お留守番はハードモード

第159話:のどかなお留守番……?

 犬小屋の前で寝ているシュナイダーの頭にヒラヒラと飛んできた黄色い蝶々が止まる。

 羽をゆっくり動かす蝶々を乗せたまま目をつぶっているシュナイダーは、詩が帰って来たら、脱いでくれるであろう服を夢見ている。


 ぐふふふ


 如何わしい想像をして口許が緩んだせいで頭が動き、蝶々は飛んで行ってしまう。


 シュナイダーの小屋の上を経由し、空へ向かって飛んでいく蝶々の行方を追う青い目の持ち主である黒猫は、飛び掛かりたい衝動を抑え塀の下にある犬小屋を見つめる。


 右の頬の傷を撫でるように前足で擦り、短く千切れた尻尾を精一杯立てると、音もなく塀から飛び降り犬小屋を一瞬で駆け抜けジャンプすると、下にいるであろうシュナイダー目掛け鋭い爪を振り下ろす。


 だがその爪はまだ温もりのある土を虚しく削るだけで何も切り裂くことはできなかった。


 そして次の瞬間腹をすくい上げられ、空中で裏返されると背中から地面に押さえ付けられ、首筋に生暖かい吐息と鋭い牙が立てられる。


 相手の熱を感じる息遣いと、牙の冷たい感触が生きる者と死に行く者との狭間を感じさせる。


[参った]


 黒猫の言葉に首筋にあった死は離れていく。


天吹あまぶき、奇襲するにしても、もう少し気配を殺せないか。気持ちが先行し過ぎだ」


[無茶言うなオヤジ。これでも精一杯やってんだ]


 シュナイダーをオヤジと呼ぶ黒猫、天吹は身を振るい土を飛ばし、姿勢よく座る。


「お前の尻尾を噛みちぎった奴に復讐するのか?」


[あ、まあな、ケジメはつけたい。そのためにも強くなりたいんだが……オヤジに勝てる気はしねえがな]


 シュナイダーを見て苦笑いをする天吹。その横にシュタッと白猫が飛び降りて軽やかに着地する。


[天吹、その乱暴な性格直しなさいな]


[ちっ、姉貴か]


 めんどくさそうにそっぽを向く天吹に、小さなため息をつく白猫。


[姉貴とか呼ぶのやめてほしいわね。昔みたいにお姉ちゃんか、ねえねえとかがいいんだけど]


 バツが悪そうに顔を背ける天吹を見て、楽しそうな笑みを浮かべる白猫。


春霞はるかすみ、お前がここにくるのは久しぶりだな」


 シュナイダーの問いに、ちょこんとお辞儀をして答える白猫の名は春霞。


[ええ、今日はご主人様尚美がお出かけですから、お仕事もありませんし。たまにはシュナイダー様への挨拶を兼ねて散歩でもと]


「そうか、今日は皆出掛けているからな。のんびり過ごすのも悪くないだろう」


 先程の蝶々かは分からないが、3匹の頭の上をヒラヒラ飛び始める。

 それを目を見開き見つめる春霞と天吹のピンと立つ耳に、キッと車のブレーキ音がしてシュナイダーたちがいる家の駐車場にピックアップトラックが入ってくる。


 トラックのドアが開くと、ピョンと飛び降りてくる1匹の白地に黒のブチ模様の小さな猫が飛び出してくる。


[シュナイダーさまぁ~!]


 小さな猫は、ぽふっと音を立てシュナイダーへ飛び込む。


「おお、みおか。お前が来たと言うことは哲夫てつお殿も一緒か」


[はい! 今日はご主人様てつおがシュナイダー様の家に用事があるらしいのでついてきました!


 あっ! 春霞お姉ちゃんに天吹お兄ちゃんも来てたんだ。久しぶり!]


 妹の澪が、自分達をシュナイダーのついでに扱うことに苦笑する春霞と天吹。

 ゴロゴロとシュナイダーに甘える澪の後から哲夫がやって来る。


「シュナイダー、里子さとこさんはおるかの? この間、詩から頼まれとった鹿の肉を持ってきたんじゃが」


「ああ。さっき、買い物から帰ってきたから、中にいるはずだ。それにしても鹿肉とはな、詩も好きだな」


「じゃの。あの子らしいと言えばそうなのじゃろうがの」


「違いない」


 2人はフッと笑い別れる。哲夫を見送ったシュナイダーのもとに天吹が近づいてくる。


[オヤジ、今、じいさんが持っていた袋何の肉です? 嗅いだことない匂いがするんだが]


「鹿肉らしいぞ。天吹は見たことないか鹿を?」


 首を横に振る天吹と一緒に、春霞と澪も首を横に振る。


「鹿の雄は頭に枝分かれした大きな角が生えていてな、日頃は草を食べて大人しいんだが、意外に獰猛な一面もある」


 シュナイダーの説明に、3匹が想像するが、猫や犬ベースで想像しているので無茶苦茶な生物が出来上がっている。

 澪に至っては鳥ベースなので面影すらない。


[強そうだな……]


 四足歩行の一角の枝分かれした角をもつ謎生物を想像し、天吹はまだ見ぬ強者を恐れながら呟く。



 * * *



 2匹の黒猫は命からがら山を駆け抜ける。


[兄さんこれやばくない?]


[分かってる! 喋ってる暇があったら走れ! ペシャンコにされるぞ]


 2匹の黒猫の名は、巳之助みのすけ佐吉さきち

 必死で逃げる彼らを追う者は、四足歩行で一角の枝分かれしたした角を持つ鹿である。

 鹿は頭を下げ角を振り上げると枝分かれした部分が伸び、大樹のように枝分かれした角を広げる。


 伸びた角は辺りの木々を貫き、2匹を襲うが運良く当たらなかった巳之助と佐吉は転がるように逃げていく。

 枝分かれした角を折り、元の一角に戻った鹿は血走った目で2匹を探すが、やがてどうでもよくなったのか向きを変え人里目指し軽やかに歩を進めていく。


 一方、巳之助と佐吉は先ほど村で起きた惨劇を知らせるべく、シュナイダーのもとへと走って行くのだが、森の開けた場所に出る。


 身を隠す場所もない危険な場所とも言える所に不安を感じる佐吉。それに目的地とは真反対なのもあって兄、巳之助に苦言を差す。


[兄さんこっちは、シュナイダーさんの家と反対方向じゃ……]


[……]


 佐吉に言われて気が付いた巳之助。命からがら逃げてて方向感覚を失ったから仕方ないだろうと言おうとしたとき、舞い落ちる黒い羽根と共に、1羽のカラスが降りてくる。


[やっと見付けましたぜ。巳之助さんら隠れるの上手いんで苦労しましたぜ。ここに来てくれて助かりましたわ]


[来たか大七だいしち、シュナイダーさんへの伝言頼まれてくれないか]


[伝言とな、任せてくださいよ]


 突然降りてきた、カラスの大七に驚くこともせず、淡々とシュナイダーへの伝言を頼む兄、巳之助を見て、この開けた場所に来たのはそう言う意味だったのかと感心する佐吉。


 逃げることに夢中で、上空を飛んでいた大七に気づけなかった自分の甘さを痛感し、兄の冷静な判断能力に尊敬の念をおくるのだった。


 尊敬の念を受ける巳之助はドキドキで平静を装い、兄の威厳を保つのだった。





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