第118話:森へ向かって

 思月はベッドの上にあった大きなクマのぬいぐるみを手に取る。クマのぬいぐるみは、あちこち切り裂かれ綿が飛び出ていた。

 手はちぎれかけ、持つとぶらんと吊るされたようになるが、すぐに糸が切れ体が転がってしまう。

 クマの体を丁寧に拾うと、ベットに寝かせ、ちぎれた腕を横に置くと、頭をそっと撫でる。


 この家の2階にある部屋は、女の子の部屋だったのだろうか、可愛らしく飾られていたようだが、今は窓は割れ、壁は裂け、物が散乱している。


【人の気配はないわねえ】


 思月は白雪の問いかけには答えず、壁についている血に触れる。


「あのとき……」


【スー、昔は昔。マティアスは怒りに身を任せ失敗したんでしょ。今のあなたは思月、そうでしょ?】


 思月は白雪の静かな声に驚き口をポカンと開けたまま見るが、口を閉めると静かに頷く。


 そのとき、パーン! と遠くの方で連続して、破裂音が響く。


「あっちは詩の方向なのです。いくのっ!?」


 思月が喋る途中で、家が大きく揺れ、屋根からメキメキと嫌な音が響いたと思うと、そいつが天井を破壊しながら突っ込んできて、思月と白雪を丸のみしようと大きな口を開き襲いかかる。


 窓を突き破り、外へ飛び出す思月と白雪。道路に着地すると同時にそいつは、家の玄関周辺を突き破り突っ込んでくる。


「蛇っ!?」

【蛇よ! 大きいわよ!!】


 全長は見えない、その巨大な体を滑らせ、障害物を器用に避けながら襲いくる蛇の攻撃を、左右に別れて避け、頬辺りを2人で同時に蹴る。


 2人の足に挟まれた蛇は体を大きく振り、思月たちをはね飛ばすと、ズルリと体を地面に擦らせ、飛んでいく白雪に向かって飛びかかる。


【わたしぃ!? うひやっとお!】


 白雪が空中でカーブミラーの支柱に手をかけると、ぐるんと回り、蛇の口を避けつつ顔の横を蹴る。


 白雪に蹴られ顔を横に反れた蛇に、屋根の瓦を砕きながら猛スピードで突っ込んでくる思月。その手は青白く輝き激しい光を放つ。


兎的手トゥダシォゥ


 魔力を込めた拳の一撃は鋭く蛇の顎を打ち、鱗の破片を舞い散らせるなか、頭を激しく地面に激突させる。

 蹴ったまま思月の元に来た白雪と、手を繋ぐ2人は倒れた蛇を睨みながら、魔力の調整とチャージを行う。


「まだなのです」

【だよねぇ~】


 それだけ言い合うと、弾けるようにし左右に別れ、蛇へ向かう。

そのときを待っていたかのように蛇が目を光らせると、長く太い体を大きくうねらせ暴れ始める。

 土ぼこりを上げ建物や、停めてある車などに体を激しくぶつけ破損させていく。


 土ぼこりの中に身を隠し走る思月に向かって、蛇は執拗に攻撃を仕掛ける。攻撃から逃げようと、塀の影に滑り込み身を隠す思月を的確に捉え、頭上から襲ってくる。


「スーの動きが見えてるのですか?」


 避けつつ放つ蹴りを当て、逃げる思月の方に顔を向ける蛇の頭上に、白雪が両足で蹴りを放つ。

 衝撃でガクンっと頭を下げた蛇は、すぐに上を見るが、白雪は既に逃げて物陰に隠れる。


 長い舌をチロチロと出して白雪を探すが、すぐにあきらめ、思月の方へと向かって体をくねらせ移動を始める。


【白雪はすぐに見失うのね】


 白雪は首を傾げるが、すぐに蛇の後を追いかける。


 体をくねらせ蛇行する蛇が何度目かの突進を繰り出したとき、思月は家の壁を駆け上がり、宙に飛んで攻撃を避ける。

 避けられた蛇が壁に激突する真上に、青白く光る足で蹴りを入れると、大きく体を跳ねさせ頭が地面にめり込む。


 そこに、白雪が上から蹴りを入れ、追撃し更に深く沈む蛇は、口から血を吹き出す。


【やった?】

「浅いのです! 骨が砕けた感触がないのです!」


 蛇が体を捻ると、全身をドリルのように回転させ、頭の上に乗る2人は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


【いたっ!?】


「ぐっ! ……へ、蛇はどこに!?」


 蛇の姿を探し辺りを見回す思月が、地面の揺れを感じゆっくり下を見る。


「ま、まさか……下なのですか」


 思月の足元にヒビが入ると同時に駆け出すと、先ほどまでいた場所が破裂し、蛇の頭が回転しながら飛び出してくる。


 蛇は体を途中まで出すと、出てきたときとは逆転方向に回転を始め、地下へ潜っていく。

 またすぐに揺れ始める地面にから走って逃げる思月。

 それを追う蛇は何度も地下から飛び出してきては潜ってを繰り返す。


 家の屋根に上っても、家を突き破り飛び出してくる。

 屋根の上から転げ落ち、そのまま走って逃げる思月の横に、白雪が走って来て並ぶ。


【大変そうね、スー】


「な、何でスーばかりくるのですか!?」


 白雪は、さぁ~と両手を広げ肩をすくめる。


【宮ちゃんに聞けば分かるかもね。まっ、無事帰れたらだけどね】


「白雪、他人ごと過ぎるのです。何か考えるのです!」


【もー、そんなに怒らないの。そうねぇ、このまま走って森へ突っ込むのはどう?

 木が邪魔して、下からの攻撃を防ぎやすそうだし。

 それから毛むくじゃらな殿方に、お任せするのもありかもよん】


 口元を押さえ、くっくっくと笑う白雪。


「なんて悪い声を出すのですか……。でもありかもしれないのです。

 この蛇に対してスーの攻撃は、相性は悪いのです。斬撃を持つシュナイダーの方が、向いているかもしれないのです」


 どの道、森へ逃げるのが得策と、スーと白雪はシュナイダーの魔力を目指し走り始める。

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