第119話:契約の代償
木々の間を幾度となく爪と、爪がぶつかり合い火花を散らす。
その隙間に糸が飛び交う。それはシュナイダーの攻撃範囲を狭め、蜘蛛の攻撃範囲、攻撃パターンを広げる。
シュナイダーと蜘蛛、双方にとって同等、いや、シュナイダーは宙を走れる分有利だったはずだが、四方に張られる蜘蛛の糸に、その有利性が逆転し始めていた。
「ちっ! あいつらは糸を歩けるのに、俺には引っ付きやがる。それに糸の強度が増してきてるな、いまいましい! 地味だが進化してるってことか」
シュナイダーが張られる糸に対し、まずやったことといえば、切断と焼却である。
風で斬り、火で燃やす。序盤はこれで難なく有利性を保っていたが、糸が切れにくくなっていく。そのうち耐火性がついたのか、燃えづらくなる。
「森ごと全火力で燃やし尽くすか。やられてはどうにもならんしな……。
ん? なんだこの地響きは?」
毛先に炎を灯し、炎を纏おうとするシュナイダーは大きな地響きを警戒する。
それは蜘蛛も同じのようだが、地響きとはまた違ったものに警戒しているようで、シュナイダーよりそっちに殺気を向けている。
日は高いが、森の木々は繁っていて薄暗い。その暗闇に白い点が見えたと思うと段々と近づいてくる。それをシュナイダーは、目を凝らして見る。
【どいて! どいてえぇ~!!】
「何が木々が邪魔して攻撃しにくいですかぁ! ウソなのです!」
シュナイダーに向かって走ってくる、思月と白雪の後ろで地面が盛り上がり、木々が根本から倒れていく。
シュナイダーとすれ違いざまに、思月と白雪が、シュナイダーの耳にチョンと触れて走り去る。
「任せたのです!」
【パスよ、パース!】
「な、なにを、任せ……なんだあれはっ!?」
自分などはともかく、車くらい余裕で飲み込めそうな大きな口を広げ、シュナイダーを飲み込まんと突っ込んでくる蛇がシュナイダーの眼下に迫る。
シュナイダーは首を下げ、地上すれすれに吹き抜ける風を鼻先で掬うと、その場で首で弧を描き風を上へ上げる。そしてそのまま、ふんわりとその場で回転しながら尻尾で風を撫で、円を描き大きな球状に吹く風を生み出す。
球状に吹く風に蛇は噛みつくが、その大きな球に一瞬だけ、蛇は口を開いたまま閉めることができなくなる。
その一瞬、風を頭から両肩に集め身を引き、勢いよく身を前につき出すと、集まった風は大きな槍の穂先となり蛇の口の中を貫く。
盾と槍を併せ持つ、『
血を吹き出しながら叫び、大きく身を反らし、そのまま後方へ倒れるとのたうち回る。
「おぉ~、すごいのです」
【ね、任せて正解でしょう】
2人の言葉に、耳をピクピクっと動かすシュナイダーは、蛇と蜘蛛を警戒しながら、チョコチョコと背中を向けたまま尻尾を立てて、後ろに下がってくる。
「ご、ご褒美! ご褒美はありますか!? あいつを倒したらご褒美とかっ!」
「ご、ご褒美? えっとまあ、ちょっとくらいなら大丈夫なのです」
尻尾をブンブン振りながら、ハアハアと荒い呼吸をし、血走った目で垂れるヨダレを前足で拭うシュナイダーの圧に思わず頷く思月。
「っしゃあああぁぁ!! 足! 足を舐めさせていただきます!! 御褒美いただきます!! そしてありがとうございます!」
「え、うえっ!? ま、待つのです! ご褒美って餌とか……」
喜びを爆発させ風のように走り去るシュナイダーの背中に呼び掛けるが、最早聞いてはいない。
「白雪~、ど、どうすればぁ」
【諦めて舐めさせたらどう?】
白雪のアドバイスを受け、少しその未来を想像してしまったのか、それを振り払うように必死に首をブンブンと横に振る思月。
「こうなったら、スーが上でうろうろする奴らと、蛇とイヌコロを倒すしかないのです。
白雪との合体を使うと動けなくなるのですが、背に腹は変えられないのです! 白雪、いくですよ!」
【動けなくなったらダメじゃないのよぉ~。しかも倒す敵増えてるわよ。落ち着いてスー、まずはコイツらから、やらないと】
スーと白雪の頭上に張った、蜘蛛の巣を歩く2匹の蜘蛛を見上げ、思月は静かに構える。
隣の白雪も思月に合わせゆっくりと構える。
ピタリと背中をくっ付ける、思月と白雪。思月は、静かに張り巡らされた糸を見つめる。
蜘蛛たちが歩く糸は、縦横無尽に見えてパターンがあり縦に走る糸、その糸を跨いで横に走る糸。
よく見る蜘蛛の巣より綺麗な形ではないが、縦と横に走る糸を見て背中をつける白雪に話しかける。
「縦と横で、糸の形状が微妙に違うのです。直接飛ばしてくる糸はどうか分からないのですが、攻撃の起点になるかも知れないのです」
【え~、形状違う? 白雪分かんないけど】
「縫製工場で働いているスーの、糸を見る目に間違いはないのです! 直に攻撃が当たれば問題ないのですが、策はこうじておくのです。
枝、葉を落としながら攻撃していくのです」
【りょーか~い!】
蜘蛛と睨み合いながらの短い作戦会議の終了と同時に、左右に弾ける2人は、木を蹴りながら器用に糸と糸の間を潜り、急旋回を繰り返しジグザグに動き、蜘蛛に迫る攻撃を繰り出す。
だが蜘蛛たちは、糸の上を滑るように移動しながらあっさりと2人の攻撃を避けていく。
糸の上では蜘蛛たちの方が有利かつ、糸に触れないように移動する思月たちの制限される攻撃、突き、蹴りは蜘蛛に当たることなく空を切り続ける。
思月たちが移動の際に、蹴る木は大きく揺れ葉っぱや、小さな枝、実、虫などを降らせる。
それらは蜘蛛の巣に落ち、蜘蛛の糸に引っ付いていく。
「白雪!」
思月の声に白雪が木を蹴り高く飛び上がる。それを追いかけ、思月も木を蹴り飛び上がると、空中で反転し、白雪が膝を曲げ、見せる足の裏に自分の足の裏をつけ、自分も膝を曲げる。
タイミングは完全に同時! 2人が膝を伸ばし空中で弾け、思月は蜘蛛の巣めがけ青白い線を引き高速で落下する。
『
葉や枝が引っ付いていない一本の糸に向かって放つ攻撃は、糸を大きくしならせる。そのしなる糸の真上にいた一匹の蜘蛛が反動で跳ね宙に浮き上がる。
突然の出来事に、焦る蜘蛛の頭の真上に落ちてくる白雪の蹴りは、宙に浮いた蜘蛛を再び巣へと叩きつける。
叩きつけた衝撃で大きく揺れる巣に、もう一匹の蜘蛛は落とされまいと、必死にしがみつく。
【終わりねっ】
白雪に押さえつけられ、しなる巣に埋めた顔を上げた蜘蛛の八つの目に映るのは、粘着しない糸の上を揺れをものともず、走って青白い光を運んでくる者の姿。
「終わりなのです! 『
目映い光を放つ魔力の固まりは蜘蛛の顔面を陥没させ、外皮を這い柔らかい場所を切り裂いていく。傷口から侵入した魔力は体内を駆け巡り内部を破壊する。
それからは中に潜む寄生生物も逃げることができず、魔力に焼かれ死滅する。
蜘蛛は傷口から青白い光を放ち、力なく地上へ落ちていく。
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