月と兎は海を渡る
第81話:日本に行くのだ思月ちゃん!
ジリリリリと目覚ましのベルが、動かなくなって冷えきった空気が包む部屋に鳴り響く。外はまだ薄暗く、僅かに白ける空が夜明けの予感を感じさせる。
布団から伸びてきた手が目覚ましを止めると、モゾモゾと布団から出てきて、ベットの端に座り小さな体で目一杯大きく両手を上げ伸びをするのは
ベットの隣に並べてある、2つの四角い椅子の上にタオルケットをかぶり横たわる白いウサギのぬいぐるみを、金色に光る満月のような瞳で見つめると、乱れたタオルケットを掛け直す。
ビクッと動き、ウサギのぬいぐるみはムクリと起き上がる。
「
白雪は両手でグリグリ目を擦るが、そもそも目はつぶっていない。
【ん~、何となく起きてたから大丈夫♪ それより充電して、もうすぐ止まりそう】
思月は白雪の頭に軽く手を置いて、しばらくすると白雪が大きく伸びをする。
【おおっ! きたきたっ! 白雪はこれでしばらく動けちゃうよ!】
ピョコンと立ち上がって手をぐるぐる回し始める白雪を見て、思月は微笑むと出掛ける支度を始める。
【朝も配達のアルバイト始めたんだよね。いくら体が他の人より丈夫だからって、無理は良くないよぉ。今日は白雪とのんびりしようよ☆】
椅子の肘置きを枕にして寝転がる白雪は、誘うように手招きする姿を見て、笑う思月は長い髪を束ねながら答える。
「日本に行くためにはお金がいるのです。裁縫工場だけでは、生活でいっぱいいっぱいなのですから、もう少し働かないといけないのです」
【ブーブー、最近かまってくれないから寂しいよー。お腹の傷も塞がったばかりだし、無理しちゃやだよー】
同じ姿勢で寝たまま片手をバタバタさせる白雪。
「ふふ、本当に白雪はノエミにそっくりなのです。記憶ないとか騙してないですか? あの子ならやりかねないのです」
【いやあ~、そこはホントに記憶ないんだよね。あの日派手な鳥に拐われて、空を飛んでいるときにボンヤリと、あぁわたし飛んでいるな~って感じからしか覚えてない。
んでぇ、落とされたら、スーにわたしを呼んで欲しいって思って呼び掛けたわけなのよ】
初めて一緒に戦った夜の話をする白雪を、口に人差し指を当てながら見ていた思月は、小さく頷く。
「分かったのです。白雪は白雪、それで十分なのです」
【そう? わたしはノエミって子が気になるけどなあ。どんな子か教えて欲しいなっ☆】
「もう仕事に行く時間なのです。また時間があるときに話すのです。ではお留守番よろしくなのです」
仕事に行こうと玄関を開けると、初老の女性が立っており、彼女もドアを開けようとしていたのか驚いた表情で手を伸ばしていた。
「施設長、どうされたのです?」
思月に施設長と呼ばれた小柄な女性は、白髪を綺麗に束ね、鼻眼鏡をかけており、目尻のシワが優しさを感じさせる。
「思月、今から仕事ですか? あなたにお客さんが来ているのだけど、時間はとれますか?」
「お客さん? こんな朝早くからなのですか?」
突然のことに困惑しながらも施設長の後をついていく思月は、施設の客間に通される。
「ユエユエ!」
ドアを開けてすぐに思月に飛び込んで来たのは、
「ユーユー、どうしたのです?」
驚く思月に対し、テンションの高いユーユーは手を引っ張り、客間にいる骨張った老人の前に連れてくる。
その老人は長い顎髭をさすり、思月を見ると深々と礼をしてくる。
面識のない人から深々とお辞儀をされて、困惑する思月に老人は名乗る。
「名は
「スーはそんな恩を感じてもらうことなんてしていないのです」
「ほうほう、謙遜なさるとはな。恩なんてわしらが勝手に感じるもので、押し売れるものじゃないので、気負いはせんで欲しいんですがのぅ。
思月小姐が日本に行きたい、そう小耳に挟んだで勝手な計らい、これぞ恩の押し売りかも知れんが」
家乐村長が笑いながら懐から布に包まれたものを取り出し、思月に差し出す。
「これはなんです?」
「日本への渡航費ですじゃ。村で集めたんですがの、ちっと少ないので、飛行機は無理でしたわい」
「そ、そんなの受け取れないのです。村の復興も大変なはずです。そっちに使ってほしいのです」
そう言って笑う家乐村長に、お金を返えそうとする思月をユーユーが止める。
「ユエユエ貰って! 思月が倒したあいつってまだ他にもいるんでしょ?
だったら、ここで村を復興させてもまた来たら一緒だもん。
ユエユエが日本に行きたいっていうのは、あいつらを倒しにいくんだよね。ならユエユエにこのお金は使ってもらわないと」
「そういうことですからどうか使ってくれんかのぅ。
これはお金を払って、化け物を倒してきてくれという押し付けですじゃ。気負いせず使っていいお金ですからのぅ。
思月が声を出す前に、逃げるように去っていく家乐村長と、手を振りながら引っ張られるユーユーが去っていく姿を見つめる思月。
立ち尽くす思月の目から溢れる涙を、ハンカチで拭う施設長は、優しく微笑む。
「思月、あなたをウサギのぬいぐるみと一緒に拾ったときから不思議な雰囲気を持った子だとは思っていたけど、何かやるべき事があるようですね。
このお金だって村長さんたちの想いがこもったもの、あなたの為に集まったお金よ。ありがたく使ってその想いに応えれば良いのですよ。
わたしこそ、なんにも出来ないけど、あなたを応援していますよ」
「スーは……スーは幸せです。ここにきて良かったのです……必ず終わらせて帰ってくるのです」
「ええ、あなたの帰りを待ってるから、行っておいでなさい」
「はい、行ってくるのです!」
思月が乱暴に目を擦り涙を拭うと、赤い目に涙の跡がついたまま笑顔で答える。
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