第149話:鶏とお嬢様

 くわを何度か振って、使い心地を確かめるエーヴァから離れた場所に立つスーは、その様子を見つめ小さくため息をつく。


「手伝いが必要なのですか?」


「いや、いい。ここはあたしがやるからスーは詩のところへいけ。そこにお前宛にと、美心から預かったキャリーバッグがあるから持っていけ」


「そう言うと思ったのです。スーはうたのところへ行きますので、エーヴァも無茶しないでほしいのです」


 呆れた顔でエーヴァとすれ違うスーに対し、エーヴァは視線をコケトリスに向けたまま笑みを浮かべる。


「ま、努力してみるさ」


「はぁ~、ほんとにそういうところは変わらないのです」


 スーが、キャリーバッグのロックを外し大きなビニール袋を取り出す。ビニール袋は掃除機等で空気を抜いて中を真空にして、持ち運びしやすくする、いわゆる圧縮袋。


 その中で黄色の物体が圧縮され入っている袋を引っ張り出す。


 スーがジップ部分を開くと中の物体は空気を取り込み、やがてその姿を現す。


 黄色くスマートなボディーに黒い斑点。長い手足に長い尻尾、ボタンの目が鋭くキラリと光る。


 走ることに特化したモデル『ヒョウ』である。あえて四足歩行とし、現物に近い形にすることで高速での移動を可能としている。

 ただし攻撃面では劣ってしまうが、スーと連携を取ることで補っていくスタイルなのである。


【スー、うたっちの所へ行くわよん!】


 スーはさっそくヒョウに乗り移った白雪の背中に飛び乗る。スーの背中にはウサギのぬいぐるみが背負われている。

 ヒョウとウサギに囲まれた少女はキリッとした表情でエーヴァを見るが、ぬいぐるみに挟まれた少女はただ可愛いだけで今一迫力に欠ける。


「エーヴァ、残り2つは置いていくのです。預かっておいてほしいのです!」


「まかせとけ」


 エーヴァの返事が終わるやいなや、白雪は背中に乗せたスーと共に黄色の残像を残し走り去っていく。


 ここまでのやり取りを呆然と眺める坂口と作業員の人たちだったが、鍬とくちばしがぶつかり合う音で一瞬で現実に戻ってくる。ただ何が出来るわけでもなくすぐに眺めるだけとなるだった。



 農作業で使用する鍬を、ここまで華麗に振り回すお嬢様がいただろうか。本来、土を耕し、畝を作り、植物の命を育み、強いては人の命を繋ぐ為に役立つ農具は今、火花を散らし敵の命を刈らんとし猛威を振るう。


 エーヴァの能力、音撃は音に力を乗せる。それは風の魔法に近いものがあるが大きく違うのは己を強化する効果があること。

 高い音はスピードと鋭さを上げ、低い音は攻撃力に重さを加え威力を上げる。


 前世では攻撃した音にその効果を乗せ放っていたが、今世では一旦五線譜の泡となった力を解放する必要がある。

 単純に音撃を重ねることは出来るが、泡を出現させ、割らないとフルに能力を出しきれないクセのある能力である。


 一撃加える度に、音撃を3回重ね威力を上乗せしていく。

 コケトリスのくちばしと正面からぶつかっても力負けしないのはこの音撃があればこそなのだが、幾度となくぶつかるうちに、コケトリスが音撃に合わせくちばしを小刻みに動かし連続で突っつき始める。


 互いにぶつかり合う衝撃波が2人を中心として、周りの空気を震わせ坂口たちの鼓膜を激しく揺らす。


「はんっ、やるな!」


 更に速度を上げて振られる鍬が、コケトリスのくちばしにヒビを入れ顔面を打つと、長い首を大きく横に反らす。


 コケッ! と鳴くそれが「やるな!」と言ったかは分からないが、コケトリスが羽を広げ回転する。鍬の柄で受け止めたエーヴァが吹き飛ばされ、近くにあった券売機に激しく打ち付けられる。


 羽を大きく羽ばたかせ、僅かな浮力を利用しながら走り高速移動するコケトリスは瞬時に間合いを詰めると、片足を大きく上げエーヴァを券売機ごと踏みつける。


 コケトリスの鋭い足により、ひっしゃげる券売機。だが、その足の下を姿勢を低くし攻撃を避けたたエーヴァが、サロペットの下、脹ら脛に巻いたホルダーから細く長い針を抜いて、コケトリスの足に突き刺す。


 魔力を込めた針は深く突き刺さるが、その細さ故に致命傷には至らない。刺された痛みに対し怒ったコケトリスは、券売機を握りつぶした足で券売機ごと激しく振ってエーヴァを蹴り飛ばす。


 飛ばされたエーヴァが空中でフワリと身を翻し、体勢を整え着地すると額から垂れる血を拭う。


「あんま怪我するとアラが心配するんでね。とっと倒してやるよ」


 鍬を低く構え刃先を上向きにして踏み込むと、下から振り上げる。顎を反らし避けるコケトリスの胸元に2本の針が突き刺さる。

 痛みで身を引くコケトリスの左肩に振り下ろされた鍬は、硬化した羽根によって浅くしか入らず弾かれる。


「まあそうするか、あんま時間ねえな」


 弾かれた鍬を体ごと回転して振り直し、柄の部分を右肩に打ち込む。それと同時に、左足の脹ら脛にあるホルダーから抜いた針を羽の付根に投げ刺すと、鍬を引きながら反動を利用して左足で針が刺さった付根を蹴ってより深く食い込ませる。


 さらにそのまま体ごと回転し左下から斜めに振り上げた鍬をくちばしの下にヒットさせる。

 くちばしの破片が散り顔面を空に仰ぐコケトリスの胸に針を突き刺すと、鍬を引き刃の背側、先端で突き後ろへ転がす。


「くらえやぁ!!」


 エーヴァが駆け飛び上がると、よろけるコケトリスの頭部に振り下ろした鍬だが、コケトリスがくちばしを大きく開き強引に咥え受け止める。


「やるな、だが甘いぜ」


 左手を離し首にかけてあるチェーンを引っ張り胸元から取り出した、銀色の筒上のホイッスル。防犯やアウトドアんなどで活躍する一般的なホイッスルだが、エーヴァが持つと意味は大きく変わる。


 口に咥え吹くと周囲に激しく響くホイッスルの音。

 その魔力を込めた音は、同じく魔力を込めていたコケトリスに刺さった針が共鳴し激しく震え、肉を切り裂く。

 傷口から吹き出す血が周囲に散り、赤い線を引く。


 追撃をすべく、鍬を口から引き抜いたエーヴァが空中で振りかぶる。


 度重なる攻撃によるダメージで一瞬白目を剥いたコケトリスの目に黒目が戻り大きく目を開く。その瞳は鶏の目ではなく蛇の目が居座る。


 エーヴァと目が合うと同時にコケトリスの身体中から飛び出す蛇に絡められた鍬ごと投げられたエーヴァは、止まっている観覧車のゴンドラのドアを派手に突き破ると、観覧車を大きく揺らすのだった。





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