第167話:希望を見いだして

 めい子を見て、舌なめずりをするトラに風の刃が飛んでくる。

 弱々しい風の刃はあっさりとトラに避けられ地面で弾ける。


「貴様……しまタイガーだったか……」


 震える足で立ちトラを睨むシュナイダーの背中からはまだ血が流れ体を伝い、地面に滴り落ち赤い水溜まりを広げていく。


 シュナイダーと縞タイガーが睨み合い漂う緊迫感に生唾をめい子は飲み込む。


 そのときスキール音を響かせながらシュナイダーとめい子を庇うようにピックアップトラックが止まる。


「シュナイダー! 乗るんじゃ!」


 ピックアップトラックの運転席から叫ぶのは詩の祖父である哲夫てつお


 シュナイダーがいつもの精彩は欠く動きで荷台に飛び乗ると、めい子も荷台に飛びつく。だが上手く荷台に乗れず、あおりの部分にお腹をつけて足をバタバタさせている。


「おいてかないでぇ~私も行くぅ~!!」


 シュナイダーが、バタバタするめい子の襟を咥え、引っ張り上げながらピックアップトラックはタイヤから煙りを上げ走り始める。


 めい子を引っ張り上げた後、シュナイダーは荷台に倒れ込む。


「大丈夫!?」


 シュナイダーは、心配そうに頭を撫でるめい子に体をもぞもぞと動かし足にすり寄る。


「こうすれば早く治る」


「本当に? まあ確かにさっきより出血は治まっているけど」


 めい子は疑いながらも自分の足に頭をのせ、膝枕されて満足気なシュナイダーを撫でる。


 結構なスピードで走るピックアップトラックだが急にジグザグに走り始める。

 なにごとかとめい子が辺りを見回すと広い道路で立ち往生している車が目につく。それらを華麗に避けながら走るピックアップトラック。


「なんで他の車止まってるの? この車しか走ってなくない?」


 荷台の右手でバーにしがみつき、左手でシュナイダーを押さえながら揺れに耐えるめい子の疑問。


「それは後ろから追いかけてくる奴に聞いてくれ」


「後ろの奴?」


 めい子がシュナイダーに言われ後ろに視線をやると、動けない車の間を力強く走り抜けるトラの姿があった。


「あわわわっ! トラが来てるよ!」


 シュナイダーは慌てふためく、めい子を見て苦笑する。


「思ったりより早く追い付かれたな……体力回復までもう少し待てって欲しいものだが」


 シュナイダーは震える足で立ち上がり、そのまま走行中のピックアップトラックから飛び降りる。


「ええっ!? 飛び降りるのこのスピードで! 


 えっと、どうしよう……止まって! お願いします! 止まってシュナイダー君が!」


 ピックアップトラックのリアガラスを叩き、中で運転する哲夫に停止するように叫ぶめい子を背に、シュナイダーの体を風が包むと、地面に足をつけることなく、宙を蹴り縞タイガーへ向かって飛びかかる。


 風を纏うシュナイダーと縞タイガーが互いの体をぶつけ合う。


 大きく飛ばされるのはシュナイダーの方。


 飛ばされながらも口から吐き出す炎を丸め、地上に四つ足で円を描き尻尾で弾く火嵐ひあらしは縞タイガーが太い前足で叩き潰してしまう。


 霧散しハラハラと散る火の粉ごとシュナイダーの風の爪が、縞タイガーの毛先を切り裂く。


 爪を納めた右足が地面に着いたと同時に、前足で跳ね体当たりを繰り出し、そして自分を中心に前面に牙を持つ風を回転させる。


 だが先ほどエロ鹿に放ったのとは程遠く、弱い『風牙ふうが』は縞タイガーを切り裂くことは出来ず、この技を警戒して大きく離れた縞タイガーはニンマリと口角を上げる。


 ネコ科特有のしなやかかつ、ダイナミックな跳躍から繰り出される両足での抑えつけは、シュナイダーが避けた場所にあった車のボンネットを破壊する。

 前のめりになる車がその破壊力を物語っている。


 周囲に誰もいないことを確認した上で放たれた火嵐は、破壊された車から漏れ出したガソリンに引火し爆発する。


 激しい爆発の後、モクモクと上がる黒い煙を背にシュナイダーはピックアップトラックの方へ走り荷台に飛び乗る。


「走ってくれ! これぐらいじゃあいつは倒せん」


 ピックアップトラックを停車させリアガラスを開け待っていた哲夫にシュナイダーは叫ぶ。


「了解じゃ」と短い返事と共に急発進するピックアップトラックの荷台で息を荒くし、グッタリと伏せるシュナイダーを心配そうにめい子は撫でる。


「これからどうするんじゃ」


 運転しながら哲夫がシュナイダーに尋ねる。


「悔しいが今の俺ではどうにもできん。詩たちが行った方向は分かるか? 俺の魔力が感知できる距離まで近づけば援助を頼めるかもしれん」


「方向は分かるがどうじゃろな。

 こっちに来る前にテレビで詩たちが行っているOSJで事故があったと報道されとったんじゃ。原因不明、通信機器等が使えんから連絡もつかんらしいんじゃが」


 哲夫の言わんとすることを理解したシュナイダーが苦虫を潰したような渋い顔をする。


「なんとか被害を抑えつつ、詩たちに近付くしかないだろうな。

 縞タイガーが追いかけてくる間はそこまで被害はないと思うが」


「じゃがのシュナイダー、この辺りは交通量が少ないからなんとかすり抜けられるが、詩たちが行った方となると交通量が多いからいずれ渋滞にはまって動けなくなるはずじゃ」


 哲夫の言葉に険しい表情でトラックの後ろを見るシュナイダーの元に一羽のカラスが降りてくる。


大七だいしち、皆に戻るように言え。あの縞タイガーには手を出すな」


 大七は頷いた後、カアッカアとシュナイダーに伝える。


「ほう、さすが大七、仕事が早いな。詩たちの戦いが終わったとなると希望はあるということだな」


 シュナイダーに褒めら満足げに飛び立つ大七を見送り、シュナイダーは立ち上がる。


「希望はあるようだ。哲夫どの、詩たちに近づけるだけ近づいてくれ。オレもやれるだけやる」


 まだよろけるシュナイダーを心配するめい子を鼻で押し、落ちないようにしっかり座るように言うと、焼けた体から煙を上げながら走ってくる縞タイガーを睨み荷台から飛び降りる。

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