糸と鎌の共演
第126話:身近な変化
学校のお昼休み、私たちはいつもの屋上庭園にいるわけなのだが。
「これ、おいしいのです!」
「そう? 私あんまり料理得意じゃないんだけど。これはどう?」
美心がスーに唐揚げを渡すと、幸せそうに頬張るスーを見て和んでいる。
「これもおいしいのです!!」
「ってなんでスーが普通にここにいるよ」
「潜入捜査なのです」
最近お昼休みにだけ、我が学校は生徒が一人増える。そんな七不思議のような存在が目の前のスーなわけだが、私たちと同じ制服を着て、ご飯だけ食べて彼女は帰るのだ。
ちなみに潜入捜査の意味は分からない。
おじいちゃんお昼は家にいないし、猫のマー君は寝床から出てこないはずだし、寂しいんだろうから、まあいいけどね。
完全に馴染んでて、誰も気にしていないし問題ないはずだ。
ただ、スーの足元のある、大きなウサギのぬいぐるみは、かなり浮いていると思うのだが。横になって片肘ついているこのウサギに、だれも疑問を感じないのだろうか……。
あまり考えたくないので近くにいるエーヴァに視線を移す。
今日のお昼はクロワッサンのサンドイッチ。なんでも行き付けのお店で買っているとか……ちっ、ブルジョアめ。
おっとそうだ! エーヴァに聞きたいことがあったんだった。
「エーヴァ、この間アラさんが持っていたペンギンのボールペンあったじゃん。あれってどこで買ったか聞いてくれた?」
クロワッサンを小さな口で、ハムハム食べているエーヴァは、私の方に綺麗な目を向ける。
こうして見ると、日頃の戦闘で見せる姿の方が、嘘ではなかろうかと私ですら錯覚しそうになる。
その可憐な姿に一部熱狂的な人たちがいて、ファンクラブが発足されたと聞いたが、本性知ってもついていけるだろうか?
「ええ、
『ペンギン大福くんシリーズ』と言って次にくるグッズとの噂。かくいうわたくしも」
エーヴァが私に見せつけるように、小さなハンカチを広げる。そのハンカチの角には真ん丸な顔のペンギン、大福くんがプリントされている。
「あぁっ、ズルい! 先に買うとか抜け駆けじゃん! 私も連れていってよ」
「フフフ、これはアラから貰ったんですわ。可愛いですよーってニコニコしながら渡してきましたの。あの子は完全に日本を楽しんでますわ」
と、ちょっと無理矢理渡され迷惑だ、みたいなこと言っているけど、私に自慢げに見せてくる。
「むぅ、今度行くから付き合ってよ。美心も行く?」
「うん、私も行きたいな」
「スーも行きたいのです! そこに美味しいものはあるのですか? そんな予感がするのですよ!」
スーが目を輝かせ会話に入ってくる。
体全身で行きたいをアピールするスーはブカブカの制服を着ててとても可愛らしい。
というかマティアスってこういう人だったっけ? あんまり喋らなかっただけで、実はこういう人だったとか?
転生の後、性格に変化があったって言ってたから、それの影響なのかもしれないけど。
今のスーは、ぬいぐるみ好きの、腹ペコ少女になっている。
「スーちゃん、デパ地下があるから行ってみよっか。美味しいもの沢山あるよ」
「ほわぁ~」
美心にデパ地下がいかに凄いかを教わり、ヨダレを垂らしそうな口で、幸せな表情のスーは見ていて小動物のような可愛さがある。
間違いなく下で寝転がって背中をポリポリ掻くウサギより可愛い。
可愛いのはいいけど、スーは幼い感じがする。時々キリッとして影を落とすけど、まあ今世ではこういう性格なのだろう。今は完全に女の子だし、この性格で良いんだけどね。
「じゃあ、今度みんなで行こうよ。エーヴァ、アラさんも誘ってよ」
「ええ、伝えておきますわ。アラも喜ぶと思いますわ」
こうして5人でワイワイと楽しい昼食を過ごすのだった。
4人に囲まれ一言も喋っていない宮西は思う。
(居づらいヨ……)
* * *
放課後、美心は顧問の先生に挨拶して手芸部の部室を出ると、階段を下りて自分の教室へ寄る。
「あら? 美心も今帰りかしら?」
先に教室にいたエーヴァに声を掛けられ、誰もいないと思っていた美心はちょっと驚いてしまう。
「あ、うん。顧問の先生に課題提出して帰るつもりが、ちょっと話し込んじゃってね。エーヴァも今から帰るんだ?」
「ええ、担任の
と言っても、ただお喋りするだけですわ」
「へぇ~、留学生も色々やらなきゃいけないことあるんだね。エーヴァも今から帰るなら、一緒に帰ろうよ」
「ええ」
美心とエーヴァは、他愛のない会話をしながら並んで帰る。その道すがら美心はふと足を止めると公園を見る。
「ちょっと前までこの時間、公園で遊んでいる子供たちがいっぱいいたのにね。最近事件が多いから遊ぶの禁止になったんだよ」
誰もいない公園にある、遊び相手のいない遊具は傾きかけた太陽の光を浴び影を伸ばそうとしている最中だ。その姿に、どことなく寂しさを感じてしまう。
「なにも変わってないように生活してるけど、本当は見ようとしていないだけなのかも……」
「それが悪いとは言わないけどな。ただ、いずれあたしらだけでは限界がくる。そのとき、いやでも現実を見なきゃいけないときに、美心みたいな人間が多いと助かるがな」
美心の隣に並んで公園を見つめるエーヴァは、少し寂しそうに呟く。その姿に少し見入ってしまった美心は、エーヴァに背中を軽く叩かれ我に返る。
「頼りにしてますわよ。さ、暗くならないうちに帰りますわよ」
いつもの雰囲気のエーヴァに促され帰路へつく。エーヴァと別れ背中に暖かい痛みを感じる美心は道すがらにある小学校を、グランドの金網越しに見る。
公園と同じく、この時間ならグランドではスポーツクラブの野球や、サッカーをする子供たちで溢れていて、端にある遊具で遊ぶ子供たちなんかもいたが、今は誰もいない。
「今、だれかいたような?」
校舎の間を走る小さな影を見つけ、目を凝らすと男の子たちが数人走っているのが見える。
最初は必死で逃げる姿に鬼ごっこかとも思った。だが遠目に表情は分からないけど逃げ方に違和感を感じてしまう。
逃げる男の子たちの後ろに、夕日に当てられ大きく伸びた八本足の影が見えたとき美心は息を飲む。
スマホを取り出すと圏外で、画面にノイズが走っている。
「れ、連絡……」
走って詩の元へ行こうかとも考えたが、目の前の男の子たちの姿を見たら、足は学校の入り口を探し走っていた。
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