第52話:目覚め

 大地を炎が走ると魔族たちがその炎に巻かれて塵となる。


 水は刃となり敵を切り裂き清んだ水を赤く染める。


 風が敵の間を吹き抜けると斬られたことも分からずこの世から消えていく。


 大地は味方を守り敵を阻害し力強い一撃で敵を粉砕する。


 音は激しく鳴り響き敵を破壊し暴力的に相手を捩じ伏せる。


 5星勇者が見せる圧倒的な力の前に空間から涌き出てくる魔族は悪戯に死者の数を増やしていく。

 ただその様子に初めからいる立派な鎧を着る魔族は動じることなく薄ら笑みを浮かべる。


 やがて魔族の出現数が減り始めると5星勇者たちが優勢になってポイズンドラゴンへ攻撃する回数が増えていく。

 5人の激しい攻撃を受け大きく傷付くポイズンドラゴンは苦しそうに叫びながらもあがき、毒を吐き長い尻尾を振り反撃をする。


 炎と風が同時に走り尻尾を切断すると音撃を纏った剣が胸に突き立てられ斬撃と衝撃を同時に食らい仰け反ったところを水が下から顎を突き上げる。

 長い首と共に宙に浮かぶ頭を頭上から土でコーティングされた拳が頭に振り下ろされ地面とサンドイッチになり押し潰される


「やったか?」


「いえ、まだです。一旦下がって下さい」


 イリーナにスティーグが答える。それに合わせ5人がポイズンドラゴンから離れ距離を取って武器を構え直す。

 ポイズンドラゴンの前の空間が歪み現れる最初からいた立派な鎧の魔族は口だけの顔で笑う。


「ここで引くとは流石だな。ただの人間とは違うわけだ」


 魔族は5人を誉めると大きく手を広げる。


「だが残念だな! ここでお前たちを消してくれる!!」


 魔族の両手から紫の光が空に上り弾けると四方に飛び散る。清みきった青空に走る不気味な光。


「……」


 だがなにも起きず魔族は手を上げ黙ったまま固まる。


「どうしたのでしょう?」


「わからん」


 リベカがボソッとマティアスに訪ねる。そんな2人の後ろでニヤリと笑うスティーグがボソッと一言。


「他の戦士に周囲の探索を依頼して正解だったようですね」


その言葉を聞いてイリーナが大剣を担ぎ、エッセルは爽やかな笑みを浮かべ剣を構える。


「お前が何をしようとしたかは分からないが失敗したようだな。悪いが俺たちの仲間は頼りになるんでね」


「大方、結界を張って私たちを閉じ込めポイズンドラゴンの自爆で散る毒で殺そうとでもしたといったところですかね。

マティアス、リベカはポイズンドラゴンの封じをお願いします」


 エッセル、スティーグ、イリーナが魔族へ向かいマティアスとリベカがポイズンドラゴンを風と水で覆うと身動きを封じる。


 そこからは一方的な展開であった。元々実力差から魔族に勝ち目はなかったのだろう。

 魔族はイリーナの大剣を避けたつもりだったが音の衝撃で体の一部が鎧ごと弾け怯む体にスティーグの拳がめり込み地面に激しく叩きつけられる。

 エッセルが振り下ろす剣で首が飛び炎が体を包み燃やし尽くす。


 丁度そのころマティアスとリベカの2人が作った球状の結界の中でポイズンドラゴンは爆発するが毒を撒き散らすことなくその命を散らしていく。


「終わったな。みんな帰ろう」


 エッセルの言葉に皆が帰路につく。



 * * *



 その日の夜エウロパ王国では勇者たちを称える凱旋パレードが行われた後祝賀会が開催されていた。


 始めは権力者や貴族だけのパーティーが行われその後一般公開が解禁されるとその勇姿を見ようと多くの人が詰めかける。

多くの人で賑わいエッセルたちもお酒を飲みながら勝利を堪能する。そんな中、ソワソワしてなにかを探す女性の集団がいた。


「マティアス様は?」


「さっきまで要らしたのに」


「あなた方知らないの? マティアス様はクールでシャイなお方。祝賀会も最初しか出席されないの。だから一般公開でお目にかかるのは稀なのよ!」


 5星勇者の中でも女性に一番人気のあるマティアスの姿がないことに嘆く女性たちのため息も祝賀会ではよく見る光景であった。



 * * *



「お兄ちゃんここで何しているの?」


 幼い女の子が声をかけられ男は鋭くも優しい目で女の子を見る。


「ちょっと考え事をしていたんだ。こんな夜に歩いていたら危ないよ」


 月に照らせるその容姿はとても美しく幼い女の子でさえもドキッとしてしまう。


「今日は勇者様の祝賀会やっているから遅くまで起きてていいってママに言われたの。それにお家そこだから大丈夫だよ」


「そうか、でも寒いし、もうお家に入った方がいい」


 そう優しく言う男を見て何かに気付いた女の子は目を見開きぽかんと開いた口を手で覆い隠す。


「マ、マティアスさま!?」


 マティアスはちょっと困ったように笑うと人差し指を自分の口の前に立てる。


「黙っててくれると助かる」


「はい! あっ!?」


返事して声が大きいことに気付き口を慌てて押さえる女の子。その様子が可笑しかったのかマティアスが微笑む。


「マティアス・ボイエットだ。きみの名前は?」


「ノエミ、ノエミ・サパラインといいます」


 ノエミは名乗るとなにか思い出したのか「ちょっと待っててください」と言って家に戻るとすぐに出てくる。


「あのこれ、もらってください」


 ノエミが手にもって差し出したのは白ウサギのぬいぐるみ。

 花も手紙も受け取らないマティアスが唯一受け取ってくれるのがぬいぐるみだと噂さされていた。

 その噂を知っていたノエミは急いでぬいぐるみを持ってきわけなのだが噂なので本当に受け取ってもらえるかドキドキしながらマティアスの答えを待つ。


「良いのかい? ノエミの大切な物じゃないのかい?」


 優しく問うマティアスにノエミは笑顔で答える。


「大切な物だからもらってほしいんです」


 ノエミを見てマティアスは微笑むとウサギのぬいぐるみを受け取り大切そうに抱きしめる。


「ありがとう。大切にするよ。この子に名前はあるのかい?」


「ウサ五郎です」


「ウ、ウサ五郎!?」


 珍しく戸惑うマティアスは渡されたウサギを見つめる。


「ありがとう、大切にするよ。じゃあもうお休み」


「はい、あっ名前は変えて良いですよ。その子もマティアス様につけて欲しいって思います」


 ノエミと別れた後マティアスはウサ五郎を高く抱き上げ目を合わせる。


「俺の名前はマティアス。お前の名前は……そうだな今日からスノーホワイトにしよう。

きみにピッタリの名前だとは思わないか? そして今日から我が家の一員だ」


 ぎゅっとスノーホワイトを抱きしめる。


 ………

 ……

 …


「はうわっ!?」


 少女は勢いよく起き上がり時計を見ると慌てて薄い毛布をはぐり起き上がる。


「寝坊したのです!」


 少女はバタバタと急ぎ着替え黒く長い髪を櫛でとき急いで編み先端をリボンで留めて帽子をかぶる。


 そのまま部屋から出ようとするが慌てて引き返すとベットの横にある椅子に座る大きなウサギのぬいぐるみの頭に手を置いて微笑む。


白雪パイシェンお留守番よろしくなのです。お仕事終わったらいっぱい遊ぶのです」

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