第57話:月と兎

 口から首までばっくりと裂けた大きな口には鋭く小さな歯がびっしりと生えていてその歯で噛みつき磨り潰してくる。

 太い足と翼に生えた左右3本づつの手で地面を掴み弾ける様に突っ込んできてはその大きな口を開きしつこく噛みついてこようとする。


【スーいくよ!】


「分かったのです」


 何度めかのコウモリの攻撃を上空に飛んで避けるとそのまま前宙し2人が空中で交差する。

 スタッと地に足をついたときにする1人分の音。


【スーと白雪の『無敵☆モード!』】


「ネーミングセンスが破滅的なのです」


 背中に白雪を背負う思月が白雪に文句を言っているこの姿。ただただおんぶをしているだけである。

 肩から腕をかけ胸元でキュと握り足はガッチリ腰をホールドしている

 見方によっては可愛い少女が兎のぬいぐるみをおんぶしているようにも見えるかもしれない。

 目の前の凶悪なコウモリの姿に対して白雪を背負う思月の姿はあまりにも不釣り合いである。


「では、いくのです」

【おぉ!!】


 バシッと鋭い音を立て僅かな土煙をあげると瞬時に間合い詰めコウモリがワニの口のように大きく開いた口を振り上げた足で蹴り下ろし強引に閉じさせると目を蹴って陥没させる。

 反射的に身を引くコウモリの頭を蹴るとそのまま頭に手をつき回転し立ち位置を反対側にして立ち蹴る。


 蹴られて体が反れた方向に回り込み再び蹴られ強引に元に戻されまた蹴られる。

 抵抗するまもなく流れるように蹴りを浴びせられ、なすがままのコウモリの顔のパーツがどんどん崩れていく。


 なんとしても身を引こうとするコウモリの右の翼のつけね、人でいう肩の部分を思月と白雪が挟み込み体から引っ張る様に蹴る。


 ゴキュッ!!


 鈍い音がして関節が外れたことを知らせてくれる。そのまま白雪が肩の付け根を持ち下へ滑り込むと同時に翼の下に回り込んだ思月が羽を持ちコウモリの頭の方へ向かって跳ぶ。


 外れた関節を軸に2人が回転し翼を強引に捻り翼の向きを上下反対にしてしまう。


 ギシャアアアァァァ!!


 甲高い叫び声が響く。痛みに悶える暇など与えずに再び白雪を背負った思月がコウモリの背に飛び乗る。


「スーの力は何の属性でもない純粋な魔力。特化しないそれはなにものにも通じる力」


 思月は右手に力を込めていくと光を放ち始める。思月の右手を白雪がキュッと握ると光は更に輝きを増す。

 その光に恐怖を感じたのか暴れ始めるコウモリの背中に思月の掌底が打ち込まれる。


玉兎衝激ぎょくとしょうげき


 てのひらから思月の大量の魔力を押し込むと魔力はコウモリの体内を駆け巡ってやがて行き場をなくした魔力は外へと逃げようとする。

 コウモリの体に小さな亀裂が入りその隙間から光が漏れだし全身が輝き始める。


「終わりなのです」


 思月がコウモリの背中を蹴り宙返りをして着地すると同時に体内から光が溢れだし内部から背中を中心にに外へ向かって弾ける。

 体に大きな穴を空け全身に亀裂が入ったコウモリはピクリとも動かなくなる。


 背中に白雪を背負う思月はコウモリを見つめ佇む。


「ユエユエ! 大丈夫?」


 そんな思月の元へと駆け寄ってくるユーユー。その声に反応した思月が振り返りニコッと笑うと


「あうっ」


 それだけ言ってパタリと倒れる。


「ああっ!? ユエユエ! だ、大丈夫!?」


 思月が倒れ慌てるユーユーの目の前に思月の背中にいた白雪がムクリと立ち上がり手をバタバタさせ始める。


 手を大きき広げブンブン振って脇腹を抑えもがき倒れると震えながら手を伸ばしユーユーになにやら訴えかける。


「えっと怪我しているから病院へ連れて行ってくれってこと?」


 シュタッと白雪が立ち上がりユーユー手を握って激しく頷く。


「あ、合ってるってことかな……」


 ユーユーの手を握ったまま白雪の力が抜けガクッと崩れ落ちただのぬいぐるみのようになる。


 白雪を思月の隣に寝かせ大人たちを呼びにいくユーユー。



 * * *



 部屋にあるベットで1人寝てぼんやり天井を眺める思月がポツリと呟く。


「痛いのです」


【そりゃあ~お腹切れたからねえ】


「お腹も痛いですけど筋肉痛と関節痛で全身バキバキなのです。白雪のせいなのです」


【白雪も詳しく能力分からないから仕方ないってことで、ごめーん☆】


 少しの間沈黙が続くがすぐに思月が口を開く。


「白雪……その声ノエミですよね? あなたはノエミが転生したものなのですか?」


【ノエミ? 別に隠すことじゃないし正直に言うけど白雪の目が覚めたのってあの夜スーのところに来てからなんだよねえ。能力のことだって誰かが耳元で囁いてくれたから知ってっただけだし】


 2人の会話に割り込むようにバサバサっと羽音がして青い羽が舞う。それと同時に空間が切り離され遠くにきたような感覚を感じる。

 神々しい空気が張り詰め思月と白雪が音のした窓の方に視線を向ける。

 そこには背中に日の光を受け後光を背負う青い体に赤いラインを鮮やかに引く鳥が羽を広げ2人をぐるぐる目玉でヨダレを垂らしながら見つめていた。

 神の眷属でメッセンジャー電話のオルドである。


「ああ!! お前白雪を投げた鳥!!」


【こいつがスーの言っていた鳥! お前が乱暴に持ったせいで背中に穴が空いてるし! 綿が出てるんだって! 人間が出たらヤベーでしょ! そこんとこ分かってるぅ?】


 後光を背負ったオルドはあわてふためく。感謝されこそすれ2人から怒られるとは微塵にも思っていなかったからである。


「大体なんなのですその人をバカにしたような姿は!」


【そうだ! そうだ! ヨダレ拭たらすなよぉ!】


 怒る2人にしょんぼりオルドから声が発せられる。


「まあああ。この子も可愛いところもあるっすから許して欲しいっす。それにオルドが白雪さんの存在に気づいたから思月さんのところに運べたっす。おあいこってことで」


 女神シルマの声に2人は驚き黙るが、少し罰が悪そうな顔をして下を向く。オルドは翼を組んで天に向かって涙を流しシルマに感謝のポーズをとる。


「むぅぅ、まあそういうことなら……怒鳴ってごめんなさいなのです」


【ま、まあ。白雪ぬいぐるみだしぃ、許してあげなくもないかなぁ】


 2人の言葉に気を良くしたのかオルドが胸を張り翼を折って腰に手をあてる。


「むぅなんか腹が立つのです」


【スーと同意見ですねぇ】


 再び2人に睨まれ慌てるオルド。


「そこも可愛いとこっすよ。それはさておき思月さん鞘野詩に会ってもらえないっすか?」


 思月がチラッと白雪を見ると白雪は小さく頷く。


「スーは鞘野詩に会いに行くのです。会って聞きたいことがあるのです」


「そっすかじゃあ怪我を直して体調が良くなったらお願いするっす」


 オルドがくちばしで翼の間をゴソゴソすると紙を取り出す。ヨダレのついたその紙を思月が嫌そうに摘まんで受けとる。


「そこに行き先が記してるっす。じゃあお金貯めて海でも空でも好きな方から行くっす。日本で待ってるっす」


「はぁぁ!? 自腹!?」

【お金ぇ!? この貧乏スーに殺生なぁ!】


 オルドは2人の罵声を浴び飛び立つ。


「神は啓示するだけっす。お金の斡旋なんかないっすよ」


 自身のやるべきことをやった女神はそれだけ言うと通信を切ってしまう。そしてオルドは全力で罵声から逃げるのだった。

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