第106話:月下の悪魔
地下に作った王国に現れた侵入者に追われ、命からがら逃げてきたウージャスは、金色の鎧を見に纏い抜け穴を通り外へと出た。
人が作った通気孔を拡張し作り出した雑な穴ではあるが、今はこれが自分の命を救う穴になっていることは間違いない。
護衛のウージャスと山を走り逃げている途中だった。
カランカランッ!
一匹のウージャスが足に紐を引っ掛け、軽い金属音が鳴り響く。これが何かは分からない。分からないが本能が危険を知らせてくる。
ウージャスの触角が空気の揺れを感知し何かが向かってくるのを知らせてくれる。
そいつはまだ遠くここには──
ウージャスが触覚により感知した情報によると、相手との距離はまだ遠いと判断したにも関わらずそれは突然やってくる。
一匹のウージャスの胴体が切れ、上半身がキリモミしながら飛んで木にぶつかる。ズルズルと落ちていく上半身に、何が起きたかも理解できない別のウージャスの頭上に大鎌が振り下ろされると、そのまま地面に叩きつけられ割れる頭部。
暗い森の木々の葉の隙間から漏れる月の光に照らされ、鉄の放つ冷たく重い光が弧を描きウージャスの頭が飛んでいく。
複眼でとらえられないその動きは、触角が空気の振動で教えてくれるはずだった。だがこの敵は他の生物と違い空気の挙動がおかしく捉えきれない。逆にその振動に惑わされる。
ウージャスの動きは把握されているようで散り散りに逃げるが、確実に追い詰められ一匹づつ消されていく。
一匹のウージャス肩から斜めに切られ崩れる。このまま逃げてはどうしようもないと判断した数匹の銀色ウージャスが、攻撃に転じようと踵を返した瞬間、数本の先端が鋭い鉄板が飛んできて鎧で覆われていない顔面に突き刺さり、そのまま地面に崩れ落ちる。
仲間の断末魔が頭の中で響く、それでも金色のウージャスは逃げ続ける。数多くいたお供のウージャスのも減って、今はもう4匹しかいない。
──焦る
──焦る
──前も
──あった
──昔を思い出す……
銀色の閃光が円を描くと、2匹のウージャスの頭が飛んで地面に転がる。慌てて襲撃する敵に対処しようとするが既に姿は消え捉えきれない。
遠くで銀色の閃光が走るのが見えるとすぐに轟音を上げ、切られた大人一人分程度の大きさ木の幹が飛んでくる。
それは一匹のウージャスを巻き込んでそびえる木にぶつかり押し潰すと、木屑を撒き散らしながら宙を舞う。
宙に舞う木の幹に閃光が走り割れると同時に銀色ウージャスにも線が入り、縦に割れ体がズレて倒れる。
金色ウージャスが逃げようと背を向けたそのとき、アキレス腱部に鉄板が突き刺さり切れた腱は体を支えきれなくなり、無様に転がってしまう。
それでも逃げようと這いずり逃げるウージャスの鎧の上に、ガンッ! と大鎌の先端が置かれる。
「派手なだけでなく他のやつらより硬いか。見かけ倒しってわけでもねえんだな。でもまあ関係ないがな」
エーヴァが大きく鎌を振り上げると、金色の鎧に振り下ろす。鎌の先端に集められた魔力は空気を高速で振動させ、金色の鎧へ何度も何度も衝撃を打ち付け続け、やがて穴を開ける。一度空いた穴は簡単に広がり金色ウージャス体を貫通する。
地面ごと大鎌で突き刺され、うつ伏せで金色ウージャスが見上げるエーヴァは月明かりに照らされながらスカートの端を摘まみ、華麗にお辞儀をする。それは美しく確実な死を運んでくれる死神の姿。
「今宵は月下の演奏会にお越しいただき、ありがとうございます。あなた方にはもったいなきレクイエムをお聴きながら地獄へ落ちてくださいな」
エーヴァの演奏するフルートが奏でる澄みきった音色が山に響くと、金色ウージャスを始め鉄板やら木の枝が突き刺さったウージャスたちが次々と内部から破裂していく。
動かなくなった金色ウージャスの前に立つエーヴァ。
「お前らその触覚とやらで、匂いや振動を感知してるんだってミヤが言ってたぞ。それならあたしとは一番相性悪いな」
そう言いながら金色ウージャスに刺さる大鎌を抜こうとしたとき、素早く後ろを振り向くと手を振り何かを掴む。
手に握られた大きなミミズに似た生物。口には小さいながらもビッシリと歯が生えているのが見える。もがくそれはエーヴァに食らいつこうとするが、強く握られなにも出来ずモゾモゾ動くだけだ。
「気持ちわりいな。こいつが死んでないってことはこの金ピカはハズレか。やっぱ下にいるのか?」
エーヴァは手の中で空気を振動させ、寄生生物を破裂させると木の上へ上がり再び音を拾い始める。
* * *
気が付いたら水の滴る闇の中にいた。己の手を見ると茶色く細長い。
頭の中に響く声。
──調査……環境、食、生態系、文明……
──増殖、繁殖……
よく分からないが従っていれば問題はない。
──この世界を支配しているであろう生命体と接触交戦。とても弱く生命活動をすぐにやめる。
──補食……栄養価が高い。数も多いことから繁殖力も高い可能性。
──分裂した仲間からの信号が消える。他の仲間を介して送られてきた記憶。食料候補であるはずの生命体に殺される瞬間。
──それは1体だけではない。次々と消えていく分身体。圧倒的な力を誇り、見た目は他の生命体と変わらないのに、自分達はなにも出来ない。
──情報を元に進化を繰り返し分身体へ反映。それをフィードバックし再び自身に反映。
情報の処理能力を増やすため分身体の増加を図る。繰り返すうちに微妙に違う考えをする個体が現れる。手足の形が違うものが現れ、得意なことも違ってくる。
生命体がやっている壁を囲って住むことを決め作り出した自分だけの国……国?
1匹のウージャスは下水へを降り歩いている。
その姿は他のウージャスと違い胴はスマートで茶色ながらも密度の高い鎧を身にまとっている。手足も人に近い形状で、手には他のウージャスたちが持つものより立派な鉄の剣が2本握られている。
自分の作り出した国の崩壊を嘆く彼は角を曲がった先に1体の生命体が立っていることに気が付き足を止める。
その生命体は音を発する。会話? 何を言っているかは分からないが、自分の命の危機だとは理解できた。
「私が当たりかな? いい加減しつこいのよね。ここいらでサヨナラしちゃおっか」
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