第164話:砕けない心

 鹿は、角と同じ素材でできていると思われる右の前足の感覚を確かめているのか、地面を何度か踏みつける。

 踏みつける度にアスファルトが削れ小さな破片が散るのを見て、ぶふぅ~っと鼻息を鳴らし満足した笑みを浮かべる。


 頭を下げ、右足を一歩前に出すと真っ赤な枝を伸ばす。

 最初の角を飛ばしたときよりも確実に早くなっているそれは、角と足から尖った弾丸を一気に放ってくる。


 角の弾丸は道路や、電柱、車に突き刺さり穴を空けていく。


 シュナイダーは前足で地面を蹴って、塀の陰に隠れやり過ごす。


「さっきよりスピードも威力も上がってやがる。まったく無駄に進化するヤツらだ」


 愚痴をこぼすシュナイダーを嘲笑うかのように、鹿は更に弾丸を放ってくる。


 そして前足を大きく上げていななくと走り始める。

 それはシュナイダーを狙う行動ではなく、たまたま居合わせしまった男女のカップルへ向かって行くためのもの。


 四つん這いになって死にも狂いで逃げる男性と、恐怖で座り込む女性。

 鹿は男など興味がないといった感じで、長い舌を伸ばしながら女性向かって一直線に駆けていく。


 舌は女性に向かって確実に伸びていくが、真上から炎が落ちてくるとぶつかり弾かれる。


「まったくお前というヤツは、女性を見れば一直線なのか? しかも舌を出して走っていくとか変態か?」


 弾けた炎から現れ文句を言いながらシュナイダーが、ジグザグに線を引き鹿に詰め寄ると、バク転し尻尾に纏う風の刃で顎を切り裂きにかかる。

 だが顎を上げ反らし右足で尻尾の刃を止めると、反らした頭を振り下ろし角をシュナイダーを地面に叩きつける。


 体を激しく巻く風のおかげで角の直撃を防ぎ、地面の激突を免れる。


 シュナイダーは地面を滑りながら回転し、鹿と向き合うと同時に口から出した炎の球を残し、尻尾で打って飛ばす。


火嵐ひあらし』と呼ばれる炎の球は道路に当たると弾け、火の粉を散らす。鹿はその火の粉をものともせず、歩いてくるがシュナイダーの目的は女性の救出であり、火の粉が散る中、既に背中に乗せ物陰へと逃げ込む。


「御嬢さん、ここでじっとしているといい。なに、オレの心配ならしなくても大丈夫だ」


 シュナイダーが地面に降ろした女性に前足を差し出すと、反射的に手を出してしまった女性の手のひらに手を置く。


 お手をするシュナイダーは、女性に顔を近付けると、頬をペロリと一舐めして、クルリと背中を向ける。


「怖ければ泣いてもいい。涙ならいくらでもオレが舐めてやる。だからオレの勝利を祈っててくれ」


 タッと走り出すシュナイダーを見送りながら、なぜ犬が喋ってるのか? よりも逃げていった彼……元カレよりカッコいいと女性が思うのはこの場合仕方ないのかもしれない。


 鹿の前に飛び出てきたシュナイダーは、クックックッと笑う。


「変態鹿め、女性には基本優しく、ときに力強く接するものだ。女性に対する接し方も知らぬヤツは燃やし尽くしてやる」


 炎を纏い、燃え盛るシュナイダーを前にして鹿の体の皮膚が割れると、割れ目から長い舌が這い出してくる。

 その舌は体のいたるところから、這い出てきてうねらせながら存在をアピールしてくる。


「まったく、舌を多く出せば舐めれる確率が高くなるというものでもなかろう。そもそもその姿では女性は怖がるぞ。俺みたく愛くるしさを持つんだな」


 炎を纏った体に力を入れると、炎は大きく燃え上がる。前足に力を入れ踏み込み炎の刃と化した『炎走ほむらばしり』で、襲い掛かる舌を切り裂きながら一気に走り抜ける。


 炎の刃は硬い右足の蹴りに阻まれるが、炎は更に勢いを増しながら右足を反らしながら体の下に潜り込み、四本足で跳ね背中で腹を打ち付ける。

 僅かに浮き上がる鹿の下で姿勢を低くして力を溜めるシュナイダーを中心に、風が集まり渦を巻く。

 低い姿勢をから頭を天に高く上げ、遠吠えをする犬のような恰好をするシュナイダー。


 風は渦を巻きながら上昇し竜巻を作り上げ、その上昇する渦に巻き込まれた鹿を縦横無尽に炎の刃が切り裂き、炎が舞う度竜巻が燃え盛り、地上に血が降り注ぐ。


 その圧巻の光景を見ていためい子はシュナイダーの勝利を確信する。


 だが、真っ赤な血が爆発し地上に赤い雨が降り注ぐと風が上昇するのを止めた瞬間落ちてくるのは、体のいたる所から血を流し宙に散らすシュナイダー。


 地上に落ちる前に宙を蹴り地上に足をつけると、上空を見上げる。


 吹き止んだ風の中から現れた全身を角と同じ素材に変化させた鹿。体のいたる所から出ていた舌も変化し鋭くうねっている。

 宙に身を置いて、落下する鹿は鋭く湾曲する舌を電柱や家に絡めながら地上に降りてくると、『火嵐』が飛んできてぶつかるが霧散する。


 舞い散る炎の中をねじ込んでくる炎の槍『火槍かそう』が鋭い先端を鹿の体を貫かんとぶつかるが、硬質化した数本の舌に受け止められる。


 花開くように大きく開いた舌に炎の槍は砕かれる。


 火が散り、血は舞いシュナイダーは吹き飛ばされ地面に転がる。


 目の前に転がってきたシュナイダーを見て、めい子は固まる。今起きている現状がなんなのかは分からない。でも目の前のシュナイダーと名乗る犬が、この惨劇を終わせることの出来る存在だというのは理解できる。


 かふっ、ごふっ!


 シュナイダーが体を大きく動かし咳き込むと血を吐く。その姿を見たとたん、めい子は抜けてた腰も忘れ走り出しシュナイダーに駆け寄る。


「まったく、風と炎が使えれば強くなれるものだと思ってたが、錬度が足らんな。前世の能力も残すべきだったか」


 横になって寝ながらぼやくシュナイダーが心配そうに見つめるめい子と目を合わせると、目を鋭くして跳ね起きて立ちあがり、舞い上がる風の壁で襲い掛かる鹿の舌を弾く。


 その後よろけるシュナイダーをめい子が支える。


「怪我酷いんだから無理したらダメだよ!」


 悲痛な声で訴えるめい子の顔を見るシュナイダーは苦笑する。


「そんな顔をされると、無理をしないわけにはいかんな。

 それにしてもここまで打たれ弱くなってるとは、全く情けない……」


 そう言いながら震える足で地面を踏みしめ、鹿を睨む。


「めい子隠れていろ。ここからはヤツを倒すため総力をあげる」


「総力って……」


 まわりをキョロキョロと見渡すめい子が塀の上に目をやったとき、複数の目がこっちを見下ろしているのに気が付く。


「ね、猫!?」


 そこには黒と白の5匹の猫が塀の上に並んでいた。

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