第129話:紡ぎながら始まる逃走
「囲まれたって、どういうこと?」
少し焦った表情の美心が私に聞いてくる。
「ん~、音の感じから蜘蛛なんだけど、シュナイダー、あんたの方が耳いいでしょ。何匹いる?」
私が聞く前からピンっと耳を立て、左右別々に動かしているシュナイダー。犬っぽくて、器用である。
「およそ6匹だ。あくまでも、この建物に取り付いているやつらがな」
「私が来たとき、周囲には何もいなかったから、何らかの方法で仲間のピンチを知ったか、呼ばれたってことか。
数が多いってことは蜘蛛は、本体がいるタイプって可能性があるよね?」
「ふむ、確かに前にオレが戦ったヤツより弱い気がするしな。こいつらが末端の蜘蛛とすればその可能性もあるか」
決めつけはよくないけど、ウージャスにも、ランクみたいなのがあったし可能性は高そうだ。
「犬が喋ってる……」
美心にしがみつく小さな男の子が、シュナイダーに指を差して目をまん丸にして驚いている。
さっきから普通に喋ってたし、話してる内容は最悪だし、今さら誤魔化しても仕方ないだろう。
私は、小さな男の子に近付くと肩に手をやり、他の2人にも手招きして集める。
「きみたち、お名前は?」
「
「
「はると」
短髪の気の強そうなのが碧斗で、背が1番高いのが佑馬、幼いのがはると、碧斗とはるとは何となく似ているから兄弟かな?
「私は詩、このワンちゃんはシュナイダー、こっちのお姉ちゃんは美心ね」
私は3人をグッと寄せて、小声で話す。
「私たちはね、悪い怪獣を倒しているんだけどね。これは敵に正体知られたら困るから秘密だからね! 誰にも言っちゃダメだよ、いい?」
3人がコクコクと頷く。
「それでね、今悪い怪獣に囲まれてるわけなんだけど、お姉ちゃんたちが、きみたちを守りながら突破するから。きみたちの任務は美心お姉ちゃんについて行くこと、分かったかな?」
何度も頷く子供たちの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「美心、お願いね。シュナイダー前、後ろは私がやる。気合い入れていくよ!」
「おう」
少し緊張した面持ちの美心が頷いたのを合図に、シュナイダーが廊下に駆け辺りを見回して、首をクイッとして私たちを呼ぶ。
「いくよ、美心」
私が美心の背中を押すと、美心は3人を連れてシュナイダーについていく。その後ろを、私がついていく。
先ほどのサイズからすると、積極的に校舎の中に入るのことはしないと、予想される。
蜘蛛としての特徴を生かすなら、校舎の外に糸を張るなどの罠を仕掛ける可能性が高いはず。
私たち人間の特徴をどれだけ知っているかは分からないが、空を飛べない、高いところから飛び降りれない、ことなどを知っているのなら一階から出てくるのを待ち構えている可能性は高い。
実際美心たちのことを考えると一階から出るしかないわけだが。
そして今、4階までしかないこの校舎の中を軽く走りながら相手の動きを見極める。
「シュナイダー、外の動き感じられる?」
「正確には分からんが、2匹ほどオレらの動きに合わせて動いている。」
「なるほど、この間宮西くんが言ってたの覚えてる? 蜘蛛は視力よりも音や振動に敏感に反応するんだってやつ。
こいつらも音に敏感なら錯乱させて……おっ! ちょうどいいじゃん。
シュナイダー、作戦変更! 錯乱頼める? 魔力は弱で、私が強でエーヴァを誘導するから、美心たちは止まって静かにしてね」
魔力を使い、それを感知すること、これが出来るのは今のところ私たち4人だけ。
美心やおじいちゃんなどで試したり、学校の中や人混みの中で魔力を放っても誰も反応しなかったことからこれは間違いないと思う。
ウージャス戦で散々魔力を使ったけど、反応しなかったことから宇宙人たちも魔力を感知出来ないと思われる。
前世で戦っている場所を知るために魔力を探ったりはしてたけど、連絡手段や居場所を教える為に使う日が来るとは思わなかった。
因みに激しい魔力、又は断続的に強弱が続くのは戦闘を意味し、互いの位置が近いときに魔力の強弱をつけたときは、強い方へ来て欲しいという合図。
一瞬強い魔力を3秒以上継続は敵発見、一瞬は戦闘開始、弱い魔力を3秒以上継続は近づいていることを示す。これが私たちだけの連絡方法となる。
エーヴァの、弱めの魔力3秒以上を感知したことにより接近を知った私たちは、私が魔力を強く放ち、来て欲しい方へ誘導をするというわけだ。
シュナイダーが宙を蹴り、天井を走り始めると子どもたちから歓声が上がる。
美心が小声で注意しているが、まあシュナイダーが頑張ってくれるから大丈夫だろう。
風を大きく纏ったシュナイダーが走り抜けると、通った場所のガラスが次々と割れて外へ破片が散っていく。
廊下や教室の壁に、3本の爪で引き裂いたような跡を付けながら校舎中を駆け回り始める。
「さてと、静かに1階まで歩いて行くよ。慌てなくていいからね」
校舎内はシュナイダーに任せ、私たちは1階に降りて行く。予想通り蜘蛛の襲撃はないが、私が先行して出入り口を覗くと蜘蛛の糸が外に張り巡らされているのが見える。
暗くなり始めた外に残った夕日の光が、蜘蛛の糸をキラキラと光らせるのが無駄に綺麗で、腹立たしく感じる。
シュナイダーに撹乱されて蜘蛛の姿は見えないが、後ろについてきた美心たちのことを考えると、強行突破は避けるべきだ。
だとすれば、突破出来る人に力を借りるしかないだろう。私は強く魔力を放つ。
校舎の外にある外灯の上に華麗にトンっと舞い降り、黒いドレスを風になびかせるエーヴァがフルートの演奏を始める。
周囲に溢れ始める五線譜の泡。蜘蛛の糸に絡みながらも並んでいく泡は、糸と同じ太陽の濃いオレンジの光に当てられ幻想的な光景を見せる。
幻想的な雰囲気と優雅な演奏に、美心と子どもたちも見とれている。その視線の先にいるエーヴァは、可憐な微笑を浮かべ、優雅にお辞儀をする。
優雅な演奏と、糸に引っ掛かる泡の振動に集まって来た蜘蛛たちを前に、お辞儀をしたままのエーヴァが頭を下げたままニヤリと笑うと、背中に立て掛けてあったミローディアを手にして、
「さあて、始めようぜ」
顔を上げたエーヴァの見せる妖艶な笑みの鋭い目の光と、ミローディアの先端に日の光が反射し眩しく輝く。
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