第89話:潜るもの

 一匹の白地に黒ぶちのネコが庭を駆け回る。ヒラヒラ飛ぶ蝶々を捕まえようと必死にネコパンチを繰り出す姿は愛嬌があってかわいらしいものだ。

 前世は魔物のいる世界。あまりペットなどの概念がなかった。飼うとすれば食料の為の家畜か移動の為の馬か番犬くらいだったか。


[シュナイダー様、シュナイダー様! さっき蝶々に少しだけ触れましたよ!]


 興奮気味にネコが駆け寄って来ると右手の肉球についている鱗粉をどうだと言わんばかりに見せてくる。


「ほう、狩の才能があるかもしれんな」


[本当ですか!? 私もシュナイダー様みたいに戦えたりしますか?]


 目を輝かせ見つめてくるネコの首筋を鼻で撫でるとくすぐったそうにするネコ。


「戦うのはオレだけでいい。傷つき苦しむのはオレの仕事だ。みおはそんなオレの側にいてくれるだけでいい」


[はい、澪はシュナイダー様のお側にいます!]


 ゴロゴロ喉を鳴らしながら頭をシュナイダーにすり付ける澪。

 ご満悦なシュナイダーの頭上から声がする。


[シュナイダーさん、何やら町の端の方が騒がしく……って澪! お前またシュナイダーさんの邪魔して!]


 黒猫の巳之助みのすけがシュナイダーに町の異変を知らせにくるが、澪を見付けるとちょっと目を吊り上げ怒る。


[お兄ちゃん! 私は私の仕事があるの!]


 巳之助に対して文句を言う澪。いがみ合う兄妹の間にムクリと立ち上がったシュナイダーが割って入る。


「巳之助案内頼めるか? 澪は留守を頼む」


[はい、お任せを]

[いってらっしゃいませ]


 兄の巳之助と共に行くシュナイダーの背中に熱い視線を送る澪は小屋に入ると丸くなって大きなあくびを一つして昼寝を始める。

 その顔はとても幸せそうである。



 * * *



 テレビから緊迫した声が聞こえてくる。


『こちら緑町みどりまちのオフィス街の道路です。見てください道路が大きく陥没しています。ああ~数台の車が陥没した道路に落ちていますね。見えますでしょうか?』


【見て見て! 道路が陥没してるよ!】


「白雪、動いてはだめなのです」


 病院のベットで寝ている思月が注意するもウサギのぬいぐるみはうつ伏せに寝転がり肘を立て顔を手で支え足をバタバタさせながらベットでテレビを見ている。


 そんな姿にため息をついて天井を見上げる思月。


「まったく、白雪に力を引き出してもらって全力を出す度に体がガタガタになっていては戦える気がしないのです」


【まあまあ、そのなんだっけ? 鞘野詩って人に出会えばまた変わるんじゃない? サポートしてくれる人がいれば戦いかたも変わるっしょ。楽できるかもよん】


「楽できるって言い方は気になるのですが、スーは元々正面より不意打ちに長ける人だったのです。宇宙人の戦いでもスーが出来ることをやるしかないのです」


 ザザッ!! テレビの中のカメラにノイズが走る。スタジオの人たちが呼び掛けるが『映像が乱れたようです。大変失礼しました』その一言で片付ける。


【スーこの現象ってさ船の上でも無線の不調とかあったじゃん】


 テレビを見て興奮気味に訴えかけてくる白雪。


「同じなのかもしれないのです。すぐに向かいたいところなのですが今のスーは体を治すのが先なのです。というか動けないのです」


 口を尖らせる思月に白雪が寄り添うとトントンとお腹の辺りをリズムよく叩き始める。


【早く治すにはよく食べて、よく寝るのが一番! ささ寝るのよスー】


「いたっ! いたい! 叩くと傷が痛むのです!」


【ねむれ~ねーむれー♪ ね☆む☆れっ!】


 白雪の音程の外れた歌に包まれ思月は無理矢理眠りにつかされる。時間はかかったが。



 * * *



 黒田尚美くろだなおみは道路の陥没の中継に来ていたアナウンサーである。最近アナウンサーをやめたいなぁなんて思いながらもお仕事を頑張っている女性である。


 ここ最近世界各地で噂になっている怪事件。謎の生物を見たと言う話。リアルな話しに対して写真や映像が全くないので嘘じゃないかという意見も多い。


 尚美も正直信じてはいない……いなかったと言った方が正しいかもしれない。


 道路陥没の現地レポートをするためにきた。他局の撮影チームの姿も見える。陥没の様子の撮影を終えスタッフが探してきた一般人の目撃者に尚美がインタビューをする。


「どんな様子だったんですか?」


「突然地面が揺れて最初地震だって思ったんですけど突然地面が盛り上がってドオンって音がして今度は地面がへこんだんです」


「それはガス爆発みたいなかんじですっ!?」


 突然地面が揺れる。地震とは何かが違う小刻みな揺れ。


「カメラが動かないぞ」

「スマホも繋がんねえ、お前のは?」


 揺れと共にスタッフたちが慌てだし尚美がインタビューをしていた男の人も自分のスマホを取り出して画面を確認している。


「あれ? おかしいな。画面にノイズが……あっ完全に消えた。充電もあるのになんでだ?」


 みんなが慌てて取材どころではないこの状況を確認しようと中継車に向かって3歩ほど歩いたときだった地面の下から突き上げられ前に吹き飛ばされ転がる。


「いたぁぁ」


 尚美が頭を擦りながら目の前を見て息を飲んでしまう。

 さっきまで自分がインタビューをしていた場所が陥没してなくなっていたのである。インタビューしていた男性も撮影スタッフもみんないなくなっていた。


 大きく揺れ地鳴りが地面の底から響くと道路が大きく盛り上がってその頂点から太い爪を持った大きな手が現れ頂点に爪を掛けると茶色の毛に覆われた鼻の長い顔が地上に顔を出す。


 頭だけで1メートルはありそうだが、それに対し小さな目はよく見えないのか鼻をヒクヒクさせ匂いを嗅いで周囲を確認しているように見える。

 すぐにヒクヒクさせる鼻をピタリと止めると、鼻と下顎に2本づつ亀裂が入り、花が開くようにめくれていく。


 6枚の大きな花のように反った口の中心から長い舌が飛び出てくる。尚美の近くに倒れていた男性の体に巻き付き口の中央まで運ばれると花が閉じるように男性を包み込み咀嚼を始める。


 一瞬の出来事にただただ見ているだけの尚美だったが、


「おい! 逃げるぞ!」


 そう言って手を握り強引に立たせそのまま手を引き走る男性に、訳もわからず必死についていくのだった。

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