第83話:海上戦

 潮風に当たっていた思月は、白雪を背中に背負い船内へと入っていく。


「売店でパンを買うのです。さっき見かけた惣菜パン、ものすごく美味しそうだったのです!」


【食べれないのが悔しいぃぃ!】


 騒がしい2人、といっても白雪の声は思月にしか聞こえていないが。


 廊下を早足で歩く思月の視界に、小さな女の子が入る。その子は自分と同じくらいの大きな魚のぬいぐるみを持っていた。


 思月と目が合うと、トテトテと駆け寄ってくる女の子は、大きなぬいぐるみの影に隠れて魚が走って向かってくるように見える、その様子に思月は笑みがこぼれてしまう。


「お姉ちゃん! 大きなウサギさんだね!」


「あなたのも大きい魚さんなのです! スーは思月スーュエ、この子は白雪パイシェン


「すうえ? ぱいしゃ?」


 思月の発音に戸惑う女の子を見て気付く。


「あなたは日本人ですね。じゃあスーとシラユキと呼んでください。あなたのお名前は?」


「薫は館花薫たてはなかおり、この子はシャチのキューちゃん!」


「そうなのですか。よろしくなのです」


 思月が薫と握手した後、薫がキューちゃんのヒレを握って思月と握手させる。


「私ね、お母さんたちと中国に行って、日本に帰るところなの」


「そうなのですか。スーは今から日本へ行くところなのです」


「そうなんだ! あ、お母さん来たからいくね。スーお姉ちゃんまたね」


 大きく手を振る薫に手を振る思月。


【思月って日本語、話せたんだ?】


「これですか? なんだか知りませんけど気がついたときは、大体の言葉が分かったのです。

 転生特典というものだと思うのです」


【へぇ~便利なものもあるんだね。スーは転生のとき選べなかったらしいけど、選べるのにこの特典を選ばない人とかいるのかな? いないだろうねぇ】


 このとき日本で、詩とエーヴァが同時にくしゃみをしたことなど白雪は知らない。



 * * *



 パンを食べ終わり、食堂のテーブルで缶ジュースを飲みながらノンビリしていたときだった。

 ドォォーーン!と何かがぶつかる音がして、船体が大きく揺れる。


「なんだ? 鯨か?」


 売店のおじさんが少し慌てた様子で呟く。周りの人も初めは混乱していたが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 だがそれも束の間、再び船体が大きく揺れる。一度ではなく何度も揺れる


 その異常さに船内は、小規模なパニックが起きる。混乱するお客さんたちに落ち着くように乗務員が必死に叫んで呼び掛ける。


「なんか気になるのです。白雪ちょっと様子を見てみるのです」


 混乱するお客さんの間をスイスイと抜け、思月は甲板に出る。

 出てすぐに、沢山の人が集まっていることに気付きそっちへ向かう途中、船員らしき人が叫んでいる。


「みなさん! 外は危険ですので一旦船内へ入ってください! 船の方は今点検していますのですぐに運転を再開致します。ですからまずは船内へ!」


 思月は周囲を観察する。海上には漁船らしき船が多数浮いていて動いている船もある。


 甲板の人々を見ると、スマホやデジカメを不思議そうに見たり、焦った様子で操作する人、電話が繋がらないことに怒っている人がいる。

 船員に状況を説明するよう、詰め寄っている人たちの会話に聞き耳を立てる。


「皆が無線やレーダーが使えないと言っているのです。船員の人が言うにはエンジン単体では動かせるみたいですが、レーダーが使えない航行は危険と判断して、止まったと言ってるのです」


【ふ~ん、なんだろうね? なんか船だけじゃなくお客さんの通信機器も繋がらないって騒いでるよ】


「船内へ入ってください!!」と叫ぶ船員の背後に突然大きな水柱が上がり、皆の注目が集まる中、姿を見せるのは大きな魚。


 全長7メートルはあろうかというその魚は大きなヒレを広げ滑空すると、叫んでいた船員を丸のみにして、船を跨ぎ海へ帰っていく。


 一瞬の出来事に静寂が支配するが、一気に恐怖は伝染し、甲板の上はパニックに陥り我先にと船内へ逃げ始める。


 出入り口で押し合いになる集団に、再び現れた魚は、大きく口を開け、滑空すると数人を飲み込み、海へと戻っていく。


 巨大魚に弾き飛ばされ数人が海上に落ちてしまい、叫んで助けを求めるが、それも虚しく、足元に大きな影が現れると、大きな口の出現と共に、叫び声ごと飲み込まれてしまう。


 パニックで叫ぶ人が逃げまとう甲板に巨大魚が再び突っ込んでくるが、真横から飛び込んできた白雪と思月が同時に顔蹴ると、僅かに反れ人を飲み込むことなく海へ帰っていく。


「白雪、動くの解禁なのです!」


【あいあいさぁ~!】


 甲板に立つ思月と白雪は海面の影に集中する。といってもこの船は全長100メートル程度、全てを把握するのは容易ではない。


「カウンター狙いしか出来ないのが、もどかしいのです」


【相手の土俵である海に潜るわけにはいけないもんね】


 2人で船体を半分にして索敵するが、逃げ惑う人々の喧騒で余計に集中力を要求される。誰かが先に行かせろという怒鳴り声が響く。

 その瞬間だった海面に水柱が上がり、巨大魚が飛び出す。


 甲板の表面を削りながら走る思月が、巨大魚の下に滑り込むと顎下を蹴り上げ、同時に上空から白雪が落下してきて蹴り、上下で巨大魚を挟んで押し潰す。

 そのまま甲板に上げようとする2人の動きを嫌ってか、宙で体捻り回転させ思月と白雪を弾き海へと、水しぶきを上げ飛び込む。


「こんな戦い方じゃ倒せないのです! 海上に足場を作るか、飛び道具があればまだ戦い様はあるのですが」


 弾かれた後着地し、文句を言う思月。


【スー! 海の上!】


 甲板に着地した白雪が指を差す方には、一隻の漁船をひっくり返す巨大魚の姿があった。

 転覆した船から投げ出された漁師たちはひっくり返った船にしがみつくが、そこに目掛け猛スピードで泳いでくる巨大魚が突っ込み、砕ける船と宙を舞う人々。


「くっ! どうにかしないと」


【白雪は海で泳げないから、スーにおんぶしてもらっていくしかないし、動きが制限されちゃうし】


 甲板の上から、ことの一部始終を見ているだけの自分に苛立つ思月と白雪。


「スーお姉ちゃん? 何でシラユキは動いているの?」


 突然声を掛けられ振り向くと、そこにはシャチのぬいぐるみを抱えた薫の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る