第90話:駆けつける犬は炎と風を纏う
尚美の手を引く男性が巨大な生物から離れたビルの影までくると2人で座り込む。
2人してゼエゼエ息をしながら天を仰ぐ。
「あ~きつい、
「え、ええ大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
男性はパタパタと顔を扇ぎ未だ乱れる呼吸で答えてくれる。
「たまたま近くにいて良かった。えっと」
「私
「黒田尚美? ……あ! あぁどっかで見たことあると思ったら
坂口が名刺を差し出す。この緊迫した状態で名刺を差し出してくる坂口の神経を少し疑いながらも尚美は受け取って書いてある文字を見て目を大きく見開く。
「宇宙防衛省……」
尚美の中でさっき地下から出てきた化け物とこの坂口の登場に繋がりを感じた瞬間だった地面が大きく揺れる。
揺れが収まったわずかな瞬間坂口が尚美の背中に手を回し強引に立たせると走り出すが地面が激しく揺れ下から突き上げる力に飛ばされ2人とも地面を転がる。地面が捲れ上がり山が出来その天辺からさっきの化け物が顔を出す。
鼻をヒクヒクさせ始める。地面に転がったままの尚美がさっきと同じくその化け物の顔が割れる様子を見ながらあれは補食行動であり自分はさっきの男性と同じ運命を辿るのだろうとぼんやりとこれからの運命を認識する。
ベチッ!
化け物に当たる石ころの軽い音に少し意識が戻る尚美の目に映る石を投げながら化け物を罵る坂口。
「おい! こっちだ」
石を投げながら尚美から離れるように動く坂口の方に開いた顔を向ける化け物。
「そうだこっちだ! ってどうするかなここから、ノープランだ」
じりじりと後退しながら打つ手ない状態に「今日合コンがあるからいけません」と断った小椋の爽やかな笑顔が思い浮かぶ。
(くそっ、思い出したら腹が立ってきた)
この局面で意外に冷静な自分に変な笑いが込み上げてくる坂口。
そんな彼の足元をうにゃあ~っと慌てた様子の黒猫が横切る。
(あの猫どこかで……)
黒猫に意識を一瞬移したとき上空からキィィィィィン! と空気を切り裂く音がしたかと思うとドォォォォォン! っと激しい音がし化け物は頭から煙が上げよろける。
化け物の頭からくるくると回転しながら上空から降ってきて坂口と尚美のちょうど間に着地する赤い毛並みの大柄な犬。
明るい日の元で見たその犬の姿に先日訪ねた鞘野家の犬で間違いないと確信を得る坂口の目の前で犬の毛が逆立つとチリチリと音を立て火の粉が散り始める。
全身が炎に包まれ炎の毛を纏う犬は地面を蹴ると軽やかに跳ぶと空中を駆け始める。
なにもない空間を炎を上げながら駆けていくその姿に見とれる2人。燃え盛る炎の塊は化け物の首元にぶつかると花火より低い破裂音を立て周囲に炎を撒き散らす。
頭を大きくのけ反らせる化け物だがグッと倒れるのをこらえると長い舌を鞭のようにしならせしつこく燃える犬は空中を蹴りながら避けていく。
その様子をただただ見ていた坂口に向かってしなる舌が襲いかかる。凄まじいスピードなはずなのにスローモーションに見えるその舌が突然空中で動きを止める。
「ぐうううっ!!」
犬が唸るというより人が唸っているような声を出す犬が空中で舌の攻撃を受け止めている。舌と犬の間には僅かな空間があり見えない何かで耐えているように見える。
舌の攻撃を維持したまま化け物は大きく外側に反り返った両手を上げ地中に半分以上埋まっている体を前向きに傾けると両手で地面を割り突っ込んでくる。
それは犬の方ではなく未だに倒れる尚美に向かって。
空中で炎が弾け火の粉が舞う中纏う炎を消した犬が回転しながら坂口の後ろに回り襟を咥えるとそのまま横に振って後方へ投げる。横に振る瞬間坂口の上空スレスレを化け物の舌が通過しすれ違う。
その後は地面にふんわりと落とされ転がる。その違和感に驚きながら前を見たときには犬の姿はなく地面を焦がすように走った足跡が残っていた。
尚美を咥え背中に乗せる犬が目前に迫る化け物を見る。
「ちっ、間に合わんか致し方無い」
風が激しく上空へ舞い上がると直ぐ様炎が混じり炎の分厚い壁が出来上がる。それは大きな盾のようにも見え、化け物の巨体を炎の盾が受け止める。
「盾系はあまり使いたくないポリシーがあるんだが、やり方はどうであれ使わせたお前を誉めてやる『
姿勢をグッっと低くするとバネのように跳ね左に横一回転する。炎は犬の動きに合わせ横に流れ円を描くと一本の渦を描く。その渦に力を反らされ体勢が崩れる化け物の左の背中に鋭利になった渦の先端が突き刺さる。
がぁぁぁぁぁぁあああっ!?
うなり声を上げ炎に包まれる化け物が穴の中へ逃げる。
「お嬢さん突然のことで申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
「え? ええ大丈夫です」
犬に話しかけられ困惑する尚美だが思わず答えてしまう。背中に乗せられまま坂口の元へ向かうと犬は倒れている坂口の頭をバシッと叩く。
「おい、男この方を連れて遠くへ逃げろ。あんまりウロウロするなよ」
そう言って尚美を降ろすと頭を下げるので思わず撫でてしまう。低くなった顔を犬がペロリと舐める。
「怖かったでしょう。綺麗な顔に涙は似合いませんよ。私はあいつを追いかけますのでこれで」
渋い声で告げる犬ことシュナイダーは背中を向けるとにやける顔を見られないようにしながら去っていく。
ポツンと残された坂口と尚美は喋る犬が
(女の子も良いが、女性はまた格別だな)
そんなことを考えているとは思わず、ただその背中を見送るのだった。
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