第66話:お嬢様はどうやら勝負をお望みのようです

 いつもの登校時間、いつもの場所で待っている美心と合流し、他愛のない会話をしながら学校へ向かう。


 教室で授業の準備をして、クラスメイトと話すいつもの日常。

 外はポカポカ陽気で気温も丁度いい。いつになく日常って感じだ。


「ねえねえ、詩聞いた?」


「何を?」


 前の席に座っているクラスメイトの春香はるかが私の方を向いて、物凄く何か言いたそうに口をむぐむぐしている。

 彼女は情報通で、お喋り好きだから話したくてたまらない! が滲み出てる。


「今日から私らのクラスに留学生が来るんだって!」


「ほうほう、詳しく聞かせてもらいましょうか春香さん」


 興味津々な私が食い付くと、春香は椅子を引き、体を全部私に向けて話し始める。


 何でもロシアから来た留学生で、年は一つ下ながらも、学力の高さと本人の希望で高校1年生として来るらしい。


「ふ~ん、でもなんでこの高校なんだろ?」


「さぁ~それは私も分かんないなあ。ご本人に聞いてみるしかないかな」


「そう言えば性別は?」


「えっとね──」


 ガラッと扉を開ける音がして、担任の相沢あいさわ先生(女性)が入って来ると教室がどよめく。


 相沢先生の後ろについてきた銀色の髪の女の子に、皆が釘付けになり、どよめきは一瞬で静寂へと変わる。

 相沢先生が教壇に立つと、その隣にちょこんと立つ女の子は私と同じ制服を着ているのだが、着ている人間が違うからだろうか、それは全くの別物に見える。

 幼さの残る綺麗な顔を正面に向け、皆を見渡し視線がぶつかると、男女問わずドキッとしてしまう。


「えっと、突然ですが、ロシアから留学してきて今日からクラスメイトになります、自己紹介いいかな? えぇっと」


 相沢先生が緊張して、どぎまぎしながら女の子に話すと、愛らしい笑顔でそれに答え、スカートの端を摘まみ、足をクロスさせちょこんとお辞儀をする。


 その自然で美しい所作に皆の心が奪われる。


「わたくしの名前は、エヴァンジェリーナ・クルバトフ。エーヴァと、呼んで頂けると嬉しいですわ」


 流暢な日本語と、優雅な動きに感動してしまう。私もあんな動きしてみたい! 今そんな気分だ。


「はーい、今日からみんなと一緒お勉強します。日本に来たばっかりで、分からないことも、ん? どうしたの?」


 エーヴァちゃんが、先生の袖をちょんちょんと引っ張り、耳元で何やら喋っている。


「そうなの? じゃあ鞘野詩さん」


「え? はい」


 いきなり名前を呼ばれ立つと、エーヴァちゃんと目が合う。そのエメラルドグリーンの宝石のような目に鋭い輝きが宿ったような……


「鞘野さん、エーヴァさんと生前からの知り合いだって……エーヴァさん、じゃなくて正しくはだと思いますよ」


 先生にそう言われ、首を傾げるエーヴァちゃん。その姿がまた愛らしい。何をやっても可愛く見えるって、ちょっと羨ましいな。


「鞘野さん、知り合いなんでしょ? エーヴァさんに学校のこと教えて上げてくれるるまな?」


「え? ええ? 知り合い? いたっけなあこんな可愛い子」


 混乱する私に、優雅に近付いて来るエーヴァちゃんが握手を求めてくるので、握手すると握るその手は、柔らかくてひんやり……私の手と作りが違う。肌がすべすべだ。


 ニッコリ笑顔で、ちょこんと軽やかに会釈するエーヴァちゃんに対し、私もちょこんと会釈してみる。全然様になってないけど。


 席も私の隣がいいだろうということで、お隣さんの三木みきさんが後ろへとズレると、間にエーヴァちゃんの机が設置される。


 隣で微笑みかけてくるエーヴァちゃんに、私も微笑み返すがなんだか違和感がある。

 そもそも私はこの子と知り合いではないはずなのだが。


 モヤモヤとしながら考える私は、無難に授業を終え休み時間を迎えると


「詩ぁ、あ? え?」


 何か話しかけようとしたエーヴァちゃんは言葉を遮られ皆に囲まれ質問攻めにあう。

 少し困ったようにしながらも質問に答えるだけで休み時間は終わってしまう。


 次の授業が終わった後も再び囲まれるが困った顔をしてたしお手洗いのことなど考えると案内しといた方が良いかと思いちょっと強引に連れ出す。


 みんなの視線を集めながら歩く廊下は実に居心地悪い。さぞかし緊張しているだろうと思い気休めにしかならないけど声を掛ける。


「しばらくは大変だろうけど、そのうち落ち着くと思うから。困ったことあったら言ってね」


「そうなの? ちょっとうんざりするわね」


 と答えるエーヴァちゃんに違和感を感じる。なんか少し雰囲気違うくない? さっきまでのふんわりした感じじゃない。


 そのまま歩いていこうとして、足音がついてきていないことに気付き、エーヴァちゃんの方へ体を向けると、そこには殺気立った雰囲気のエーヴァちゃんが立っていた。


「詩、あなたに聞きたいことがあるの」


 少し鋭さを増した眼光を、私に向けるエーヴァちゃんに微量な魔力を感じ緊張する私。


 だがそれは一瞬で終わる、クラスの女子数人がやってきてエーヴァちゃんの手を握ると、教室へ向かって引っ張って行ってしまう。


「エーヴァちゃん、授業が始まっちゃうよ。いこっ!」


「え、ええ、そ、そうですわね」


 今のはいったい……疑問に感じながらも、私は席に戻ると、ちょっと不服そうな雰囲気のエーヴァちゃんと、授業を受けるのだ。



 * * *



 そして昼休み。いつもの屋上庭園は人で溢れている。

 みんなの目的はエーヴァちゃんなわけで、多くの視線に晒されながら食事をするという、居心地の悪さが半端ない状況に食が進まない。

 動物園の動物たちは、こんな気分なのだろうか。


「ちょっと一人だけ、どこ行こうとしてるの」


「ご、ごめん。ボク無理。この空間に存在するのが無理!」


 私がこの場から逃げようとする宮西くんの襟を捕まえると、涙目で懇願してくるが、ぐいっと引っ張って座らせる。

 小動物のように震える宮西くんは置いておき、私はサンドイッチを可愛く口に入れるエーヴァちゃんを見る。


 微笑むエーヴァちゃんがサンドイッチを置くと、口をナプキンで拭く。

 なんと絵になる少女であろうか。そんな少女が天使のような微笑みを私に向ける。


 取り敢えず微笑み返してみる。2人で微笑み合い、その笑みを崩さずエーヴァちゃんが口を開く。その可愛らしい口から出てきた言葉は


「詩、わたくしと勝負していただけませんか? あなたを地獄へ落として差し上げますわ」


 なぜか私への死の宣告だったりするわけで。





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