第75話:嫌われる者

 エーヴァは黒い服を好む。これは前世にはない嗜好。このことをエーヴァは自覚していて、今の自分らしくて好きな一面である。

 その黒いワンピースドレスを翻し、狭い路地裏を駆ける。


 小さな鼻をスンスンと動かし、塀を蹴ると反対側の塀を飛び越え、お店の裏口に着地する。裏口にはひっくり返ったプロパンのボンベに、地面に転がる勝手口の扉が確認できる。


 中から漂ってくる血の匂いにエーヴァは顔をしかめる。

 感じる気配は1つだけ。気配を感じつつ、慎重に建物の中に入っていく。割れたガラスの破片を避けつつゆっくりと。

 入ってすぐにカウンターがあり、食材とガラス、人間だったものが散らばる。


 ムードの為に照明の光量を落としてある、薄暗い店内のカウンター越しに、エーヴァは客席にいるソイツを睨む。

 ソイツは背中をこちらに向け何やらボリボリ音を立て食べていたが、頭にある長い触覚を揺らすと、エーヴァの存在に気づいたのか手に持っていたものをドサッと落とす。


 床に広がる血溜まりに足をつけ、ゆっくり振り返る。

 2メートル程の身長に焦げ茶色の体を油っぽくテカらせ、血で赤く染まった口元を動かし複眼にエーヴァを映し出す。その姿は本来の形からさほど変化はない。そのまま大きくなったそんな感じである。


タラカーンごきぶりかよ……最悪だ」


 その姿に心底嫌そうな顔をするエーヴァに対し、巨大ゴキブリの方は新鮮な獲物に心高ぶっているのか、触覚をピンっと張りながら揺らしている。


「えーと、ミヤが言ってたな。名前つけていいんだよな。ああ~、お手伝いの人が言っていたな。お前を見たらウージャス最悪だって。まんまでいいや、ウージャスな」


 ウージャスと呼ばれ、名前に反応するかのように4本の手を広げ、掴みかかってくるそれを、カウンターを蹴って避け頭を蹴り飛ばす。


「軽い!?」


 驚くほど軽い体は、軽々飛ぶものの抵抗が少ない分ダメージも少なくなる。ウージャスはそのまま壁に張り付くと、カサカサと壁を登っていく。


「アラも言ってたが、なんだこの悪寒は。気持ち悪いなコイツ」


 天井まで上がったウージャスが落下しながら突っ込んでくる。それを避けながら蹴り飛ばすが、ダメージは少なく壁に張り付かれる。

 カウンター席の椅子を真上に蹴り上げ、その椅子の足の裏を蹴る。弾丸のように飛んでいく椅子は、壁に張り付くウージャスの背中にヒットすると、体の一部が潰れへこむ。それを見て、カウンターにある椅子を次々と撃ち込んでいく。


 壁と椅子の間に挟まれ力の逃げ場がなくなったウージャスの体は潰れ、体液が壁に散る。

 だが生命力溢れるウージャスは潰れたことなど気にする素振りもなく、壁を這い回ると突然壁を蹴り羽を広げ飛んでくる。


 ただ体が軽いとはいっても、飛ぶには重いらしく、落ちるように滑空してくる。そのウージャスの下を、スライディングで潜ると同時に、残っていた椅子を上空へ蹴り上げ追撃する。


「なんだろな、殴れば早いのかもしれないが、お前に触りたくない。お前みたいな魔物も見たことないし、本当になんなんだこの嫌悪感はっ!」


 腹にぶつけられた椅子で落とされるも、すぐに地面をカサカサと這い、向かってくるウージャスを避けつつ、カバンからフルートを取り出そうとする。

 だが、ウージャスが店内の壁や天井を這いずり回ってはしつこく突っ込んでくるので、避けながらカウンターを当てる方に手一杯となりフルートがとり出す暇がなくなる。


「ちっ、武器がないってのは本当にめんどくさいな。昔より威力は落ちているが」


 バーのカウンターを飛び越え、ナイフとフォークを数本手に取ると、放射状に投げる。

 物体が移動する際に空気を切り裂く、その振動に魔力を乗せる。

 鋭さを増したナイフやフォークが数本ウージャスに突き刺さるが、汁が垂れるだけで、抜こうともしないウージャスが軽く飛び、カウンターの中にいるエーヴァを襲う。

 フルートを取り出していたエーヴァだが予想より早い攻撃に、カウンターにあるスタッフ用の入り口に滑り込み、ドアを蹴って客席の方へ移動する。


「あぁくそっ、一曲終わらせなといけないと完全発動にならないめんどくさい能力でな」


 数回バク転し距離を取ると、店の片隅に置いてあるオルガンの椅子を蹴り飛ばしウージャスにぶつける。その隙にオルガンの蓋を上げ立ったまま演奏を始める。


『ワァルト』


 25秒程の短いピアノの演奏を終えると、🎼ト音記号をぶち破りそのまま持っていたナイフを振るうと、キンッ、と甲高い音と共にウージャスの触覚が落ちる。


 薄暗い店内に光の軌跡が一瞬走ると、ウージャスの右手の先端が切れ床に落ちるその前に、エーヴァが持つ左手のフォークが腹部に突き立てられ、そのまま引き裂き3本のラインを引く。


 流石にダメージが大きいと感じたのか、身を引こうとするウージャスの右足の関節部に光の軌跡が走ると、支えを失った体が右側に崩れる。それを回し蹴りで壁まで吹き飛ばし、ナイフとフォークを投げ突き立てる。


『レクイエム』


 力強い鼓動のフルートの調が店内に響き渡る。振動で体を激しく震わせるウージャスは、やがて目の輝きを失い動かなくなる。


「進化しないタイプは、本体がいる可能性が高いだったけか」


 エーヴァは上を見上げるとめんどくさそうな表情を見せる。


「ちっ、まだいるか」


 店の裏口から出ると塀を蹴り、屋根上がり移動を始める。


「カップラーメン食べれねえじゃねえか。ウージャスの野郎、地獄へ叩き落としてやる!」












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