女神のお仕事っす

第112話:女神は多忙なんすよ

 大理石の床がどこまでも広がり、白い天井には赤い蔦のような模様にきらびやかなシャンデリアがぶら下がり、床と同じく無限に広がる。

 壁はなく果てしない空間。

 その空間に、シルマは彼女のサイズに合っていない、大きな椅子の上に座る。


 棒付き飴の棒をピコピコ、頭上のアホ毛をピョコピョコ。

 目を瞑り、両方のこめかみに人差し指をあて、むんむん唸っている。


 アホ毛のピョコピョコが止まると静かに目を開く。


「ふぅ~、完璧な神託だったっす」


 ひとしきり腕を組み、うんうんと頷き満足すると、大きな椅子から跳びはねて降りる。

 金の刺繍が施された、だぼっとした白のワンピースと、腰まである赤い髪をヒラヒラさせ歩くと右手をかざす。


 何もない空間に赤い線が入り、その線の上にある四角い部分を摘まむと下へ引っ張る。それは大きなファスナーを開けたように見える。

 開いた空間にピョンと入り姿が見えなくなると、ファスナーは閉じ元に戻る。


 誰もいなくなった空間にポツンと大きな椅子だけがある。その椅子の背もたれに大きな紙が貼ってある。


『シルマ、外出中。ご用の方は待っててっす。お急ぎの方は✕✕ー○○◎ー△◎✕へ、眷属オルドが対応するっす』


 デフォルメされた、シルマのイラスト共に紙が貼られていた。



 * * *



 広大な土地に、これでもかと建物が密集した場所。平たい土地にはもう建てきれないからだろうか、空中に地面が浮きそこにも建物が密集して宙に浮かぶ階段で地上と、各浮遊した土地に繋がっている。

 よく見ると、地下に通じる穴も空いており、そこから人が行き来するのが見えることから地下にも建造物が広がっていることが推測できる。


 その街の一角に赤い線が入ると空間が開き、シルマが飛び出てくる。


「相変わらずごちゃごちゃしたとこっす」


 ぶつぶついいながら、人でごった返す道を歩くと、あるお店の前で足を止める。

 お世辞にも綺麗とは言えない、古い建物の上に大きな看板が掲げられているが、錆びてよく見えない。

 シルマが中へ入ると、ところ狭しとお菓子が積み上がっている。


 シルマの存在に気付いたのか、薄暗い店内から出てきた人は、背の低いシルマと変わらぬ大きさの老婆。顔に刻まれたシワは深く、その表情を伺い知ることを困難にさせている。


「おばあちゃん、いつものヤツを私のところに送って欲しいっす」


「あぁ、いつものですねぇ。三千個程度でよろしいですかねぇ」


「そっすね、新作の味があれば入れておいて欲しいっす」


「はぁい、承りました」


 深々と頭を下げる老婆を後に、ホクホク顔のシルマが店を出ると、腕を組み仁王立ちする人物が行く手を塞ぐ。


「あんた、飴、食べ過ぎっ! 死ぬわよ」


 店から出てきたシルマを待ち受け、声を掛けるその相手は、シルマと同じ燃えるような赤い髪の毛の少女。

 ただ、ボンヤリしたシルマに対し赤い瞳の目は鋭く、顔のパーツから気が強そうなのが伝わってくる。


 服装も白を基調としながらもスカートは短く、白と赤のボーダーのハイニーソックスを穿き、胸と腰のやや大きなピンクのリボンが飾ってあるなど、随処に拘りが見える。


「おぉ、スピカ。久しぶりっす」


「久しぶりっす、じゃないわよ。人を使っておいて何よその態度」


 ソッポを向き怒るスピカ。右足の裏で地面をペチペチと叩きながら、時々チラッ、チラッとシルマを見る。


「スピカにはいつも感謝してるっすよ。頼りにしてるっす」


「そ、そう? それならそうと早く言いなさいよ。もぅ」


 手を握り感謝するシルマを見て、少し顔を赤らめながら嬉しそうにするスピカ。


「あんたに頼まれてた資料見付けたわ。ちょっと覗かせてもらったけど、どうするのこれ? あんたのお気に入りの人間に教えるの?」


「そっすねぇ、資料を見て決めるっすよ。案内頼めるっすか」


「任せなさい。私を誰と思ってんのよ。一瞬であんたごと連れて行ってあげるわ」


 胸を張りドンっと叩くスピカ。


「さすが、転移の女神っす。やっぱりスピカに頼んで正解っす!」


「ま、まあぁ、それほどでもあるけどね。じゃあ、早速行くわ」


 いつのまにか持っていた杖を振ると、円が4重になった白い魔方陣が地面に浮かび上がり、4重の円の上に書かれた3つの帯が、描かれた文字ごとゆっくり回転を始め光り輝く。

 2人は光に包まれ、やがてその光は弾ける。激しいそれは稲妻にも見え、光が消えた後には2人の姿はなくなっていた。



 * * *



 どこまでも上に高く天をも貫く摩天楼の中に、白い魔方陣が現れ弾けると、シルマとスピカが現れる。

 摩天楼の中は螺旋階段が天高く巻き、その横には壁沿いに本棚が遥か天空まで積まれ伸びている。

 本棚にはギッシリと本が並べられている。ここは『神の書庫』と呼ばれる。


 無限に広がる世界を把握するのは神とて容易ではない。各世界を手分けし監視する神々が得た知識をこの書庫にフィードバックし、自動で書籍が生成されていく。

 無限に増えていく書籍に対し、無限に積み上がる摩天楼は今も延び続けている。


「ほら、こっちよ」


 早く行こうと手招きするスピカに対し、だらぁと付いていくシルマ。


「待って欲しいっす、スピカ速いっす」


「あんた、スカート長すぎなのよ。短い方が歩きやすいから、あんたも短くしなさいよ。なんなら今度、その、一緒に、服買いに行ってあげないこともないんだから」


「う~ん、スピカみたいに可愛ければ似合うっすけど、私はだぼっと、だらぁっとしたのが好きっすから」


「か、可愛い!? そ、そんなこと言っても、その嬉しくない……んだから」


 シルマの言葉に顔を赤くするスピカは、テンション高く、スキップしながら前を歩く。

 やがて少し広い場所に出ると、スピカは止まり杖をかざすと魔方陣を3つ宙に展開する。


 その魔方陣からそれぞれ3匹の白い猫が本を咥え飛び出してくる。女神スピカの眷属、『カレイ』『シシャモ』『メバル』である。


「あんたたち、ごくろうさん」


 スピカに本を渡し撫でられると、にゃぉっ、と一鳴きし光が弾け消えていく。


「ほらこれ、重要そうなの3冊あったから、持ってきたわよ」


「ありがとうっす。スピカは本当に頼りになるっす」


 照れるスピカから、本を受けとり表紙の『惑星ベストラ』のタイトルを眺めると、無言で表紙を開き、目次を見る。


『惑星ベストラの消滅……ベストラ人の行動履歴』


 シルマが、ゆっくとページを開くと、白紙のページが広がる。だがすぐに、淡い光が輝き文字が浮かび上がってくる。


 シルマの赤い目が、浮かび上がる文字を追い始める。



 * * *



 ──長崎県


 オルドは仕事がないとき、趣味の観光に勤しんでいる。

 川に映る橋を眺め観光ガイドブックと見比べる。


『めがね橋』


 建造物と水面に映る虚像とが魅せる見事なめがねっぷりに、ご満悦なオルド。そんな彼の頭にピリリリリっと音が響く。


 着信である。


 オルドは頭をポンっと叩く。これ受話なのである。


〈こちら、甘味処『ガトーショコラ』です。いつもお世話になっております。

 シルマ様のお宅に、棒つき飴三千本の配送頼まれたのですが、ご準備出来ましたので、入金をお願いしてもよろしいでしょうか〉


 頭に響く老婆の声。オルドは慌て身振り手振りで通話をすると、急いで飛び立つ。


 神の世界は現金主義、キャッシュレスは浸透していないのである。

 旅行中でも、あるじの棒つき飴のため、入金手続きへ飛び立つのだ。






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