第145話:敵を知り地理を知り、作戦を立てる

 尚美さんの園内放送を頼りに私とスーは、園内にある水浄化施設みずじょうかしせつへむかう。

 水浄化施設とは、園内にあるプールや水を使うアトラクションに使用する水を浄化する場所らしい。そうパンフレットに小さな文字で書いてあった。

 そもそも一般客が立ち入れる場所ではないので、向かっていくにつれて人気は段々と減ってくる。


「うた、血の臭いがするのです」


「私はまだ分かんないんだけど、スーの方が鼻いいんだね。にしても血の臭いってことはあまり良い予感はしないから、急ごっか」


 私とスーが更にスピードを上げようとしたとき、カートに縛り付けられている、白雪がモゾモゾと動き右手をパタパタ振って、存在をアピールしてくる。


【スー、そろそろ解放してほしいわん】


 キャリーカートに縛り付けられている白雪が解放してくれとスーに訴えかけてくる。

 目的地に向かって急いでいるから、キャリーカートは乱暴に引っ張られていて乗り心地は最悪だったと思う。

 ちょっと白雪の喋りにいつもの元気がないのはそのせいなのかも。


 スーが走りながら紐を解くと白雪は嬉しそうにカートから飛び出し、私たちと並んで走り始める。


 人の目も少ないし、遊園地なので白雪が歩いていてもさほど目立たないだろうと、勝手に結論付け水浄化施設まで走る。


 OSJの雰囲気を損なわない為だろう。白い大きな壁がそびえ、奥にあるであろう水浄化施設の存在を隠している。

 私たちは壁と同化している鍵のかかったドアを破壊して中に入る。


 こんなところに入ったことがないから、いつもの様子は分からないけど色んな機械があるから普段はもっとうるさいのだと思う。今は水が流れる音が聞こえるだけで静かだ。


「血の匂い……なんか肉が腐ったような臭いしない?」


「するのです。生存者がいれば正体も分かるのですが」


 鼻を押さえるスーが何かを見つけたようで、大きなロッカーノブに手をかけると、身を引きながら勢いよく開けるとゴロンと作業着姿のおじさんが転がってくる。

 転がったおじさんを白雪が起こし、座らせるとスーが腕を組み前に立ちはだかる。


 なんか可愛い。


「おじさん、ここで何があったのです?」


 ロッカーから出てきたおじさんは歯をガチガチ鳴らしながら、震える指先を、いく槽もあるプールへ向ける。

 何かを喋ろうとするが震える口が邪魔して叶わない。足が震え作業着のズボンから鍵が落ち金属音が小さく響く。


 静かに流れる水が揺れる。


 私が宙に『盾』を描くと、白雪がおじさんを抱え大きく後ろに跳ぶ。同時に水面を切り裂き飛び出してくる物体が赤い線を引く。

 風の渦が円を描き、吹き荒れ赤い物体を弾く。スーが赤い物体を辿り水面を駆け、赤い物体が出ている付近の水面を掌底で叩く。


 水面に波紋を広げると、水が大量の水しぶきを上げ、大きな穴を作り出すと水面を蹴りスーが飛び上がる。


「ナイス、スー! 水面走るとか意味わかんないけど!」


 宙に描いた『雷』『弾』の漢字を蹴ると水面に空いた穴に『雷弾らいだん』を飛ばし投げ入れる。水の中から光を放ち電流が走り空気を切り裂く。


「速く走ればちょっとの距離なら走れるのです。うた! カエルなのです! そして今の攻撃での傷はおそらく浅いのです」


 飛びはね空中に身を置いたままで、水面に空いた穴から覗くカエルと目を合わせるスーが敵の正体を知らせてくれる。それと同時に水が流れ穴を塞ぎカエルの姿を隠してしまう。


「当てずっぽうで放った攻撃じゃ無理か」


「あのカエル、移動を開始したのです」


 着地し私の隣に立ったスーの言葉に水面を見ると黒い影が動くのが見える。地上から見たら仕切られているように見えるが、下は通じているのか影は目の前から消えてしまう。


「き、君たちはいったい……」


 白雪に支えられたおじさんが驚いた表情で私たちを見ている。


「あぁ~、あまり気にしないでもらえると助かるんですけど。それよりおじさん、このプールってどこに繋がってるんですか?」


「あ、ああ。園内の水を使うアトラクションにパイプで通じているラインと、園内を流れる人工の川から流れてくるライン、海へ流れるラインがあるが、ちょっと待ってくれ」


 私たちが何者かは答えずに強引に話を進めると、おじさんは普通に答えてくれるのでちょっと安心する。

おじさんは、ふらつく足取りで近くの部屋に入り園内の地図を広げる。


「ここが今いるところで、近くの川から水門を通して園内に水を引いている。水門から入って二股に別れ園内を円状に流れ再び合流そしてここへ流れ、やって来た水をここからポンプを使って各アトラクションへ送る。

 アトラクションで使用した水も、人工の川を通ってここへ流れ再利用する。そして定期的に園内の水を入れ換える為、洗浄した水を海へ流すんだ」


 地図の上を走るおじさんの指先を私たち3人の目が追う。白雪はよく分かんないけど、たぶん追ってる。


「さっき影が向こうへ行ったんですけど、あっちはどこへ通じてるんです?」


私が指差す方をおじさんが見て、地図を指差す。


「あっちは、ここ。園内の川の合流ポイントで園内に通じてるよ」


「なるほど、因みに今って川からの水門と海へ流れる水門って開いてるんですか? 後、この地図の川にあるこの絵って水門であってます? それと水門は手動で閉まりますか?」


「今日は……川からの水門は閉まっていて、海は小開だったはず。これは水門であってるよ東の川に3ヶ所、西に2ヶ所門があって、普段は電子制御だけど手動でも閉まるよ。あ、でもチェーンが巻いてハンドルは固定してるんだ」


 私の矢次の質問の答えを聞いて、開いた地図を眺め思案する。


「私が東から回る、スーは白雪と西から。水門を閉じながら北へ向かっていこうか。あのカエルを地上に出さないとこっちが不利だし、追い詰めて大量の電撃を流せば飛び出てくるはず」


「分かったのです。相手の能力もまだ未知数なのです、うたも気をつけるのです」


 地図をなぞりながら、付け焼き刃ながら作戦を立てると3人で頷く。

 おじさんに何があったか聞いたものの、作業員が次々と水の中に引きずりこまれ、無我夢中でロッカーの中に逃げたらしく、カエルの攻略に繋がる話は聞けなかった。


 私たちはおじさんに、この施設に通じる水門を閉じてもらうことと、生存者がいるか探してほしいとお願いして、再び園内へ向かって走るのだった。

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