第150話:お嬢様はお冠のようです

 ドアは崩壊し激しく揺れるゴンドラを見て、坂口たちは息を飲む。

 そして、体のあちらこちらが裂けその傷口から蛇を生やし、不気味に揺らしながら向かって来るコケトリスを見て、足が竦んでしまう。


 無数の蛇が舌をチロチロと出す姿は、獲物を見るような目付きと合わさり舌舐りをしているように見えて、恐怖をより煽ってくる。


 足が小刻みに震える坂口たちが、後退りも出来ずに立ち竦んでいると、バァンッ! と鉄を叩く音が響きわたる。

同時に観覧車のドアがコケトリスに向かって飛んできてぶつかる。


 それは体から生えた一匹の蛇に当たり、その蛇の頭が大きく揺れるとコケトリスと周りの蛇が一斉に鉄が宙を舞うドアに注目する。


 重力に引かれ落ちていくはずのドアが突然空中で制止すると、ゆっくりと地面に降りると怒鳴る。


「あったまきたぁ! 覚悟しやがれぇぇ!!」


 ドアを大きく振りかざし現れたエーヴァから溜めて放たれる一撃に、数匹の蛇の頭がひしゃげる。

 だがドアによる攻撃は一撃で終わらない。ドアの面、側面、角をふんだん使い流れるように振り回される攻撃が繰り広げられる。


 額から血を流し、その赤で銀髪の一部を染める少女が振り回す鉄の扉が、コケトリスを打つ度に変形していく様を見て、坂口たちはさっきとはまた違った恐怖で足が竦むのを感じてしまう。


「喰らえやぁ!!」


 大きく下から振り上げたドアが綺麗に、コケトリスの顎にヒットすると僅かに宙に浮かぶ。

 そこに横に振り抜いたドアが腹部にヒットし後方へと転がる。


 転がったコケトリスの体から更に蛇が生え、本体は転がったまま複数の蛇が牙を剥き出しエーヴァ目掛け襲い掛かる。


「変態イヌコロが昔使ってたな!! こんな風によ!!」


 エーヴァが手に持っていたドアの側面を地面に叩きつけ、軽くバウンドするドアの後ろに隠れ蛇の牙を防ぐとドアを蹴りぶつかった蛇の頭を弾くと、宙に浮いたドアの端を両手掴み回転する。


 回転するドアに蛇の胴が切られ巻き上がる中、手から離されたドアは回転の勢いを乗せてコケトリス目掛け飛んで行く。


 フォームこそ違うが、さながら円盤投げのようにして飛んでいくドアが、コケトリスの蛇を切り裂き本体に当たろうとしたとき、羽の付け根から生えた猿の両手によって受け止められる。


 ただドアの勢いは凄まじく、手のひらは裂け血を流し、後退りしながら止めたコケトリスは肩で息をしていて、疲労困憊といった形相を見せる。


「なかなかやるじゃねえか」


 ドアの上にフワッと飛び乗ってきたエーヴァが、コケトリスを冷たい目で見下ろし、両手に握った鉄の針を次々と投げ、首筋から生えている複数の蛇の根本に突き立てる。


「体を硬化させても、継ぎ目はよえぇよなっ!!」


 胸元のホイッスルを吹き、鋭い音の音色と共にコケトリスの本体と蛇の継ぎ目を中心に切り裂く。

 舞い散る血しぶきの中、ドアの上に立っていたエーヴァが華麗にバク転すると、コケトリスがサルの手で押さえていたドアの端を両足で押すように蹴る。


 エーヴァに蹴られコケトリスが握っていたドアは、針のダメージで緩んだ手を滑り胸元に突き刺さる。

 反動でひっくり返るコケトリスの胸元のドアの上に勢いよく飛び乗ってくるエーヴァと目が合うコケトリス。


 エーヴァの熱く燃える激しさが宿る瞳は、身近に死を感じさせ、熱すぎて冷たく感じる。その瞳にコケトリスが死を予感したか分からない、ドアの上に立つエーヴァがガウチョパンツの端を摘まみ華麗にお辞儀する。


「今日は残念ですがフルートがありませんの。ですからあなたに贈れる演奏はありませんわ。ですから心を込めこちらを贈りますわ」


 天に響くホイッスル音は、コケトリスの内部を破壊し体は真っ二つに裂け、こと切れる。


 倒れるドアからフワリと飛び降りたエーヴァの坂口たちが駆け寄る。1人のおじさんがタオルを渡し、座って額から流れる血を押さえるエーヴァを皆が心配そうに見る。


「いたっ、あの鶏ヤロウ滅茶苦茶突っつきやがって……服に穴が空いたじゃねえか」


 ぶつぶつ文句を言うエーヴァがよろけながら立ち上がる。


「エーヴァちゃん、その傷で詩ちゃんのところ行く気か? 立っているのも辛そうだぞ」


「ええ、歩いているうちに傷も体力も回復しますの。

 コケトリスが倒れた今、車は動くはずですわ。坂口は作業を続けなさい。わたくしはもう一匹を仕止めてきますわ」


 先に進もうとするエーヴァを坂口が引き留めようとしたとき、手を振りながら自転車を漕いでやって来たのは宮西。

 ブレーキ音をキッと鳴らしエーヴァたちの前に止まると、息を切らせて坂口に報告する。


「坂口さん、尚美さんたちの避難は終わりました。こっちは……ってうわっ!?」


 地面に倒れるコケトリスを見て驚く宮西の自転車の荷台にエーヴァが軽やかに飛び乗る。


「ミヤ、どうせ詩のところに行くのでしょう? ついでですわ、わたくしを乗せていきなさい」


 エーヴァが横乗りで荷台に乗り、腰に手を回され背中に寄りかかられる宮西の緊張はマックスである。


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