4人を中心に集まる人達と近寄る影
第108話:ちょっぴり平和な日常
通称『地盤沈下事件』と世間では言われている、戦いの後一番大変だったのは、美心の機嫌を直すことだったりする。
あの夜、現場にいなかったことに加え、宮西くんの活躍を聞き不満であった。
実際、現場に来ない方が正しいし、私としては助かるのだが。
美心としてもそこは分かっているけど、自分だけ何もしていない感じが嫌らしい。
プリンパンを献上しても、ちょっぴり納得のいかない、彼女の機嫌を治してくれる救世主は突然現れた。
私と美心、エーヴァと3人で帰っていたとき、大きなウサギのぬいぐるみを背負った少女スーが、お肉屋さんのおばちゃんに小さな体をいっぱいに使って会話して、コロッケを買っていた。
「うはぁ~、コロッケ美味しいのです~。これで100円は、お得過ぎるのですよ!」
小動物みたいにコロッケをかじるスーの表情は、幸せいっぱいだ。
背中で【白雪も食べたいのよぉ~】って声がするけど、私とエーヴァにしか聞こえていないと思う。
っていうか、なにか食べるのあのウサギ?
「スー、あんたどこ行ってたの?」
ホクホクのコロッケを頬張るスーに声を掛けると、大きな丸い瞳を向けてくる。
あの日の夜に会った、冷たい瞳ではなく優しい丸い瞳は、金色に輝く温かな満月を感じさせる。
「あっ、詩とエーヴァ。どこって、病院なのです。スーは海から病院に搬送されたのですから、病院に戻るのが普通なのです。
スーがいなくなったらお医者さん、ビックリなのです」
「病院? 初耳だけど、どこか怪我してたの?」
「海でマグロを仕留めていたら怪我したのです」
マグロ? 漁かなにかやって怪我したとか? スーは漁師なのか? そもそもスーって、何処から来たんだ?
疑問渦巻く中、船の上で釣ったマグロがビチビチ跳ね、一生懸命取り押さえようとするが、尾ひれにビチビチとビンタされる、そんなスーの姿を想像してしまう。
想像出来すぎて笑いそうになる。
「ねーねー、この可愛い子だれ? 私にも紹介してよ」
美心が興味津々といった感じで、話に入ってくるが紹介と言われちょと困ってしまう。
よくよく考えると、私はスーのことをよく知らない。
「一度、みんなで集まって、自己紹介をしてみてはいかがかしら?」
ここでエーヴァが、ナイスアシストしてくれる。
「そうそう、一回みんなで集まろうよ。ほら美心も改めて紹介したいし」
この言葉に美心のテンションも上がったらしく、大きく頷いてくれる。
そんな私たちの後ろで、スーがエーヴァを怪訝そうな顔で見ながら、
「エーヴァ、どうしたのです? 喋り方おかしいのです」
「なんのことかしら? わたくしは、最初からこうですわよ」
「いいや、おかしいのです。もっと乱暴で、雑で、めちゃくちゃで、豪快な喋り方していたはずなのです」
「いったい、どういう目で、わたくしを見ていたのかしら? それを言えばスーもおかしいのですわ。マティアスはそんな喋り方してませんでしたし、なんだか幼くありませんかしら?」
「こっちに来て、物心ついたときはもう、この喋り方になっていたのです。スーにもよく分からないのです」
「まあまあ、2人とも、その辺も含めてみんなで集まって、自己紹介しようよ」
スーにガサツとか、しつこい、人としてどうかと思うと言われ、こめかみに青筋が入りそうなエーヴァと、まだ追及したいスーの間に割って入り街中での戦闘を避ける。
「ねえ、その自己紹介に私は参加できる?」
皆が一斉に声の方を見ると、帽子にサングラスの女性が立っていた。誰か分からないで戸惑う私たちを見て、悪戯っぽく舌を出しながらサングラスを取る。
「あっ、黒田さん!」
「そそ、黒田さんです。お久しぶり。へぇ~、本当に普通の学生なんだ。ふ~ん」
黒田さんは私たちの周りを、回りながら興味深そうに見てくる。
「こちらのお嬢ちゃんは、初めて見たけどあなたも戦うの?」
美心に興味を示した黒田さんに対し、美心は胸を張って答える。
「私は、皆の衣装担当なのです! ただし、最近私の存在価値を疑っているところなのです……」
さっきまで胸を張っていた美心が、急に項垂れボソボソとお経のように文句を言い出す。
「だってさ、せっかく作ってもタイミング合わなかったらさ、着てくんないし。エーヴァに服作ったら着れないって断れるしさぁ。宮西のお面の方が役に立っているってねぇ。えー、えー、存在価値が危うい私ですよぉ~」
「し、仕方ないですわっ、流石にウエディングドレスを着ては、戦えないのですわ。あそこまでヒラヒラ、ふわふわと」
「え~、似合うのになぁ~。純白のドレスを返り血で染めたら、綺麗だよ」
あぁ! 美心の服の基準が、返り血が映えるかどうかになっている!? っていうかいつの間にウエディングドレスなんか作って、2人で合わせていたの?
落ち込む美心に、黒田さんもどう扱っていいか困惑している。
「すごいのです! 洋服作れるのですか!? スーもペット用の縫製工場で働いているのですけど、難しいのですよ。ウエディングドレス作れるの、尊敬するのです!」
スーが金色の目をキラキラ輝かせ、美心を見ている。その純粋な目を見て、瞳に光を取り戻した美心がスーに抱きつく。
「なにこの子、もう好き!!」
「好かれちゃったのです!」
楽しそうに抱き合う2人。美心の機嫌は直ったみたいだ。
「ねえ、マティアスってこんな人だったっけ?」
「いやぁ、違うと思うんだが、あいつ、あんまり喋らなかったからなぁ~ですわ」
首を傾げる私たちに、スーがなにか思い出したようで、尋ねてくる。
「そうなのです、ちょうど良かったのです。この辺りで安い宿を知らないですか?」
「宿? ああ、遠くから来てるの? 私はあんまり分かんないけど、黒田さんは知っていますか?」
近場のホテルの相場なんて知らないから、知ってそうな黒田さんにふる。
「そうねぇ、スーちゃんだっけ。予算は? あなた一人なの?」
「え~と、スーの全財産は……」
スーが古い鞄に手を突っ込み財布を出すと、ピッとお札を掲げる。
「これ一枚だけなのです!」
「せ、千円!?」
「お前、コロッケ食ってる場合じゃねえだろっ!!」
「あうっ!」
素に戻ったエーヴァがスーの頭を叩く。それを見て苦笑する黒田さん。
「そうね、とにかく色んなこと含めて、みんなで集まって話さない? 詩さんのおじいちゃんのところなんてどう?」
「あれ? なんで黒田さん、私のおじいちゃんってこと知ってるんですか?」
素朴な疑問。あの日の夜そんな話したっけ? おじいちゃんが、孫が心配だからとか言っていたからかな?
「それは、もう何回か会って話してるからね。あぁそう、宇宙防衛省の人も呼んでいい? あの人もいた方が情報は集まるかもよ」
ニコニコしながら答えてくれる黒田さんだが、なんか怖い。この人、色んなところにツテを持って情報を、集めやすくしてる気がする。
恐るべしジャーナリズム魂。
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