第84話:兎は大海を知る
今起きている状況が分かっていないのか、シャチのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる薫は、不思議そうに思月と白雪を見ている。思月は慌てて薫を抱えると、船体の影につれていく。
「薫、ここは危ないのです。船内に入るのです」
「お父さんとお母さんがどこにいるのか分からないから、探しにきたの。それでね、さっきね、外に出てきたらスーお姉ちゃんが見えたから来たの」
状況を把握できてなさそうな薫に、この現状を教えるべきか悩む思月に対して薫は、自立して2足で立つ白雪に興味津々のようで、ツンツンしている。
【くすぐったいのよぉ】
「この非常事態に遊んでいる場合ではないのです」
怒る思月の横で薫がシャチのぬいぐるみを白雪に押し付けて、ニコッと笑う。
「キューちゃんも動かないかなぁ?」
【ふにゃぁ】
「なんなのです! 変な声出さないでほしいのです!!」
【ち、違うのなんかキューちゃん触ったらふにゃあってなったのよ。こう吸い込まれるような】
白雪が恐る恐る手を伸ばし、シャチのぬいぐるみキューちゃんをツンツンと触る。へっぴり腰な白雪の姿が面白いのか、薫もキャキャいいながらキューちゃんを押し付ける。
今の状況とかけ離れたその様子に頭を抱える思月。
【ねえ、スー! 白雪、もしかしたら泳げるかも!!】
思月の肩をパンパン叩いてくる白雪が口元を押さえ、興奮してくねくねする。
「どういうことなのです?」
【多分一時的になら、他のぬいぐるみに移れそうなのよ☆】
薫の抱えるキューちゃんを、くいっくいっと指差す。
「もしそうだとしても、シャチのぬいぐるみだからって泳げるわけではないのです。それにぬいぐるみなので、海水を吸って沈むのが落ちなのです」
チッチッと人差し指? らしき指を立て、首と一緒に横に振り否定する白雪の隣で、楽しそうに一緒に指を振る薫。
そんな2人を見て真面目に悩む自分の方が、おかしいのではなかろうかと一瞬思ってしまう思月。
【スーちゃんさんよ。何で白雪が汚れないのか知らないのかしらん?】
「汚れ? ……あ!? 魔力の障壁展開による表面保護なのです。普通は皮膚にしか展開出来きず、服とかには出来ないのですが白雪はその体が皮膚として認識されていると……なるほどそれなら海水に沈むことはないはずなのです。でも、泳げるのですか?」
【そこは気合いよ! もう、ぶっつけ本番でいくしかないのよ】
思月は海を見ると、巨大魚が他の漁船を襲う姿が目に入ってくる。
(どのみち、この船も船体に穴を開けられば沈むしかないのです。そうなれば、スーも含め死は免れないのです)
思月が薫の手を取ると、薫は驚いた顔をするが、思月の見せる月のように輝く瞳に見とれてしまう。
ちょうどそのとき船体が大きく揺れ、倒れそうになる薫を思月が両肩を持って支えると、その瞳を一層輝かせ真剣に見る。
「薫、お願いがあるのです。そのキューちゃんを貸してほしいのです。今この船は悪い魚にいじめられているのですけど、キューちゃんならその悪い魚をやつけれるのです。力を貸して欲しいのです!」
「キューちゃんならその悪い魚をやっつけれるの?」
薫の問いに思月が頷くと、薫はキューちゃんの頭に口をつけて何やら話しかけると、キューちゃんの口を自分の耳に当て、うんうんとうなずき思月を見ると、ズイッとキューちゃんを渡してニコッと笑う。
「キューちゃんも任せて、って言ってるからスーお姉ちゃんお願い」
「ありがとうなのです。白雪お願いなのです」
思月がキューちゃんを受けとると白雪が触れる。
「どうなのです? いけそうですか?」
思月の問いに答える前に、突然白雪がパタンと倒れる。心配する思月が手を伸ばしたとき隣でキューが、ぴちぴちハネる。
【成功よん♪ いけるいける! 今の白雪ならどこまでも泳げちゃいそう☆】
「すごいすごい! キューちゃんが動いてる!!」
ぴちぴちしているキューを見て、歓喜の声を上げる薫にウサギの白雪を渡す。
「シラユキをお願いするのです。キューちゃんと一緒にいってくるのです」
「うん、スーお姉ちゃん頑張って!」
「任せるのです! キューちゃんいくのです!」
【きゅ~!】
シャチになった白雪を両手に抱え海に走ると、思月は船の上から白雪を放り投げ海に落とすと、自身も飛び込み、壊れてバラバラになった漁船の破片に飛び乗る。
「とっとっとぉ、昔はもっと上手く立てたのですけどね」
波に揺れる破片に両腕を広げ、バランスを取る思月の前に水飛沫が上がりシャチとなった白雪が現れる。
【体の動かしかた分かったから泳げるよん♪ いっちゃう?】
「もちろんなのです」
思月が白雪の背中に飛び乗り、背ビレをつかむと海面を切り裂くように泳ぎ始める。海上の異変に気付いた巨大魚が、思月たち目掛け突っ込んでくるのを白雪の背中を蹴って、思月は宙に飛び上がり、白雪は海に潜る。
巨大魚の腹に向かって体当たりをする白雪を避けようと、海面に上がったところを落下してきた思月が、水飛沫を上げながら連続で踏みつける。
たまらず海面に戻ろうとするところを下からきた白雪が、口を開け噛みつく。ぬいぐるみ自体に歯はないが魔力で練り上げた数本の牙が巨大魚に食い込む。
激しく暴れ海面でバシャッバシャッと大きな水飛沫を上げ、噛みつく白雪を弾く。海面に広がる自分の血を見て、沈む白雪をギョロっと睨む。
だが背中に強い衝撃が走り、突然巨大魚の視界が大きく揺れる。
『
激しい水柱が上がり巨大魚の背中の一部が吹き飛ぶ。
「うぬぅ、水が邪魔するのと、魔力調整が上手くいっていないのです」
思月は深手を負い海底に逃げる巨大魚の背を蹴り、近くにあった漁船に飛び込む。
突然の来訪者に驚く漁師たちだが、今の様子を見ていた1人の漁師が銛を持ってくると思月に渡す。
「これ使え! お嬢ちゃんならあの巨大マグロ倒せるんだろ? おい! お前ら武器になるもの持ってこい! 包丁でも何でもいい」
突然銛を渡され驚く思月は思う。
(あれマグロだったのですか……そうだったのですね。生まれて初めて見たのです)
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