争いは嫌いなのです

第53話:月に想いを

 中国の山沿いにある村の住宅街を急ぎ走る少女は屋台の前で急ブレーキをかけ止まる。


「おばさん豆浆とうじゃんと豆乳くださいです」


「今日も元気だね思月スーュエ。ほら」


 恰幅のいいおばさんにお金を渡して豆浆を受け取り頬張ると豆乳で流し込む。途中喉に引っ掛かりそうになったのか胸を叩く。


「ほらほらそんなに慌てなくて良いから。大丈夫かい?」


「心配かけてごめんなさいです。ご馳走さまなのです!」


 おばさんに皿とコップを返すと思月は再び走り始める。途中出会う人に挨拶しながら進むとちょっと古いプレハブの工場にたどり着く。


「おはようございまーす。遅れてすいませんです」


 思月は工場に入りあいさつすると作業着に着替え机に座るとミシンで縫い始め作業に入る。


 そんな思月の姿を高い位置から見るのはぐるぐる目玉のオルド。


「どうしたっすか? ん? エーヴァと違うし、幸せそうだから躊躇すると。そういうことっすか?」


 オルドが翼を広げ目を擦ったりしながらシルマに想いを伝える。


「そっすねえ~まあ聞くだけ聞いてみるっす。記憶と力を持って転生した最後の1人っすからその力は借りたいっす。

 とりあえず仕事が終わって話すから家の方で待つっすよ」


 オルドはコクコク頷くと飛び思月の帰りを待つため家へ向かう。



 * * *



 思月は現在13歳の少女である。黒く長い髪と琥珀色の瞳が月のように見える。

 両親はおらず子供を保護する施設の前にウサギのぬいぐるみと一緒におかれていたのを拾われた過去がある。

 施設長が拾ったその日、大きな月が出ていたこと、目の色が月のように綺麗だったことから思月と名付けられた。


 現在は拾われた施設が提供している部屋に住み町の工場で働いている。因みに工場では犬や猫のペット向けグッズや服を作っていて思月は日々裁縫に勤しんでいる。


「終わったぁ~今日はノルマ以上に作れたのです。成長を感じるのです!」


 ペット用の小さな服を眺め満足気な思月は作業台を片付け帰路へつく。

 施設で出される晩御飯に思いを馳せ歩く道すがら橋の下で数人の人がなにやら揉めているのが目に入る。自分と同じぐらいの女の子と年上っぽい男の子3人。

 見た感じ男の子が女の子に何か一方的に怒鳴って女の子は怯えている様に見える。


 思月は橋の上から飛び降りるとスッと着地して男女の間に割り込む。


「何か困り事でなのですか?」


 突然上空から降りてきた女の子に皆が驚くが小さな女の子だと分かると男の子たちは強気に出る。


「お前には関係ねえよ」


「チビが帰れよ!」


 怒鳴る男の子たちに女の子は萎縮するが言われた思月本人はきょとんと目を丸くしながらも少し呆れた表情を見せる。


「はぁ、お話を聞きたいだけなのです。ここで揉めていてもみんな困るだけなのです」


 自分よりも小さな女の子に注意されるのに腹が立った男の子の1人が思月を突き飛ばそうとするがその手は空を切って男の子はバランスを崩し転けてしまう。

 何が起きたか分からない2人が口を開け呆けていると背中から声がかかる。


「別に話したくないならそれで良いのです。あまり感情的に大きな声を出すと相手がビックリしてしまうのです。話すなら穏やかになのです」


 いつの間にいたのか分からないが、後ろから突然声をかけられ驚き反射的に拳を振るがまたもや空を切り背後に回られた思月に片膝を後ろから足で押される。カクッと膝を折られ地面に片膝立ちになってしまう。

 もう1人の男の子も背中をポンっと押されよろけて膝をつく。


「スーは争いたくないのです」


 思月が男の子たちを睨むのではなく優しく見つめる。その綺麗な瞳に男の子たちは怒りではなく心臓の高鳴りを感じてしまい項垂れる。


「悪かった。そっちのお前も悪かったな。俺が気を付ければ良かったな」


 対して女の子もふるふると首を振ると小さな声で謝る。


「私も前見てなかったから。その……ごめんなさい」


 互いの話から、すれ違い様にぶつかって揉めていたのだろうと察した思月は女の子に手を差し伸べ立たせ背中の土を払う。


「一件落着で良いですか? もう暗くなるのでみなさんも早く帰るのです」


 それだけ言うと土手を軽やかに駆け上がりあっという間に走り去ってしまう。


「名前……」


「名前聞くの忘れたぁ!」


 男の子たちと女の子が同時に呟くとお互い目を合わせ笑う。



 * * *



「スーになにか用です?」


 木の上から橋の下での揉め事の一件を見ていたオルドは突然背後から声を掛けられ心臓が飛び出んばかりに驚き翼をバタつかせ羽を舞い上げる。


 胸を押さえゆっくり振り替えるオルドの後ろにいる思月は細い木の枝に片足だけで立って月のような瞳でオルドを見つめる。

 その清んだ瞳をぐるぐる目玉に映すオルドの意思とは関係なく声が響く。


「お久しぶりぶりっす! 私はシルマっす。元5星勇者のマティアス・ボイエットさん。今は思月スーュエさんだったっすか?」


「違うのです。スーはスーなのです。マなんとかさんとか知らないのです」


 頬を膨らませ不満をあらわにする思月。


「そうっすね。今は思月っすね。ちょっとお願いがあって来たっすけどエレノア・ルンヴィクを覚えているっすか? 今は転生して鞘野詩というっすけど彼女に力を貸して欲しいっす」


「スーは戦いたくないのです。というかそんな力はもうないのです。ぬいぐるみと遊んで楽しく過ごすのです」


 シルマのお願いを否定するとすぐ思月が飛び降り地面を蹴って走り去る。


「あぁ~いっちゃったっす。これは説得は無理っすかね」


 シルマの言葉にオルドは翼を組みなにやら考えながらシルマにジェスチャーを開始する。

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