第132話:思い込みの力
突如上から落ちてきた少女、思月が、足で踏む蜘蛛の頭の上で片足を軸にクルリと回転しながら、ウサギのぬいぐるみの白雪を投げると、右足を鋭く垂直に蹴り上げ、上空から来ていた蜘蛛の下顎にヒットさせる。
その小さな体から放れたとは思えない蹴りは、顎の一部を砕き蜘蛛はひっくり返って地面に背中から落ちる。
その間に投げられた白雪は、空中でくるくると回ると地上をガサガサと走って向かう蜘蛛の頭上に、踵を落とし顔面を地面に沈める。
その反動を利用して、くるくるとバク転をして大きく離れ背後に立つと、蜘蛛に向かって走り始める。
頭を起こし、白雪の方を向いた蜘蛛は攻撃に転じる前に、勢いよく走って来て両足を揃えて蹴る白雪の足の裏に顔面を蹴られ大きくよろけてしまう。
思月の両足に蝋燭の揺らめくように青白い光が灯ると、グッと身を屈め足元の蜘蛛の頭を踏み台にして蹴る。
一瞬鋭く燃え上がる光は、踏み台にされた蜘蛛の頭から体内を一瞬で走り抜け腹部を突き破って外へ吹き出す。
蹴って向かうひっくり返っていた蜘蛛の顔面に、青白い光の軌跡を残す拳が叩き込まれる。蜘蛛の体が大きく跳ねると、体の柔らかい部分を突き破って青白い光が吹き出る。
思月が足を着いた場所は青白い光が一瞬だけ燃え、地面を抉る足跡を残していく。白雪が蹴ってよろける蜘蛛に向かって放たれる掌底は頭部を潰し、体内を走る光が蜘蛛の内部を破壊する。
* * *
一瞬の出来事に、何が起きているかは分からないが、崩れ落ちる蜘蛛を見る子供たちは思月に釘付けである。
そしていつも見る思月との違いに目を丸くして美心は驚く。
すげぇ~、とか、すごい!すごい! という子供たちに、
「ああ、凄いだろ。だがそれだけではない、あの子は味も格別なのだ。俺の舐味ランキング1位なんだぞ」
渋い声で思月を自慢するシュナイダーの頭に、美心の拳が落とされる。拳を頭に落とされたままのシュナイダーは表情を変えずに、美心に尋ねる。
「ところで、スーが背中に背負っているのはなんだ? ぬいぐるみに見えるのだが」
「ふっふっふぅ~、遂に白雪専用ぬいぐるみ第一号が完成したんだけど、早速実践投入してきたわね。私たち3人の苦労の結晶なのよ! スー、しら子! いくのよ!!」
シュナイダーの頭をグリグリ、ときにバシバシ叩きながら、興奮する美心に迷惑そうな表情のシュナイダーは思う。
(しら子ってなんだ?)
* * *
【う~ん、モテる女は辛いってことかしらん☆】
くねくねする白雪の隣で、服の埃を叩いていた思月は体育館の壁を睨む。
ドン! ドン! と何かがぶつかる音が響いたかと思うと、派手に壁を突き破り出てきた蜘蛛は鋭い光を放つ8つの目に思月と白雪を映す。
他の蜘蛛よりも大きな体に、通常の蜘蛛は8本の足があるが、この蜘蛛にはもう2本、大きな鎌を持ち、背中に虫の羽が生えている。
カマキリのような大きな鎌を高く振り上げ、威嚇する蜘蛛を見て、思月は胸元で結んであったリボンを解くと、背中に背負っていた、ぬいぐるみを下ろす。
「
【ジィータンに決定よ!】
「え!? ええぇぇぇ~」
【彼? も手をバタバタして喜んでるわよん。ほらほら、スー! 戦いの最中なんだから集中、集中!】
白雪の発言に思月は色々と納得のいかない顔をしながらも、下ろしたぬいぐるみを白雪に向ける。
「白雪いくのですよ。美心に作ってもらったこのぬいぐるみ、
犰狳と呼ばれたぬいぐるみは、灰色の体で
全体が丸く、やや猫背気味の背中には、帯状にプレート重なって鎧のようになっている。柔らかい三角形の顔に大きなボタンの目玉と、頭部には小さな三角の耳がぴょこっと生える。
手には柔らかそうな長い爪、太く短い足で立つそれは、『アルマジロ』である。
【いよいよね! この日の為に三半規管を鍛えてきたんだから☆】
胸元でグッと、ガッツポーズをすると白雪はアルマジロにタッチする。力なく倒れるウサギを思月は受け止めると、そっと横に置く。
倒れたウサギの代わりに動き始めるのは、アルマジロ。
【白雪、アルマジロバージョンなのよん!!】
長い爪の手をバシバシ叩いて、ドシドシと歩く白雪が身を丸めコロリンと転がる。
【スー! いくわよん!!】
丸くなった白雪を思月が蹴ると、真っ直ぐジィータンに向かって飛んでいく。
灰色のボールを弾こうと、ジィータンが鎌を振り下ろすが、鎧で覆われた体はぬいぐるみとは思えない強度で攻撃を防ぐ。
鎌を振り下ろされ地面に叩きつけられた、白雪はそのままバウンドして、ジィータンの体に体当たりをお見舞いする。
体当たりで弾かれた瞬間に、丸まった体を広げると右手の爪が光る。
【今の白雪はアルマジロなのよ! そうアルマジロなの!】
布で出来た爪に思月からチャージされた魔力が這うと、鋭い魔力の爪が、布の爪をコーティングし外側に生みだされる。
これは白雪の思い込みによる力。この日の為に、アルマジロという生物を、宮西講座により深く研究し、哲夫と坂口を交えた、特撮やゲームなどで考えられる最強のアルマジロ論争によって生まれた、究極のアルマジロだから使える力なのだ!
縦に走る3本線がジィータンの目を切り裂くと、傷口から溢れる緑の液体。
白雪を振り払おうとするジィータンだが、白雪が再び丸まったせいで的が小さくなり攻撃が空振りする。
7つの目で白雪を追うジィータンの顎下に潜り込んだ思月の拳がヒットし、青白い光が上空へ向かって走る。
「体が大きいので浅いのです。白雪、もっと傷が必要なのですよ!」
【おー! がんばちゃう♪】
ジィータンは飛び跳ねて、思月と白雪から大きく離れ互いに睨み合う。
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