第65話:イリーナ・ヴェベール

 イリーナ・ヴェベールは5星勇者の1人である。彼女は魔力を空気の振動、いわゆる音に乗せることに長けている。

 それは音楽が奏でる音も例外ではなく、音階によって魔力の性質も変わるという極めて希な力。


 ヴェベール家は代々戦士の家系で、男女共に身長も高く筋肉質で体格もいい。


 イリーナも例外なくその血を引き、身長約185センチあり2メートル近い大剣を操る。

それだけでも十分な攻撃力誇るのだが、加えて大剣を振ったときに発生する音の衝撃による多重攻撃が凶悪である。

避けれても、遅れてやってくる衝撃によってダメージを与えられてしまう。


 乱暴な口調と見た目から頭が悪そうなどと、揶揄されることもあるが、実際は戦況を見極め、堅実な戦い方を好み、仲間との連携もきっちりとれ、自分の立ち位置を見極められる。


 ただ彼女の困った癖は、強そうな人がいれば勝負を申し込むこと。根っから戦うことが好きだった彼女はまだまだ強くなりたい、そんな向上心を持ち、無理強いはしないものの戦いを求めることから、5星勇者の中で一番人気がない。

嫌われてはいないが迷惑がられていた──



「おい、黙って聞いてれば好き勝手言ってくれるな」


「っす?」


「っす? じゃねえよ。なんであたしの転生がどうとか言ってんのに、お前に人気ないとかボロクソ言われにゃならんのだ」


 イリーナは目の前にいる棒付きアメをピコピコさせるロリっ子女神シルマを睨む。


「まあまあ、こういう語り口調やってみたかったっす」


「お前本当に女神なのか? すげぇ適当な感じといい、全然威厳を感じないんだが」


「他の神様からもよく言われるっす。女神界の個性派シルマっす。無理しても疲れるだけっすから、じゃあ転生の内容の続きっす。


『お嬢様になってみたい』『優雅な生活をしたい』『容姿を今の大柄で筋肉質な体じゃなくお人形の様なきゃしゃな感じ』『能力を優雅に上品に』っすね……簡単に言うと同じ5星勇者のリベカ・シペトリアさんみたいにっすね?」


「ぐっ……」


 いつの間にか持った本に目を通しながら、シルマが放つ言葉にイリーナが歯軋りをして、罰の悪そうな顔を少し顔を赤らめながら文句を言う。


「いい、いいだろ別に。そりゃあ、あたしだって女だしさ……そのさ、服とかも可愛いの着てみたいし、なあ?」


「別にそこを否定したり、バカにする気はないっすよ。私が一番気になるのは『エレノア・ルンヴィクと同じ場所に転生したい! 再戦したい!』ってやつっす。なんでそんなに彼女に執着するっす?」


 恥ずかしそうな顔から一転、殺気を放つイリーナ。


「あいつはあたしに2度も勝ち、そのまま勝ち逃げした。いや1戦目は良かったあれは──」



 そうあれは──


 あ、ここで回想に入っちゃうっす?



 * * *



 エレノアと会ったのは、5星勇者仲間のスティーグ・ハリトノフの紹介だった。


 スティーグによって5星勇者同士では勝負しないと、変なルールが作られ酒場に連れてこられたあたしは、エレノアと出会う。


 そのまま2人で中級程度のクエストを受けてくるように言われ、混乱するあたしたちは初対面でクエストを受けた。

 そこでエレノアのいかれた戦い方を見て、コイツもあたしと同じ戦いに餓えてる、そう感じた。


 クエストが終わってすぐに勝負を挑み、エレノアも乗り気で「暴れたんないわぁ~」とか言って、その場ですぐに戦い始めた。


 周囲の木々や建物を破壊し、ぶつかり合う音撃と血飛沫。序盤はあたしが優勢だったが、追い詰めたか? そう思ったときあいつは凄く嬉しそうに笑って


「ここまで本気だしたのは初めてだわぁ」


 ってそう言ったときは、周囲には大量の赤い魔方陣が並び、あたしは囲まれていたわけで、そこからは火や水や風、雷、土が飛び交い、爆発して全く意味の分からない状態に。


 あたしは倒れ、それを見たエレノアもニヤリと笑って倒れる──



 * * *



 イリーナがうっとりとした表情で語るのを、シルマは新しい棒付きアメの梱包フィルムを剥ぎながら楽しそうに聞いている。


 新しいアメをパクッと咥え、棒をピコピコさせはじめる。


「最高の勝負だった。そんな戦い方またしたいじゃないか! でだ、何度も再戦しようぜ! って誘っても『え~めんどくさぁ~』って断り続けるんだ!」


 シルマは段々熱くなるイリーナを、ピコピコとアメとアホ毛を連動させ見ている。


「でだ、2年くらい再戦を申し込み続け、ようやく外で地面に落書きをしているエレノアが『んーいいよー』って勝負を承諾してくれた。

 またあの血肉踊る戦いが!? って思うだろ? 期待するだろ? そしたらさ、その落書きに血をかけて魔方陣を発動させ、あたしを落とし穴に落とすわけだ。


 で穴の上から『私のかちぃ~』ってニンマリ笑ってどこかいくあいつの顔! 死ぬまで夢に見続けたあの顔!」


 地団駄を踏むイリーナに棒付きアメを指示棒のように向けシルマは不思議そうに尋ねる。


「一応そこは負けとして認めるんすね? ノーカンとかじゃないのは意外っす」


「あ、ああそりゃあ実戦なら油断したあたしが悪い。戒めとしてもあれはあたしの負けだ。

 だがそれが最後の戦いで激戦化していく魔王軍との戦いで会うこともほとんどなくなり、戦いが終わったらあいつは何処かへいってしまったからな」


 寂しさが宿る目で遠くを見るイリーナを見てシルマは棒付きアメを咥えると両手が光を放ち始める。

 さっきまでの雰囲気と違い神々しさが周囲を支配する。その圧倒的な光の威圧にイリーナが目を見開きシルマを凝視する。


「おーけーっす。特別転生の条件も満たし内容に若干の不安はあるっすけど。

エレノアは戦いを望まないと言って転生したっす。それに平和な世界なんで戦うこともないと思うっすけど。勝負の方法は、殴る蹴る以外もあるっすから、平和的勝負をお願いしたいっす」


 イリーナは光に包まれる。



 * * *



 エーヴァの瞳に所狭しとならぶ家の屋根が映る。


(ふ~んこんな所に住んでんのかあいつは)


「お嬢様、もうすぐで到着します。楽しみですね」


 アラに声をかけられ返事をしたエーヴァは外を見て微笑む。とても嬉しそうに。

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