第147話:水面の攻防(実は水面を走ってみようと思ったけど無理っぽい)

 最強の戦士『キューちゃん』を私に渡そうとしてくる、かおりと名乗る女の子。

 そういえば、スーが日本に渡るときシャチのぬいぐるみを持った子のお陰で勝てたと言ってたけど、もしかしてこの子が話に出てきた子?


「薫ちゃんだったっけ。スーたちのこと知ってるのかな?」


 私が訪ねると大きな目を開き、目をキラキラさせてキューちゃんをギュッと握りしめる。


「うん、スーお姉ちゃんとしらゆきと薫はお友だちなんだよ! だからキューちゃんもお姉ちゃんと戦いたいって」


「そっかあ、キューちゃんはスーとしらゆきに渡してあげて。スーとしらゆきもきっと薫ちゃんに会いたがってるから、そっちの方が喜ぶよ!

 お姉ちゃんはこれがあれば大丈夫!」


 魔力を一気に上げて、スーとエーヴァに開戦の合図を送ると両手の槍を甲板に突き立て、宙に『水』の漢字を描き一本の槍を通す。

 もう一本は先程手の甲に描いた『火』を発動させる。そこで再び槍を甲板に刺し。手の甲に描いてある『火』と『速』を消し『回』と『氷』を素早く描くと槍を握る。


 右手に水を纏い、左手に火を纏う槍を構えると、薫ちゃんが拍手してくれる。


 少し恥ずかしいけど、ちょっぴり嬉しい!


 そんな薫ちゃんの元に両親らしき男女が駆け寄り私を不安そうに見てくる。


「船内の方が安全だと思います。薫ちゃんを連れて逃げてください」


 私の言葉に両親は頷き、薫ちゃんが抱えられバタバタと撤収されていく。

 私の動きを舌に生えた目玉で見つめ様子を窺っているのを感じる。

 この宇宙人、どいつもこいつも僅かだが知性を感じる。なのに突然野生化してなりふり構わない攻撃を仕掛けてくる。

 中に寄生する生物の寄生具合によって違うのだろうか? 後で宮西くんに聞いてみるとしよう。


「さてと、いつまでも水のなかに潜り込まれても困るんだけど、スーと白雪がくるまでその気持ち悪い舌を切らせてもらおっか」


 私の言葉に反応したわけではないだろうが、様子見をしていた舌が鞭のようにしなりながら振り下ろされる。

 右手の水の槍で受けつつ、右の甲に描いてある『回』を発動させると槍を包んでいた水が、槍を中心に渦巻き始める。

 水の回転でいなした舌を真横から火の槍で突き刺す。


「浅いかっ! んじゃあまだまだいくよ!」


 火の槍を手放すと、両手を素早く入れ換え右手に火の槍を持ち『回』を発動させ、炎を渦巻かせる。穂先を中心に回転する炎が舌の傷を抉り傷口を広げる。

 槍を無理矢理振り抜くと舌の一部が裂ける。全体の4分の1程度の切れ目といったところだろうか。


 たまらず舌を引っ込め、水中へ逃げていこうとする。


「甘いねっ!」


 右手に持ち変えた水が渦巻く槍を逃げる舌に向かって投げると同時に、私も甲板を蹴って飛び降りる。


 長い舌が水中に入りきる前に突き刺さる水の槍。その槍の柄を逆立ち状態で握って発動させる『氷』の漢字によって水面の一部が舌ごと凍りつく。

 一瞬舌の動きが鈍る。その隙を見逃すわけもなく、水面の氷に立つと炎の槍を振り、赤い軌跡で円を描く。


 宙を飛ぶ舌の先端に槍を突き刺し『回』によって槍の炎を回転させ燃やし尽くす。


「どうせ再生したり、わけ分かんない姿になるわけでしょ。だけど痛かったかな?」


 氷の上に立つ私の下から滲んでくる血を見て、敵のダメージを確信する。炎に耐えれず燃え尽きた木製の槍を捨てる。

 手の甲に『氷』を左右3個ずつ、計6個描くと今いる氷から飛び退くとさっきまでいた氷が水面から出たきた舌によって砕かれる。


 バク転して水面に手をつくと同時に氷を生み出し、足場を作る。


「へぇまだそれでいく? 姿見せるのは嫌だってことか。もうちょっと付き合ってあげるから感謝してよ」


 水面に『弓』『矢』を描くと弓矢を拾いながら、足場を蹴って宙に身を投げ、矢を放つ。



 * * *



 尚美の園内放送と、坂口が国家権力を根回した避難誘導によって園内の客の大半は何が起きているかを理解することなく避難していく。

 園の出入り口のゲート周辺には警察車両も見え、警官による誘導のお陰で目立った混乱もなく避難は完了していく。


 出入り口のゲート付近まできたエーヴァたち、ゲートを一人ずつ通る為、並ぶ美心とアラ、エーヴァ。


「詩さんたち遅いですね。大丈夫でしょうか?」


「そうね……心配ですわね。ところでアラ?」


「はい、なんでしょうお嬢様」


 エーヴァに名前を呼ばれ満面の笑みを返すアラ。


「ゲートをくぐるの、あなたの番ですわ。後ろがつっかえてますわ」


「あわわ、申し訳ありません」


 エーヴァに指摘されて慌ててゲートを抜けたアラが、続きとばかりに笑顔で後ろを振り向くと、美心しかいない。

笑顔を美心に向け、そのまま首を傾げるアラ。

 無言で美心は柵の方を指差す。その指先には満面の笑みで上品に手をふるエーヴァがいた。


「詩たちを探してきますわ。あなたは美心のそばにいてあげなさい。その子、平気そうに見えて足ガクガク震えてますの。それは小刻みにっ。

 ですから置いていってはダメですわよ」


「ええっ!?」

「えっ!?」


 アラと美心が同時に叫ぶ。だがお互いの叫ぶ意味は全く違う。


「では、また後で会いましょう」


 エーヴァは、美心の持っていたキャリーバックを優雅に引いて去って行く。


「お、お嬢さまっ!?」


 去り行くお嬢さまに手を伸ばすアラの隣で美心は試行錯誤する。


(足ガクガクってなによ。震えろって言われてもできないんだけどっ! エーヴァ、後で覚えてなさいよ。貸し一個だから)


 取りあえず爪先立ちして震えを試みる美心は別の戦いを強いられる。

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