第127話:逃げること
美心は走りながらも、校舎の男の子たちから視線を離さないようにする。
たどり着いた校門から校舎に向かってまっすぐ走る。
「あぁ、キツいっ! 日頃あんまり運動しないからっ、はあ、どこいったぁ」
息を切らしながら校舎の間を走り、さっきみた男の子たちを探し見渡すと1階の渡り廊下を走り、壊れたドアから校舎内へ入る男の子たちの姿が見えた。
「ちょっと! あ、もうっ」
疲れた足を鞭打つように叩くと、再び走り始める。ガラスが割れ枠が外れたドアを跨ぎ、校舎内へ入ると誰もいない廊下を走る。
影しか見えなかったが、8本足のやつはサイズ的に校舎の中に入ってこれないのか、姿は見えない。
教室の中を覗きながら男の子たちを探していく、ある教室の中に入ったとき、上の方から複数の足音が聞こえる。
「上っ? まだ走るのっ」
教室を出て階段を掛け上がると、足音が聞こえたと思われる場所に向かうとドン! っと大きな音がしてすぐに、ガシャっと何かが散らばる音がする。
慌ててそっちへ行くと、一つの教室で掃除用ロッカーを倒してその後ろに並んで隠れる男の子たちがいた。
「はぁっ、はあぁ、きみたち、大丈夫?」
美心が声を掛けると倒れたロッカーから顔を出す3人の男の子。2人は小学低学年くらいで、もう1人は幼く未就学児といった組合せの3人組に、美心は近づいていく。
「くるな!」
男の子が叫ぶ、思わぬ反応にちょっと驚く美心だが、気を取り直し、なるべく笑顔で話しかける。
「脅かしてごめんね。お姉ちゃん、君たちが心配で来たんだよ。怪我とかしてない?」
「だまされないぞ! そうやって俺らを捕まえて、怪獣に食べさせるんだろ! テレビで見たんだぞ!」
「そ、そうだよ! 怪獣を操る女幹部がそうやって子供を食べさせてたんだ」
男の子たちの言葉にピクピクと、頬を引きつるのを感じながらも、笑顔を努める美心がそっと近づくと、男の子たちは身構える。
そのときだった、教室の窓側の外に影が走ったと思うと、八つの目が教室の中を覗く。
「う、後ろ! ちょっと逃げて! こっちへ!」
あわてふためく美心を、訝しげな表情で見る男の子たちだったが、教室の窓ガラスが粉々に割られたことで、否が応でも危険に気付き、反射的に飛び上がって逃げ出す。
倒れたロッカーを凄い勢いで飛び越えた2人は廊下を走り去ってすぐ見えなくなる。
だが、幼い男の子は飛び越えれずに引っ掛かってしまう。
美心は急いで1人残された幼い男の子のもとに駆け寄ると、手を差し伸べる。
「ああ、ほらっ、は、早く、早く!」
急いで男の子の脇を持ち引き上げると、手を引っ張り教室の外へと向かう。その間にも8つ目の怪物はガラスを割り、巨体を強引にねじ込んで入ってくる。
体全体に茶色の短い毛が生え、8つの目をV字に並べるそいつは、8本の足を全て教室に入れ終える。
「く、蜘蛛……」
全長3メートル以上あろう蜘蛛は、教室に入ってくる夕日に照らされ、美心たちを見下ろす。
その巨体と思考の読めない目、口には横に大きく開く鋭い鎌状の顎が鈍く光る、それを見て足がすくむ。
美心は前にゾンビを倒す詩を見て、宇宙人に対する認識が甘くなっていたかもしれない。この巨大生物を前にしてそう感じてしまう。
右手に人の温もりがなければ、座り込んでいたかもしれない。
この危険から逃げる。本能的な意思に引っ張られ、男の子の手を強引に引っ張ると、教室から飛び出る。
蜘蛛はガサガサと、教室の床を削りながら美心たちを追いかけるが、その大きさが災いして出入り口に引っ掛かってしまい、強引に破壊しようと出入り口に向かって体当たりを始める。
その隙に逃げる美心たち。先に逃げた2人の男の子を心配しながらも、右手にいる男の子を必死に引っ張り走る。
だが、高校生の足幅と、幼い子の幅が合うわけもなく、それに気を回す余裕のない美心と男の子は、数メートル走ってすぐに転けてしまう。
丁度それに合わせたかのように蜘蛛は教室を突き破り、破片をぶちまきながら廊下に巨体を移す。
それを見て美心は立ち上がると、日頃なら考えれない力で、男の子を抱え走り始める。
すぐに追いかけてくる蜘蛛だが、巨体のせいで廊下にある凹凸に引っ掛かりスピードがでないのか、美心が速いのかは分からないが、距離を離していく美心は階段のところまで来ると、下に降りる選択をして数段降りる。
うわぁぁっっ!?
突然上の階、3階から子供たちの叫び声が聞こえる。
「うそっ!? ど、どうしよう」
降りかけた足を止め振り返ると、蜘蛛が迫ってくるのが見える。のんびり考えている暇はない。
美心は男の子を一旦置くと、階段の踊り場の角にあった消火器を投げつける。蜘蛛に当たることなく床に落ちた消火器は、衝撃でレバーが押され白い薬剤を噴射しながらくるくる回り始める。
それを警戒した蜘蛛が身を引いた瞬間、男の子を抱えると階段をかけ上がる。
本来消火器は、ピンを抜かないと噴射出来ないが、学校の子供たちのイタズラによってピンは抜けやすく、レバーが緩くなっていた消火器がここにあったのは、運が良かったといえる。
3階に上がってすぐ、教室の出入り口に体当たりをする別の蜘蛛と出会ってしまう。教室の中にいて机の影に隠れる男の子2人が見えた。
後ろからくる蜘蛛を警戒しつつも、手前のもう一つの出入り口から入ると、男の子たちのもとへ走る。
「大丈夫? 怪我してない?」
男の子たちは美心を見て、次に幼い男の子を見ると、物凄くバツの悪そうな顔をする。美心も勝手に逃げたことを怒ろうかと思ったが、グッと我慢して逃げ道を探す。
すぐに美心たちを追いかけてきた蜘蛛もやって来て、2匹がそれぞれの出入り口に体当たりを開始する。
「どうする、どうすれば……」
巨体がぶつかる度に激しい衝撃音と共に、変形していく教室の壁。
逃げ場のない状況に、窓に駆け寄り外を覗くが、校舎の外壁はフラットで、足をかけるような凹凸は見当たらない。
あれば伝って隣の教室に逃げる……とも考えたが、もしあったとしても、小さな子供3人連れて移動は難しい。
ただ、薄暗くなってもハッキリ分かる地面の遠さが確認でき、自分の置かれている状況が絶望的だと分かっただけだった。
なんの意味がないのは分かっていたが、子供たちを集めて、ぎゅっと覆い被さる。
「怖くないよ、大丈夫。きっと……」
男の子たちに言ったつもりだが、自分に言い聞かせているみたいだなと、冷静に思う自分が情けなさを感じる。
遂にぶち破られた壁の破片が豪快に舞い、1匹の蜘蛛が教室内に進入してくる。
体を強張らせ縮こまる美心たち。
蜘蛛の進入と同時だった、外側の窓ガラスが派手な音を立て飛散し、空中で破片と破片がぶつかり弾ける。
突然の光景に目を見開き見つめる4人の前に、降り立つ少女は言う。
「ごめん、遅くなった。だけど、ここからは任せて!」
笑顔で振り返る幼馴染みの顔に、全身の力が抜け安堵を感じるのだった。
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