第122話:指揮するもの

 大きなサルと、自分たちより幼い少女が戦う状況に理解が追い付かないが、その少女が吹き飛ばされたことは、自分たちの命の危機だということが、今理解できた。


 拳一振りで数人が命を落とすような攻撃に向かい、戦っていた少女。それがいかに凄いことなのか、身をもって知らされたわけだが、それ故に多くの隊員の闘争心は失われていた。


 それでも数人の隊員が銃を手に持ち走り、金色のサルたちに向かって撃ち始めるが、照準を定めることを許してくれない動きは新たな犠牲者を生む。


 額から血を流し、項垂れたままのエーヴァが、激しい銃声にゆっくりと目を開ける。


「起きたぞ! おい、きみ大丈夫か?」


 エーヴァの元に向かっていた数人の自衛隊員が駆け寄ってくる。衛生班の人たちらしく、腕の赤十字マークが目に入る。


「ちょっと見せてもらうよ……見た目の出血より傷は浅いな」


 血を拭き取り消毒する隊員たちに、少しぼんやりした表情のエーヴァがポツリと呟く。


「落ちてたか……悪いが、今の状況を教えてくれ」


 先程の仲間に起きた惨劇を目の辺りにして、サルの強さを理解している隊員たちは、華奢な少女が原型を保っているだけでも驚きなのに、普通に喋ることに更に驚く。


「謎のサルと交戦中だが、正直このままでは全滅だろう。きみが何者か分からないけどここは逃げるんだ。きみならあれを倒せるんだろ。怪我を治して、いつか倒してくれればいい」


 隊員が止血し、額にテープを貼ると、エーヴァは手元にあったのミローディアを手にする。フルートも探すが、飛ばされた衝撃で落としたらしく見当たらない。


「すまない、助かった。今からあいつらを倒しにいく。あんたら衛生兵は下がって、救護の準備をしててくれ」


 それだけ言うとエーヴァは、起き上がる。その回復力に再び驚く衛生班の人たちを後に、戦場へと飛び込んでいく。


 混乱を極める2匹のサルとの戦闘。戦闘と言えば聞こえはいいが、実際にはサルによる一方的な殺戮であった。

 一部の隊員による奮闘によって闘志を奮い立たせ、戦闘に加わるものたちもいたが、座り込み目を瞑り、この悪夢が終わることを祈るものたちもいた。


 ドォォォン! っと空気を低く震わせる音が響き、サルも隊員たちもその音に注目する。

 魔力による爆発によって起きた音の中心にいるエーヴァが叫ぶ。


「今からあいつらを倒す!! 戦える者は手伝いやがれ!」


 倒したと思っていたが、再び戻ってきたエーヴァにサルたちもターゲットを移す。

 エーヴァが横に振り投げ飛ばしたミローディアを、首に口があるサルは、腕を交差し受け弾くが、駆け寄ったエーヴァはがら空きの腹を蹴り飛び上がると鼻を蹴る。


 弾かれたミローディアを空中で受け止め、空中でバク転しながら振り上げ刃先を腹部に突き立て斬り上げる。

 傷は深くないが飛び散る鮮血を見て、今まで絶望しか見えなかったこの戦いに勝てるかもしれない! そう希望が見えてくるのを隊員たちは感じる。

 この少女を手助けすれば、自分たちは助かるかもしれないと。折れた心を気力で起こし、立ち上がると銃口をサルに向ける。


「いいかお前ら!! あたしだけでは勝てない! お前らの助けが必要だ! 牽制を頼む! それと、あたしのフルートを見つけたら寄越してくれ!」


 首に口のあるサルと、金色のサルの攻撃を受けながら叫ぶエーヴァ。その声に奮い立たされた隊員たちが銃を構え、金色のサルを撃ち始める。


 サルたちも、エーヴァの戦闘しながら弾を避けるのは難しいらしく、体に銃弾を受けてしまう。

 硬い毛と肉体に阻まれ、銃弾は表面を削るだけだが痛みはある。怒った金色のサルが隊員たちの方に体を向け吠える。一瞬身を引く隊員たち。


「よそ見してる場合じゃねえだろうが!」


 背中を大きく斬り裂く、ミローディアの一撃に金色のサルが大きくよろける。エーヴァの後ろから首に口のあるサルが向かって来るが、隊員たちの銃弾に牽制され、鈍ったところを振り上げられた斬撃が襲い胸元から血が吹き上がる。


 この光景に隊員たちは声に出さないが、気持ちが湧き立つ。このまま行ける! 大きな鎌を振るい未知の敵に向かう少女の姿に希望を感じ座り込んでいた隊員も立ち上がり銃を手に持つ。


「やりゃあ出来るじゃねえか。その調子で頼むぜ!」


 見た目と、乱暴な言葉遣いのギャップなんか気にならない、声を掛けられたことによって更なる闘志がみなぎる。

 最初はバラバラで攻撃していた隊員たちも、徐々に班を作り指示を出すものが現れ、洗練された動きを始める。

 元々訓練された人たちの動きは徐々に噛み合っていき、エーヴァを的確にサポートし始める。


 1人の男が手に持ったフルートを掲げ叫ぶと、それを見たエーヴァが投げろ言わんばかりに手招きをする。

 投げられ宙を飛ぶフルートがエーヴァの手に収まると、リッププレートに口をあて、息が歌口に吹き込まれ演奏が始まる。


 突然の演奏に皆が一瞬、何事かと注視するが、周囲に溢れ始める五線譜の泡を見て、それが何かは分からないが、自分たちの勝利に導くものと確信し、エーヴァの演奏を援護する。


 物悲しさの中に力強い曲調の演奏が響く中、銃弾が飛び交う。異様ではあるが、その不思議な空間に隊員たちは高揚感を感じてしまう。


 銃弾に守られながら終えた演奏に深々と礼をするエーヴァ。


「『追憶の戦禍の中で』聴いていただき、ありがとうございますわ。そしてこのままお前を地獄へ落として差上げますわ」


 お辞儀が終わると同時に切られる🎼ト音記号を皮切りに、弾け始める泡。

 瞬時にサルに詰め寄ったエーヴァが振り下ろす斬撃は、首に口があるサルの硬くなった腕を浅くだが斬り裂く。

 今まで切れなかったものが切れる、それに驚く首に口があるサルは、次の斬撃で自分の腕が飛んだことも気付かず、ミローディアの柄でこめかみを強打され頭が大きく揺れ、足がふらつく。


 エーヴァの猛攻を止めようと向かう金色のサルに、隊員たちの放つ銃弾の雨が集中し身動きを封じる。


 曲が進むにつれエーヴァのスピードは上がり、鋭さは増し、威力は上がる。その斬撃になす術なく斬られ、最後に胸元に突き立てられるミローディアの刃。

 胸に刺さったミローディアを抜こうとする首に口があるサルの耳に響く旋律は、体の芯から震わせ、体内にいる本体を弾けさせる。


 エーヴァは、ゆっくり崩れ落ちるサルからミローディアを抜くと、金色のサルに向かって微笑み、可憐にお辞儀をする。


 隊員たちの短く太い歓声が上がる。


 その様子に激昂する金色のサルが唸り声をあげ、銃弾の中を走り抜けエーヴァに向かっていく。


 隊員たちの必死な銃撃も無視し突っ込む金色のサル。その迫力に皆の胸に再び不安の影が過るが、それを払拭する戦場に似つかわしくない明るい声が響く。


「お待たせエーヴァ! こっからは私がやっちゃうよ!」


 金色のサルの前に軽やかに降り立つ猫巫女は、二本の刀を構える。

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