第148話:巡ってきた順番(坂口編)

 園内を汗だくになって走る坂口が、観覧車の下に停まっている作業車のもとへ行くと、現場の一人をつかまえて作業状況を尋ねる。

 丁寧に説明してくれた作業員に坂口がお礼を言って去ろうとしたとき、作業員たちが騒ぎ始める。


「どうした? 何が!?」


 「何があった」と言おうとして言葉を止めた坂口の視線の先にあったのは、体長2メートルほどのにわとり


首を小刻みに揺らしながら作業車の前に立つと首を何度か傾げた後、鋭いくちばしで突っつき、作業車のフロント部分を破壊する。


 突如現れた巨大な鶏に現場は混乱に陥ってしまう。


「くそ、なんだってんだこいつ。詩ちゃんたちが向かった方とは別の奴か」


 文句を言いながら、坂口は適当に拾った誘導棒を構える。


「あんたら、取りあえず逃げろ。そんでこいつを追い払うから、そしたらまた作業再開してくれよ」


「いや、あんた。逃げろって、どうにかできるのかあんなやつ」


 作業員の一人が心配そうに尋ねると坂口はフッと笑い自信満々に答える。


「できるわけないだろ」


 坂口の言葉に呆れながら作業員の一人が適当な棒を持って坂口の隣に立って、緊張しているのかひきつった笑みを見せる。


「逃げろってとこ悪いんだが、俺らの仲間が作業車のゴンドラに取り残されてるんで、逃げるわけにはいかないね。

 みんなでかかれば、でかい鳥くらい追い払えるだろ」


 坂口が見渡せば数人の作業員たちが棒を持ち構えている。一人で戦おうとした坂口にとってなんとも心強い光景だった。


 この瞬間、名も知らぬ男たちの心が一体になった気がした。なんでも出来そうな、そんな気持ちに皆がなるのだった。


 宇宙人といえども見た目は人とそう変わらぬ大きさの鶏。よく見ると顔もどこか間抜けである。


 そう言い聞かせる坂口たちの棒を持つ手に力が入り、棒を振り上げ踏み込もうとしたとき、鶏は羽音をバサバサと立て、羽ばたくと僅かに浮かび上がり作業車の屋根に上り、片足を高く上げ踏みつけると、作業車の屋根の一部が陥没する。


 鉄が押し潰されてあげる悲鳴と、潰れた車両の惨状を見て男たちの一体になったはずの心はあっさりと崩れ、バラバラになる。


「あれ、怪我だけじゃすまないよな……」


「あ、ああ……」


 隣に立つ作業員に尋ねられ歯切れの悪い返事をする坂口。戦う選択は誤ったと反省するが、逃げるのも難しい状況に陥った今、どう対処すればいいか悩む。


「坂口、伏せなさい!」


 聞きなれた声に坂口が慌てて頭を下げると、頭上を何かが高速で過る。

作業車の運転席のドアに突き刺さる鉄の棒。


その棒の上を蹴り飛び上がるのはエーヴァ。


 突然のことに驚くのは坂口たちだけでなく、鶏も同じである。空中で拳をかかげるエーヴァ。


 エーヴァが落下しながら鶏の頭に振り下ろされる拳によって、作業車両の屋根に頭を沈める鶏。


「っと」


 だが鶏は羽を羽ばたかせ、無理矢理エーヴァの拳から頭を引き抜いて後ろに飛んで逃げる。エーヴァも深追いはせず、拳を引いて作業車から飛び降りる。


 鶏の出現に驚き、その攻撃力に恐怖したが、今はエーヴァの登場に坂口を含め皆が驚く。


 ガウチョパンツの端を摘まみ優雅にお辞儀を始めるエーヴァ。今から戦闘が始まるとは思えない優雅な光景の中、丁寧な挨拶が始まる。


「わたくしの名前、エヴァンジェリーナ・クルバトフと申しますの。あなたのお名前……坂口、あなたの番ですわ。あの子の名前を決めて下さらない?」


「名前!? え、あぁ、俺か? にわ……コケッ、コケッ」


 エーヴァに突如振られ焦る坂口。名前をつける順番が来たら自分の実力を見せようと思って張り切っていたのに、いざその場になると難しいものである。

 焦る坂口がコケ、コケと数回鳴いた後、拳を掲げ叫ぶ。


「コケランダー!!」


 その名前にエーヴァと作業員皆が静まりかえり、コケランダーは鶏冠とさかを立て怒っているようにも見えるのは、気のせいではないかもしれない。


 視線を坂口に寄越していたエーヴァは、コケランダーの方を向き、小さくお辞儀をして再び戦闘開始を告げる。


「それでは参りますわ。コケトリス」


 エーヴァが地面を蹴ると、コケトリスも羽を広げコケッ!! と応えるように鳴いて走り向かってくる。


「あぁっ! 俺の名前無視したな!」


 坂口の言葉は最早届かず、エーヴァはコケトリスの鋭いくちばしを回転しながら避け、その勢いのまま横っ面に拳を叩き込む。


 頭が大きく揺れるコケトリスだが、目に怒りの色を宿すと首を戻す反動を生かしくちばしを振り弧を描く。

 しゃがんで避けるエーヴァが、顎下から拳を振り上げコケトリスの頭を打ち上げる。


 長い首を後ろに反らすコケトリスは右足を振り上げ、羽を広げ羽ばたく。

 鋭い爪を持った足が鋭利な刃物となり円を描く、バク転をしながら蹴り上げるそれはまさにサマーソルトキックである。

 エーヴァが身を反らし避けるが、間に合わないと判断し腕でガードを試みる。


「ちっ、やるじゃねえか」


 左腕から血を流すエーヴァと、くちばしから血を垂らすコケトリスとにらみ合う。


 互いに大きく踏み込むと拳とくちばしの乱打戦が開始される。

 激しい打ち合いは小柄なエーヴァに攻撃が当たりにくく、コケトリスのくちばしは時々かする。

 対するエーヴァは的確に拳を入れるものの攻撃が軽く今一決め手にかける。

 軽いといっても、この2人の間の話ではあるが。


 激しい乱打戦に、ただただ呆然と見ているだけの坂口と作業員の人たち。


 一旦休憩とばかりに互いが後ろに下がり間合いを取るエーヴァとコケトリス。


 所々に血を流すエーヴァがニヤリと笑みを浮かべると、コケトリスも血を含んだ唾を吐きどことなく嬉しそうな目でエーヴァを見る。


 そんな2人の間にくるくると回転する長い棒が、エーヴァ目掛け飛んで来る。

 それを難なくキャッチしたエーヴァが手元を確認する。


くわか、まあまあのチョイスだな」


 農作業で畑を耕す鍬を華麗に振り構えるエーヴァが、飛んできた方向を見て満足気な笑みを見せる。


「まったく、エーヴァの悪いクセなのです。今は敵と殴り合ってる場合じゃないのです」


 その視線の先には、口をへの字にして不満を表すスーと白雪が立っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る