第54話:生きた軌跡

 棒つきの飴玉の棒をピコピコ、アホ毛をピョコピョコ動かすシルマは目の前にいる大きなウサギのぬいぐるみを手に持つ少年に声をかける。


「5星勇者のマティアス・ボイエットさん。先程死んだばかりで申し訳ないっすけど特別転生について説明させてもらうっす──」


 その説明を静かに聞く少年姿のマティアスは手に持っていたウサギのぬいぐるみの手をギュッと握る。説明を聞き終えて静かに口を開いて一言。


「この子と一緒に転生できますか?」


 シルマはウサギのぬいぐるみに視線を移す。特に珍しくもない白い大きなウサギのぬいぐるみ。大切にされていたのだろう補修した跡があるがとても綺麗だ。お腹に赤い斑点があることを除けば。


「普通はこの空間に本人以外は入って来れないっす。でもそのウサギはついてきたっす。それはよっぽど想いの念がお互いに強いということっす」


 マティアスが下唇を噛み苦悶の表情を浮かべていたがやがてポツリポツリと語り出す。


「僕は5星勇者として生きた。世界を救ったなんて言われてるけどそこに至るまでは沢山の人の命を奪ってきた酷い人間なんだ」


 シルマはいつの間にか取り出した本を広げ目を通しながらマティアスの話を聞いている。


「アサシンとしての仕事……暗殺っすね。命を奪った人物が悪人であったこと世界を救ったことを評価すればこそ今回の転生なんすけど」


「人の命を奪ったことに代わりはありません。良い行いをすれば帳消しになるというわけでもないはずです。人の命は足算や引算ではないのですから」


 シルマは黙ってマティアスの話を聞く。


「そうやって言うけど僕は世界を救ってこの力が役にたったんだって思った。

人の命を奪う技が人を救うことに役に立てたんだってどこかで自惚れていた。

 でも結局は身近な人も守れないそんな人間だった」


 シルマが本を閉じると本はさらさらと光の粒になって消えていく。


「……そのウサギの子を含め記憶も力も全て捨て全くの別人として転生することも選べるっす」


「いいえ、僕はこのことを忘れたくありません。このスノーホワイトをくれたノエミの為にも記憶持って今度は身近な人を救いたいと思うんです」


 小さな体全身を使って跳ね椅子から飛び降りるシルマがマティアスに近付いていく。

 マティアスは正面から向き合って初めて自分とシルマの背丈は同じくらいなのに違和感を感じたのか自身の手を見て驚いた表情をしていた。


 シルマはウサギの頭を撫でマティアスの頭に手を置く。


「おそらくっすけどその姿はまだ人を殺める前の姿っす。そのウサギのぬいぐるみのことといいマティアスの転生は未知数の部分が多いっす」


 シルマの手が光始め床に魔方陣が展開される。


「強い想いは神も届かぬ因果を起こすっす。記憶の持ち越しは出来ると思うっすけど後はどうなるかは分からないっす。

 マティアス、望まずに力を持つ者にとっては理不尽なことかもしれないっすけど力を持つもの同士向かい合って手を取るか又は争うか。

 お互い引き合う。そうなりやすい運命にあるっす」


 光に包まれマティアスはシルマの声を聞く。


「マティアスの次の人生に幸あらんことを願ってるっす」



 * * *



 ジリリリリリリリッ


 目覚ましがベルを叩く音で目を覚ます思月は目を覚ますなり大きなため息をつく。


「力は引き合うですか……」


 思月が白雪パイシェンを引き寄せ抱き締める。


「転生してスーの力は弱くなったのです。でも強すぎる力は相手を萎縮させるだけで心から仲良くなれないのでちょうど良かったのです」


 白雪を元の椅子に座らせると頭を撫で少し寂しそうに笑う。支度を済ませ再び白雪の元へやってきて挨拶をすると仕事へと向かうのだった。



 * * *



 森の中を歩く3人の小さな影。彼らの名前は皓然ハオラン宇航ユーハン子睿ズールイ。以前、思月が仲裁に入った男の子たちである。


「なあ本当に見たのかよ」


「ああこっちにでっかいコウモリがいたんだって」


 皓然を先頭に歩く3人。


「でもさ、コウモリならもうどっか飛んでいってないか?」


「それがさ、でかすぎて飛べないのかノソノソ歩いてたから遠くには行ってないはずだって」


 ワイワイ言いながら歩く3人は森の藪を棒で掻き分けながら進む。心はさながら探検家といったところだろうか。鼻歌混じりに森の中を進んでいく。


「しっ」


 突然、皓然が静かにするように促しながら指を差す。

 その方向にいたのは彼のいう通り大きなコウモリの姿。身長は2メートル程度、ノソノソと短い足で2足歩行しせっかくの翼を上手く使えないのか邪魔そうに引きずりながら歩いている。


 そのありえない生物を見て3人は興奮する。新種を発見したんじゃないか、名前をつけるなら3人の名前混ぜようなど隠れながらこそこそと話す3人のテンションはどんどん高くなる。


「おいアイツこっち見てないか?」


 宇航の声に2人が藪から覗くと確かにこっちを見て鼻をヒクヒクさせているのが見えた。


「ヤバくないか。逃げようぜ」


 その言葉が合図になって3人はそっと藪から離れる。だがその音に気づいたのかコウモリがノシノシと歩き始め3人の方へと向かってくる。

 足音を殺していた3人だがその姿に怖くなり全力で走り始める。


 必死で走りながら後ろを振り返ると動きにくそうに草木を掻き分け不格好にコウモリは走る姿見える。

 とても追い付かれそうには思えない、そんな姿に3人は足を止め見つめ合う。


「なんだあいつ。足おせえじゃん」


 子睿が木の枝を拾って投げる。パシッと音を立て命中しコウモリは目をつぶり痛そうな表情をする。


「こいつ弱いぜ」


「ああ倒してしまおうぜ!」


「食らえよコイツ!」


 3人は石や木の枝を投げコウモリを怯ませては走って逃げる。ときにはバカにしたようにワザと止まって挑発して石を投げたりする。



 * * *



 3人は知らない。コウモリが体の使い方を試行錯誤している最中だということを。翼があれば飛べると思っていた。

 でも違う。何度も翼を広げはばたくが体が大きく重くて飛べないのだ。

 2足歩行を試すが、ものを掴むことには発達した足は歩くときは邪魔になる。

 そうこうしているときに3匹の生き物に出会う。なにやら隠れているつもりだろうがこの取り付き模範した体は視力はよくないが音の反射を使い周囲の地形や生き物を捉えることが出来る。


 3匹の生き物に興味を示し近づくと逃げ出し物を投げて攻撃してくる。

 敵なのだろうか? 疑問に思い空に向かって散らばった仲間との通信を試みる。……だがうまくいかない。この世界はあらゆる周波数の電波やらが飛び交っているのか通信に障害が起き仲間の位置が把握しづらい。


 ただ何度か仲間が死ぬときの断末魔が聞こえた。この星に危険があることは理解した。


 自己判断で目の前の生物を敵と認識。体の一部の構築を見直す。


 コウモリは足の爪を退化させ、太ももを進化させ、大きく平たくする。翼の上に大きな手を構築。4つんばになると顔が下を向くので首の位置を変え正面を向く。


 平たい体で地面にへばりつくような格好のコウモリは目の前の敵に向かって手で地面を掻きながら同時に足で地面を蹴るとさっきまでの鈍足が嘘のように俊敏に動けることに興奮する。一瞬で敵との間合いを詰めると手を伸ばし握る。優しくぎゅっと。

 暖かい感触……敵が獲物になった瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る