第82話:ノエミ・サパライン
海を進む船の上で、思月は潮風に吹かれ目を細める。
「思ったより、長旅になってしまったのです」
腰のベルト通しにつけた、可愛らしいウサギのキーホルダーに触れユーユーのことを思い出す。
──お揃いのキーホルダー、お守りがわりに買ったんだ! ユエユエ元気でね!──
涙ぐむユーユーの顔と共に、その台詞が頭の中で再生される。
【良い友達をもったわねぇ、お姉さんうれしいわぁん】
「って、なんで勝手に歩いてるんですか!? 人前で歩くの禁止なのです!」
思月は船の柵に寄り掛かり、右手をヒラヒラさせる白雪を見て、焦った様子で周りをキョロキョロして、誰もいないか確認すると脇に抱える。
「ぬいぐるみは動いてはいけないのです! いったい何回スーは、人形師だと言って誤魔化せばいいのです! 白雪が動く度にスーは大変なのです!」
【だってぇ~、暇なんだもーん☆ じゃあじゃあ、前に言ってたじゃんノエミの話してよ。似てるって言われたら気になるしょっ♪】
町で白雪が歩いて、ヨッ! って感じで通行人に手を上げ挨拶するのを全力で回収し、
「スーは人形師なのです~」
って誤魔化した数日間の苦労を振り返り、頭を押さえる思月は、脇に抱える白雪を見ると大きくため息をつく。
「分かったのです。話すから大人しくしておくのです。いいですか?」
【おーけー、おっけい。白雪は約束守るウサギですから、安心?】
「最後疑問系なのが、激しく気になるのですが話すのです」
疑いの目を向ける思月だが、少し諦めたようにふぅと息を吐くと、
* * *
魔王軍を退け、すぐに始まるのは国の復興。戦いの爪痕は深く、先行きは見えなかったが、国民は皆が一丸となり復興へ向かっていった。
5星勇者たちは、魔王軍との戦いにおける勝利の象徴、加えては復興の象徴として、国民を身心共に支え活躍していくこととなる。
ただその中の1人、マティアス・ボイエットは一言
「やりたいことがある」
それだけを残し去っていく。止める者も多かったが、彼はいつの間にかフラッといなくなってしまう。
──1年後
海の近くにある村から、少し離れた小高い山にある小さな家の煙突から、白く暖かい煙が上がり、家に近付けば美味しそうな匂いが漂っている。
玄関を開けると、その匂いはより鮮明になり空腹を刺激する。
「ただいま」
「あ、お帰り!」
玄関を開け入って来たマティアスに、台所で料理をしていた女性は、お玉を持ったままパタパタと駆け寄ってくる。
「ねーねー聞いて! 今朝コルトさんに鶏を貰ったの! でぇ、調理方法も習ったんだけどねっ、まあ来てよ」
女性がマティアスを引っ張り台所に連れていくと、そこに鶏一羽を丸ごと使った料理がホクホクと湯気を上げていた。
その鶏を前に両手に腰を当て、ふんぞり返ると自慢気に言う。
「初めて作ったけど上手く出来ちゃったの! 凄くないっ? わ☆た☆し☆天才!!」
マティアスがその女性の頭を撫でると、初めは嬉しそうにしていたが、すぐに首を大きく振り、頬を膨らませ両手を広げ不満をからだ全体で表す。
「違うの! もう子供じゃないから抱き締めて欲しいのっ!」
苦笑しながらそんな女性を優しく抱き締めるマティアスと、満足気な表情の女性はマティアスの胸に顔を埋める。
「ノエミ、他の料理が焦げ始めてる」
「うひゃあああっ!!」
幸せを満喫していた女性、ノエミが慌てて火にかかりっぱなしだった鍋をかき混ぜ、具合を確認する。そんな様子をマティアスは微笑ましく見るのだった。
────っとまったぁあ!!
「なんなのです。ノエミの話はここからなのです。時々スーを驚かそうと突然飛び出してきたり。
不意打ちだぁぁー!! って隠れていたカーテンから飛び出し、抱きついてきたりするそんな人なのです。
白雪にそっくりなのです」
【いやいや、ノエミってなに? スーの前世では、マティアスの奥さんなの?】
「はい、そうなのです」
白雪が思月の脇に抱えられたまま頭を抱える。
【えーと、前にチラッとウサギのぬいぐるみ貰ったって話を聞いたときのノエミって結構若くなかったっけ?】
「たしか……マティアスが29のときにノエミは16歳で結婚したのですから……初めて出会ったときはノエミは10歳なのです。
エウロパ王国では、14歳で結婚出来るので問題はないのです」
長い耳をポリポリ掻く白雪。
【なんとなぁ~く、白雪に似てるのは伝わった。で? そこからなに甘い生活の話が続くの?】
「10年くらいは続くのです。凄く楽しい日々だったのです。魔王軍を倒して本当に良かったそう心から思えた日々だったのです」
少し寂しそうに笑う思月に白雪は黙る。それでも思月は話を続ける。
「スーは皆には黙ってましたけど、ぬいぐるみが大好きで集めていてのです。そんな趣味も笑わず受け入れてくれた。
スーと違って明るいノエミと、同じく明るい娘のカミュラと幸せな日々を過ごしていたのですけど……」
思月の寂しさが滲むその瞳で、海を眺める。その様子を黙って見つめる白雪。
「ある日2人とも死んでいたのです。
それはそれは鮮やかな殺しかただったのです。どこで恨みを買ったのか、誰がやったのか全く分からなかったのです。
スーはもう人は殺さないと決めていたのに、関わった人間を全員殺そうって躍起になったのです」
【……結果は?】
「逆に殺されちゃったのです。年もとっていた、腕も落ちていた、なにより周りが見えていなかった元暗殺者なんて、罠にはめられアッサリ死んでしまうのです。
結局誰がやったかも分からず、バカな死に方だったのです。悲しくてもノエミとカミュラのことを、少しでも思い出してあげてれば良かったのです。
こんなスーがなんで女神に呼ばれ、転生してここにいるのか分からないのです」
2人の間に沈黙が流れる。
【白雪はなんて言っていいか分からない。でも今からその意味を探すじゃダメかな? もしかしたら見つかんないかもしれないけど。それでもなんか、見つけたいな】
沈黙を破る白雪の、口こそないが、必死に考えて、絞り出した言葉は、思月の心に染みる。
「それもいいのです。簡単に見つかる答えより遣り甲斐がありそうなのです。ただし白雪も探すの付き合ってもらうのです」
【もちろん任せてっ☆】
思月が白雪を、柵に寄りかからせると、一緒に海を眺め潮風に目を細める。
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