増殖するもの
第58話:探す人
バサッと音を立て分厚いファイルがディスクに投げられる。
「で? これをどうしろと?」
ファイルを投げた高齢の男性はメガネをとって目頭を押さえ目の前に立つ男、坂口に問いかける。
「はい、ここ最近の事件に対し国が総力を上げ対策をこうじているのは知ってます」
「隠蔽にだがな」
坂口の言葉に高齢の男が口を挟む。
「だからこそです! 未知の敵に対抗するためにも私たちにはこの子を探す必要があるんです溝口さんお願いします」
溝口と呼ばれた高齢の男は寂しくなった頭をボールペンでペシペシ叩き考え始める。
このペシペシという音一定のリズムを刻んでいたかと思うと突然激しくなったり、最終的には曲を刻んだりする。
懐かしの名曲から流行りの最新曲までレパートリーは広く沈黙の中刻まれるビートに笑いそうになってしまう。
この人の癖なのだがここで笑ってはいけない。笑うと不機嫌になり判子を押してもらえないことが多いからだ。
(三三七拍子からの……これはアイドルグループの最新曲か)
一番を全て演奏しきった後で溝口がゆっくり目を開くとディスクにあったファイルを付き出す。
「無理だ。大体写真もなにもないし、そいつがいるって証拠はお前の記憶だけしかないのだろ」
「ですけどたしかに見たんです」
「犬の上に立つ黒いマントの天狗のお面を被った女をか?」
「はい、間違いありません。この間の下水道での戦闘跡も彼女だと俺は思うんです」
ふうぅ~っと大きな息を吐く溝口が頭を叩いていたペンで坂口を差し呆れたように告げる。
「いいか? 天狗の面を被った女なんてお前たち以外他のだれも見ていないんだ。それにもし仮にいたとしてどうやって探す? 天狗のお面をもって女性一人一人に被ってもらってピッタリな人でも探すのか? 『おじょうさんこのお面を被ってください』って歩き回るのか?」
「うっ」
「ここ最近起きている事件の真相だってまだ分かっていないのに更に天狗女なんか探す暇があるか!」
溝口に怒鳴られしょんぼり自分の机に戻っていく坂口が座ると向かいの小椋が声をかけてくる。
「課長も頭固いですよね。こうなったら俺たちだけで探すとかどうです? あ、なんかドラマみたいでカッコよくないですか? 頑固上司に反抗して真実を突き止める出来る部下って」
「小椋~聞こえてるぞ~」
溝口の声が響く。
「うっす。僕お仕事頑張るっす!」
パソコンを無駄にカタカタ鳴らしエンターキーをパシーンと叩く小椋。
それ絶対仕事してねえだろ。そう思いながら坂口はパソコンの待ち受け画面をボンヤリ眺めながら考える。
(どうにかして見つけられないものだろうか。天狗仮面)
* * *
下水道に炎が走る。その炎は直角に向きを変えながら螺旋状に走っていく。
その炎から必死で逃げるネズミ。ネズミといっても大きく1メートルくらいはある。
必死で走るネズミが炎から逃げる為に自分が入れるギリギリの穴に体をねじ込む。
ネズミは穴に体半分を突っ込んだとき逃げ切れた! そう思ったに違いない。だが小さな石が銃弾のように飛んでくると『刃』の漢字が浮かびリング状に空気が震え円の外側から中心に向かって鋭い刃になってネズミを襲う。
鋭い刃ではあるがネズミを切断することは出来ず体に傷を入れるのみ。それでも十分とばかりに炎が叫びながら突っ込んでいく。
「食らうがいい『
炎の塊が負傷したネズミぶつかると壁に縦の傷が入りネズミは縦半分に切れ体が炎に包まれて床に黒い焦げ跡を二つ残しこの世から消えてしまう。
「オレの炎の前に消えるがいい!」
炎が弾けシュナイダーがその姿を現す。いつも思うなんでこの犬は必殺技名を叫ぶのか。
あのネーミングセンスについて前に聞いたことがある。
なんでも転生する際言語を習得しておきたいとシルマに伝えていたら生まれてすぐに現地の人間の言葉が分かったらしい。なので頭の中にあった単語からカッコいいのを選んでるとのこと。
言語習得の転生特典は私も最初から貰っとけば良かったと思った。
「たくぅ、毎度毎度何回下水道に入ればいいのよ」
私は下水道の点検通路から飛び降り着地する。降りてすぐに猫のお面をとって服を匂うが鼻が下水の臭いになれててよく分からない。
「あぁ臭いんだろうなこれ。また美心に迷惑かけちゃうな」
「ここは下水だし仕方ない。とりあえず詩よ、一緒にひとっ風呂浴びるか」
「相変わらずバカみたいなことばっかり言ってるし。取り敢えずっと」
私は耳の通信機に触れ通話を試みる。地下にいるので電波状態は悪いがなんとか聞こえる美心の声を拾い会話を試みる。
「んっとねまたネズミだった。そう大きさも一緒ぐらい。うちの動物博士はなんだって? えぇそう……ん? ごめん聞こえ難い? うん、帰って話そう」
通信を切る私にシュナイダーが近付いてくる。
「宮西はまだ他にネズミはいると考えているわけだな」
「おそらく前のゾンビと同じくどこかに親玉がいて増殖するタイプかもって」
「難儀だなそれは」
私とシュナイダーが同時に深いため息をつく。
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