並んだ縞タイガーにタックルされる。

 助手席側のドアを大きくへこませ横に滑るものの、ハンドルを切りスピンを防ぐと再び走り始めるピックアップトラック。


「昔峠を走り、何台の車を大破させたと思ってるんじゃ! 大破させても無傷で生きて帰ってくる鉄人てっちゃんと呼ばれたワシを嘗めてもらっては困るわい!」


 自慢なのか自虐なのかは分からない台詞を叫ぶ哲夫。


 車と虎によるカーチェイスはしばらく続くがそれは呆気ない幕切れを迎える。


 車は走るスペースがなければ走れないのだ。大型トレーラーが数台立ち往生して道を塞ぐ。

 この現状に急ブレーキを掛けざるを得ず、ピックアップトラックはスキール音と煙を上げ回転しながら止まると、縞タイガーと向き合う。


 最悪アクセルをベタ踏みし縞タイガーに突っ込んでやろうかと考え、敵を睨む哲夫の頬に汗が伝い、シートに落ちる。


 その後ろでめい子の下敷きになっているシュナイダーがニンマリと微笑む。


「来たか」


 その台詞を証明するかのごとく、緊迫した空気に似合わない賑やかな声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと詩ちゃん! ええっ! 立つの!? 棒振り回さないで! 危ない、私が危ないって!」


 トレーラーの間から飛び出してたアメリカンバイクの後部に立つ、フルフェイスのヘルメットを被った少女は物干し竿を持って、走り去るバイクから飛び降りる。


「なにあの子!? なんか面白そう!」


 めい子は新たな登場人物に歓喜し、その下で色々な喜びを渦巻かせながらニヤニヤするシュナイダーがいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る