第87話:日本へ行くのです

 シャチの白雪を背負った思月が、漁師の人たちに告げる。


「スーが海に入り、沈んだ残りの錨をあいつに突き刺してくるのです。合図のあった錨から巻き上げをお願いするのです」


「ああ任せな!!」


 漁師のおじさんが答えると、思月はニコッと笑顔を見せ海に飛び込む。


「おい! おまえら、何があるか分からねえ嬢ちゃんの手伝いになれそうなことは準備しておけよ!」


「おう!!」


 気合いをいれる漁師の声が、海の中まで響いてくる。その声を聞きながら海に潜っていく思月は思う。


(なんでスーの背中に白雪がいるのですかね? 密着していれば良いわけなのですから、スーが白雪の背中に乗った方が見た目もいいと思うのですけど)


 必死にヒレを思月の首の前で組み、背中にすがる白雪に疑問を感じながらも錨の鎖を辿って巨大マグロの元へ泳ぐ。


 海の中に響く鎖が擦れる音に紛れ、水を掻き分け進んでくる音を思月が拾うと、鎖の間をくるりと旋回し、向かってくる何かを避けていく。


(触手? はて? 巨大マグロにそんなものがあったの……!?

 なんなのですあれは!?)


 思月が初めて見る巨大マグロの変化した姿。


 口が大きく十字の割れ、外側に捲れて開いている。その中心から触手を伸ばし思月たちに攻撃を仕掛けてくる。


 本体は数本の錨が刺さり、それぞれが別方向に引っ張るので、泳ぎ辛そうにもがいているようにも見える。


(そういえば、この間のコウモリも姿おかしく変化していったのです。この巨大マグロも変化した姿ということなのですか)


【うへぇ、あいつ気持ち悪い。でも体が変化出来るなら、今違う形になって錨抜けばいいのにバカだねえ】


 水の中で喋れない思月と違い、いつも通り語りかけてくる白雪の何気ない一言に同意しつつ、マグロの体が変化しないうちにと1つの錨を手にすると、巨大マグロの腹の下に引っ張り鎖を漁師のおじさんから借りた小さな鉄のハンマーで叩く。


 カンカンっと鎖を通して伝わる音を海上で鎖に聴診棒を当て音を聞いていた漁師が素早く手を上げると、スイッチの前に立っていた別の漁師がスイッチを押しウインチを回転させ鎖を巻き上げ始める。


 すぐにグッと海面に船が引っ張られ巨大マグロに錨の反しが刺さったことを知らせてくれる。

 この船の漁師たちはその事に沸き立ち錨を巻き上げつつ船のエンジンを回し、下にいる巨大マグロを引っ張っていく。


 一方水中では思月が触手を避けながら錨を手にして懐に潜り込むと、ハンマーで鎖を叩き合図を送り巻き上げてもらって錨を腹に刺していく。


 錨の爪が刺さりグオォォっと低い唸り声を発する巨大マグロが暴れ、海中を赤く染めていく。

 次々と刺さり巻き上げられる錨によって、徐々に海面へと向かっていく巨大マグロは、それを知ってか、自らの肉が裂けるのも構わず暴れ始める。


(あんまり時間はないのです。これで最後なのです!)


 暴れる巨大マグロの体に最後の1本が突き刺さると、ここまでのダメージと体力の消耗が激しかったのか、海面へと向かってぐんぐんと引っ張られていく。


【スーいくよ!】


 白雪が思月の背中から離れくるっと反転し、海底に潜ると助走をつけ、海面に向かう思月目掛け突っ込む。

 思月が足の裏で白雪の頭を捉えると、白雪が頭で海面に向かって押し上げ泳ぎ急浮上していく。

 一本の矢のようになった2人は巻き上げられていく巨大マグロを追い越し、海面を突き破るように海上に飛び出す。


【さらにぃ~、もう一段!!】


 海上の上に出て宙を飛ぶ2人は、白雪が空中で一回転し、尾ビレで思月の足の裏をグッと押し上げ、思月を更に上空へと押し上げ白雪は海面へと落ちていく。

 上空で右手に力を込める思月は、海面に浮かび上がってくる黒い影を捉える。


 大きく海面が盛り上がり、そのいびつな姿を露にする巨大マグロを見て漁師たちにどよめきが走るが、それでも必死に船を全力で前進させ巨大マグロを引っ張り、海上に留めようとする。


 突然巨大マグロが身を捻り、大きく円を描き身を切り裂き血飛沫を上げながら錨の鎖を無理矢理引っ張り始めると何艘かの船が引っ張られ沈んでしまう。

 何本かの錨は外れ、抵抗の減ったことで巨大マグロは海の中に逃げようとする。


「網だ! 網を投げろ!! 投げて巻けええ!!」


 漁師の誰かが叫ぶと荒れる船の上で数艘の船から網が投げられ、逃げようとする巨大マグロを補足する。

 だがその事で網ごと引っ張られ更に数艘の漁船が沈んでしまう。


 空中にいる思月が全力で右手に力を集める。白雪によって引き出された魔力を溜めていくとその手に青白い炎のようなものが吹き出て舞い上がる。


「これで終わりなのです!!」


 青白い軌跡を空中から海面に向かって真っ直ぐ引き、海面で網が絡みもがく巨大マグロに掌底しょうてい を叩き込む。


 巨大マグロの体を青白い光が駆け巡り、内部を破壊していき、巨大マグロの傷などの脆い部分から光が漏れ始める。


 青く光り輝くその光景を漁師や船の乗客たちが見守る中、その光は一瞬大きくなり、その眩しさに周りの人々は目をつぶってしまう。

 次に目を開いたときには、動かなくなった巨大マグロの上に立つ思月の姿があった。


 思月に漁船が近付き、漁師のおじさんが声を掛ける。


「おい! 嬢ちゃん大丈夫か!!」


 思月は巨大マグロの上に立ったままおじさんを見るとニッコリ微笑む。その姿を見て漁師のおじさんがホッと胸を撫で下ろすと。


「はうっ」


 微笑んだまま倒れる思月。


「ああ!!?? おいみんなお嬢ちゃんを助けろ!」


 漁師たちによって、海に落ちそうな思月救出が始まる。白雪はその様子を見ながら最後の力を振り絞り漁船に飛び込む。


【あぁ~、白雪も限界なのよぉ~。こんな可愛い女の子が海に漂っているのにだれも助けてくれないなんて世知辛いわぁん……】


 誰にも聞こえない文句を言って、そのまま眠ってしまう。


 巨大マグロが倒されたことでレーダーや無線が復旧し、船体の信号ロストによる救援が近づいていたことも幸いし、船の上に運ばれた思月はヘリによって日本の病院へ搬送されることとなる。


 ヘリに搬送される前、船の甲板で応急手当を受ける思月にウサギのぬいぐるみを抱えた薫が駆け寄ってくる。

 お互いのぬいぐるみを交換し思月は申し訳なさそうに謝る。


「キューちゃんボロボロにしてごめんなのです」


「ううん、キューちゃんね、スーお姉ちゃんのお手伝いできて嬉しかったって言ってるよ」


「それは良かった……の……です……ありがとうなの……です」


 薫の言葉を聞いてガクッと眠る思月は白雪と共にヘリに搬送される。飛び立つヘリを背中から綿が飛び出てあちこち傷だらけになったシャチのぬいぐるみを大切そうに抱き締める薫は見送る。


 シャチのぬいぐるみ、キューちゃんに今度一緒にスーお姉ちゃんに会いに行こうって話しかけながら。

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